双子の実と猫の呪い Ⅸ
「……あれ?今何か奥の方で物音がしたような気がするのですが、気のせいでしょうか?」
俺は部屋の奥の扉を指し示す。
室内にいる者の視線がそちらに向かうが、その表情は皆不思議なものを見るようだ。ただ二人、イリュストラとプリオストラを除いて。
俺は一瞬、二人が気まずそうに視線を交わしたことを見逃さなかった。
「あ、あら?わたくしには何もきこえませんでしたわ。気のせいじゃないかしら?」
イリュストラが俺の問いに答える。しかしその表情は、まるで悪戯をごまかす子どものようだ。
彼女は否定するが、扉の奥から聞こえてくるのは間違いなく猫の鳴き声。
プリオストラの表情にも動揺がみえる。
それもそうだろう。聡明であるとはいっても二人は子ども……、いや、聡明であり子どもなのだ。
やはりというか、二人ともその物音と鳴き声に心当たりがあるらしい。
「そういえば、あの奥の部屋は侍従のお部屋ですか?」
俺の部屋と大きさは全く違うがつくりは似ている。侍従のための部屋があってもおかしくない。
「あ、あの部屋は何も使われていない物置きですわ。ユケイ様が気にされるようなことは何も……」
「ユケイ王子殿下の仰る通り、侍従の控室です。今は季節替えの時の調度がおかれております……」
イリュストラの言葉を遮ってそう答えたのは、メイドのアンだった。
アンも二人の態度から何かを察したらしい。彼女はイリュストラに不審げな視線……、いや、悪戯を発見した保護者のような視線を送っている。
「あ、そ、そうですわ!ユケイ王子、そういえばわたくし先日のウィロットさんのお話の続きが気になりますの!プリオストラにも聞かせて差し上げたいですわ。ウィロットさん、お願いしてもよろしいかしら?」
急に話題を振られたウィロットは狼狽えながら俺を見る。俺が頷くのを確認するとイリュストラに明るく答えた。
「はい、もちろんです!お姫様!」
先程までイリュストラは、俺とプリオストラの会話を邪魔しないよう話に一切入ってこなかった。しかし今は明らかに話題をずらそうとしている。
きっとプリオストラを庇おうとしているのだろう。
子どもだったら家でペットが飼えず、どこかの空き地の隅で餌付けをして猫を囲う。それくらいのことはよく聞く話だが、部屋でやるとはなかなか度胸がある。
しかしこの場合、それを微笑ましい悪戯で済ませることはできない。動物は思わぬ病魔を運ぶことがあるのだ。プリオストラのように、肺や気管支が弱い者にとっては尚更である。
これで部屋に猫が現れるという謎は、イリュストラが犯人で間違いない。
さらに言えば、おそらくあの部屋の中で内緒話の秘宝が発動されているのだろう。そしてその発動者はプリオストラだ。だから、先ほどあの部屋の物音に反応したのがプリオストラだけだったのだろう。
ということは、当然二人は共犯で猫を囲っていたということだ。
いったいどうやって猫をこの部屋まで連れて来たのだろうか?
まあ、その方法自体はさして重要ではないのだが……。
さて、これでティナードから言われた件は概ね解明できただろう。
それを彼に説明してイザベラの保護を求めれば、取り敢えずの目標は果たすことになる。しかし、目の前の双子の姉弟が抱える問題を解決する機会は今しかないのではないだろうか……。
楽しそうにウィロットの話を聞くイリュストラ。その姿は年相応の少女にしか見えない。
そして、先ほどと一転してイリュストラを見守るプリオストラも、また同じだ。
二人を見れば、お互いを強く思い合いっていることがわかる。
しかし二人が、年相応とは決して言えないほどの役割をこなそうとしているのは何故だろうか?
