双子の実と猫の呪い Ⅺ
「どうなされましたか?ユケイ王子……」
急に言葉を詰まらせた俺を、プリオストラは心配そうに見た。
「王子、その、猫はオスですか?メスですか?」
「はい、多分メスだと思いますが……」
以前俺が飼っていた猫にも、同じ症状が現れた時があった。餌を食べなくなり、落ち着きなくうろうろとし始める。そして誰に向かってともなくひたすらに鳴き続けたり……。
「もしかしたら、猫は出産しようとしているのかもしれません……!」
イリュストラとプリオストラは一瞬俺の言葉に固まり、二人同時に「ええーーっ!?」っと大きな声をあげた。
「ど、どうなされましたか!?」
二人の叫び声を聞いて、アンが大急ぎで戻ってくる。
「ア、アン!どうしましょう!?」
「ユケイ王子、どうすればいいのですか!?」
イリュストラとプリオストラは、慌ただしく俺とアンの顔を交互に見返す。
「王子殿下、落ち着いて下さいませ。興奮しますとまたお熱が上がります。いったいどうされたのですか!?」
アンがプリオストラを諭す。
「アンさんの言う通りです。先ずは落ち着きましょう。まだわかりませんから。しかしもし出産なら、私たちが手伝うことは何もありません」
「しゅ、出産!?」
今度はアンが声をあげる番だった。
「奥の部屋の窓ガラスははめてありますか?」
この世界での窓ガラスは高級品だ。アルナーグでは、冬が終わると必要のない部屋の窓ガラスは全て取り外される。
もし部屋の窓ガラスが外されているのなら、出産直後の赤子が天敵であるカラスに襲われたりする可能性がある。
俺の問いに答えたのはイリュストラだった。
「はい、はめたままになっていますわ」
「そうですか。それなら心配はいりません。猫は比較的安産な動物ですから」
「あの……、ユケイ王子!わたくし赤ちゃんが産まれるところを見てみたいですわ!」
イリュストラが目を輝かせる。
その気持ちは理解できなくもないが……。もしかしたら彼女には、少々刺激が強いかもしれない。
それに万が一のこともある。安産といっても、それは母体に対しての話だ。どうしても一定の確率で、死産というのは起こり得る。
しかし、自分とプリオストラの出産について悩みを持つ彼女には、何かの学びを得る機会になるかもしれない……。
「人間がそばで見ていると、猫が気にすることもあります。あまり近くには行かない方がいいと思います……」
「まあ……。遠くからそっと覗くだけでもダメかしら?」
「そうですね……。猫が気にしなければいいかも知れませんが……。あ、そうだ。部屋には何か巣作りに使えそうなものはありましたか?」
「どのような物がいるのですか?」
「えっと……、古着やシーツがあれば、猫が自分で使って巣作りしていると思います」
「それでは大丈夫ですわ。わたくしの季節替えのドレスがおいてありますもの!」
ドレスか……。それはどうなんだろうか……。
ドレスの上で猫が出産をすれば、当然そのドレスは使い物にならなくなってしまうだろう。
この時代のドレスは、前世で着ていたような頭から被るタイプの服ではない。
立った状態で体に当て、それから裁縫して繋ぎ合わせていくものだ。つまり、洋服のようにハンガーにかけられてあるのではなく、棚の上に保管されている。
であれば、猫でも簡単に引っ張り出してしまえるのだ。
「いったいなんの話をされてるのですか!?」
アンの声が響く。これ以上、アンに黙っておくことはできないと観念したイリュストラは、彼女にことの顛末を白状する。
しかしその内容はあくまで自分が猫を飼いたかったという話で、プリオストラのためにという言葉は出さなかった。
「それで、ドレスというのは猫が姫殿下のドレスを産床に使っているということですか……?」
アンは片手で手を覆い、言葉もないと言わんばかりに項垂れた。
「まだそうと決まったわけではありませんが……。もしかしたら猫の様子がおかしいのは、出産ではなく別の理由の可能性もあります。少し中を覗いて見た方がいいかも知れません……」
俺たちは、そっと扉に近づき、ゆっくりと中の様子を伺った。
見える範囲には猫の気配はない。
「プリオストラ王子は念のため、室内には入らない方が良いかも知れません……」
「いえ、僕も一緒に行かせて下さい!シャルロッテは僕に一番懐いています!」
「……どうしてもですか?」
「はい……!」
彼の真剣な眼差しは、真っ直ぐに俺を見据える。
ここで俺にプリオストラの行動を指示する権利はない。そもそも彼の猫アレルギーも、現段階ではあくまで憶測でしかないのだ。
「……では、体に何か異常を感じたら、すぐに部屋から出るように約束して下さい。あと、タオルを口に当てて、それを通して呼吸をするように」
「はい!わかりました!」
以前から猫に触れていたのだから、そこまで警戒する必要はないのかも知れない。しかし、アレルギーとは体の許容範囲を超えた瞬間、突如ショック反応を起こすこともある。
結局、俺とイリュストラ、プリオストラ、そしてアンを引き連れて俺たちは部屋の中へ入る。
ウィロットとカインは部屋で留守番だ。
奥の部屋は、日の光は入るが窓が大きくないため微かに薄暗い。そこにはアンが言う通り数々の調度品が並べられている。調度品には所々猫が爪を研いだあとが見られ、それが目に入るたびに背後からついてくるアンからの圧力が増すようだった。
奥の四角く仕切られた棚には、数多くのドレスが並べられ、その内何ヶ所かは荒らされたように床に散らばっている。
そしてその部屋の角には……。
「ユケイ王子、何か動いていますわ……」
部屋に入った瞬間から、なんとなく状況は察していた。室内に漂う微かな血の匂い。耳をすませば風の音にもかき消されそうな小さな猫の鳴き声と、ザリザリと何かを舐めるような音が聞こえる。
内緒話の秘宝の効果はすでに解除されているので、イリュストラたちの耳にもその音は届いているはずだ。
この距離まで近づけば、はっきりとその姿は見える。真っ白な毛並みの猫と、その側に蠢く小さな影。
「まあ!赤ちゃんですわ!」
イリュストラが小さく感嘆の声を上げる。
視線の先に居たもの、それは産まれて間も無い猫の赤子だった。
二匹は母猫の周りで絶え間なく小さな鳴き声を出し続けている。もう一匹は出産された直後なのか、まだ体の半分が羊膜に覆われ母猫がそれを舌でザリザリとこそげ取っている最中だった。
三匹ともお腹が白く、背中が微かにグレーがかっている。おそらく白鯖模様だろうか?
アンが「はぁ……」とため息を吐く。
それも仕方がないだろう。猫はイリュストラのドレスをかき集め、それを産床にしていたのだ。下敷きになったドレスは血や羊膜で汚れ、もう使い物にはならないだろう。ため息を吐き青い顔をしながらも猫を追い払ったりせずに見守ってくれるアンに、俺はほっと胸を撫で下ろす。
初めて目の当たりにする光景に釘付けになるイリュストラとプリオストラ。
そんな中、プリオストラが小さく問いかけた。
「ユケイ様……、お母さん猫は何をしているのですか?」
「猫は産まれてくる時、羊膜という袋に包まれて出てきます。そのままでは呼吸ができないので、母猫がああやって舐めて取ってあげるのです」
「そうなんですか……。それは人間でも同じですか?」
「いいえ、人間の場合は羊膜が離れた状態で出産されます。ただ、ごく稀に人間も羊膜に包まれたまま出産されることもありますが」
「まあ……。あっ!また一匹生まれましたわ!」
イリュストラが小さく感嘆の声を上げる。
えっ?
俺は彼女の声を聞いて、視線を猫に向けた。
確かに彼女の言う通り、今まさにもう一匹が産み落とされようとしている。
「おかしい……。早すぎる……!」
子猫の様子を見る限り、前の猫が産まれてから数分しか経っていないはずだ。本来なら、猫は30分ほどの時間をかけて次の子が産まれてくる。
「ユケイ王子、どうされましたか?」
俺の声を聞いて何か異常を察知したのか、プリオストラが尋ねる。
「本来ならもっと時間を開けて次の子が産まれなければいけないのですが……」
「そ、そうなんですか?けど、早いと何か問題があるのですか?」
「早すぎると、親猫の準備が間に合わないということがあります。あのように親猫が子猫の世話を終えるのに、ある程度の時間が必要なのです。ですから次の子があまり早く産まれすぎると、親猫の世話が間に合わないのです」
それ以外にもいくつか問題がある。
猫は……いや、哺乳類は、出産時に産道を押し分けて出てくる。その時に産道から押し付けられる頭骨への刺激で、呼吸を始めるのだ。
出産の間隔が短いと産道が十分に収縮されておらず、その刺激が不十分になる可能性がある。
立て続けに産まれてくるということは、子猫が他の猫よりも小さいのかもしれない。その場合産道の抵抗はさらに少なく、その刺激がより小さくなってしまう。
さらに、産道を通る時の圧力で体が締め付けられることによって、肺を満たしている肺水と羊水が肺の外へ絞り出される。それが行われないと肺に呼吸障害が残ったり、最初の呼吸がうまくできない可こともあるのだ。
「……ユケイ王子、あの子……、なんだかおかしいですわ……!」
「えっ!?」
俺はイリュストラが指差す先へ目を向ける。
完全に産み落とされたその猫は、確かに目立った動きがない。
「動いていませんわ!」
もしかしたら……死産だろうか。
イリュストラの悲痛な声が室内に響く。
次の瞬間、「バン!」という大きな音とともに、部屋の扉が勢いよく開かれた。
そこに立っていたのは、両手いっぱいに荷物を持ったウィロットだった。
「ユケイ様、どいて下さい!わたしがやります!」