俺はイリュストラとウィロットの話がひと段落したタイミングで、そっと話に割って入った。
「プリオストラ王子、失礼に当たるかも知れませんが、少し体調のことでお伺いしたいことがあります。よろしいでしょうか?」
室内が一瞬で静まり返る。
一国の王子の体調に触れる、それはあまり歓迎されることではなかったのだろう。
実際にプリオストラはどう答えていいか分からずにいる。
ティナードから言われているのはイリュストラの呪いの件だ。プリオストラについて言及するのは行き過ぎた行為なのかも知れない。
しかし、イリュストラの問題は双子の弟プリオストラを通じて、複雑に絡み合っているのである。
「ユケイ王子、プリオストラのことで何か思い当たることがあるのですか?」
俺の問いに答えたのはイリュストラだった。
「……はい」
「それでは、何なりとお聞き下さいませ。大丈夫ですよ、プリオストラ。ユケイ王子は沢山の病気についてもよくご存知なのですから!」
いや、それはウィロットが盛りに盛った作り話なのだが……。だけどこの場は、ウィロットが作ってくれた信用を利用させてもらおう。
前のめりになる態度に、彼女が普段からいかに弟の体調を気にかけているかがわかる。
不安気な弟をよそに、藁を掴む勢いだ。
「鼠が病魔を運ぶということはよく知られています。しかし、人によっては猫自体が毒になる場合があるのです」
「……え?」
俺の言葉に、イリュストラは呆気に取られたような顔をする。しかし、言葉を飲み込むとその表情はみるみる真っ赤に染まり、溢れる怒りを隠そうともしなかった。
「ユケイ王子はプリオストラが猫を食べたとおっしゃるのですか!?」
「ち、違います!そういう意味ではありません!」
「では!どういう意味でございますの!?プリオストラは猫を食べませんわ!」
普段の彼女からは考えられないほどの豹変ぶりだ。
そして彼女はゴホゴホと咳き込むと、苦しそうに肩で息をし始める。ティナードの言う呪いの症状だ。
一見それは、時折り激しく咳き込むプリオストラと同じ症状にも見える。しかし、二人の体調不良は別々の原因である。
「イリュストラ姫、落ち着いて下さい!呼吸をもっとゆっくりと……」
「わ、わかってますわ……!」
彼女は今、わかっていると答えた。つまり、彼女自身はティナードから言われている呪いについて、自覚しているのである。
「イリュストラ姫、猫が毒になるというのは猫を食べるという意味ではありません。空気中に舞う猫の毛や排泄物、そして体に付く小さな虫などの死骸を吸い込むことによって皮膚が荒れたり、場合によっては呼吸ができなくなることもあるのです」
「そ、そんなこと……。聞いたこともありませんわ」
しかし、俺の言葉を聞いてプリオストラが小さく「あっ……」と呟いた。何か心あたりがあったのかもしれない。
「そうなる人も稀にいるということです。大人になれば治る場合もありますし、子供の頃は平気でも大人になってから症状が出る場合もあります。プリオストラ王子がそれにあたるかは分かりませんが、時間を頂ければ私が調べることもできます」
イリュストラは俺の弁明を聞いて若干の落ち着きを見せる。
しかしその怒り……、いや、今彼女を支配している感情が何かは分からないが、テーブルの上で強く握られた拳は小さく震えていた。
「プリオストラにとって猫が毒になるなんて、そんなことは絶対にあり得ません。だって、わたくしはどれだけ猫と戯れても平気ですもの!わたくしが平気ですから、プリオストラも平気です!」
「しかし、姫が平気だからといって王子も平気だとは限りません」
「どうして……、どうしてユケイ王子までそんな無慈悲なことをおっしゃるのですか……?」
「イリュストラ姫……?」
イリュストラの瞳から、ぽろりと大粒の涙がこぼれ落ちた。
彼女は今無慈悲と言った?
「ユケイ王子もわたくしとプリオストラが姉弟じゃないとおっしゃるのですか?」
「えっ!?そ、そんなことは決して……」
「だって、わたくしとプリオストラは双子ですわ……!世界で二人だけの、命を分けた姉弟です!なぜわたくしが大丈夫でプリオストラだけが苦しむのですか!?司祭になり毎日神に祈りを捧げています……。プリオストラにも毎日癒しの奇跡を施しているのに、どうして身体が弱っていくのですか!?」
ああ……、幼いイリュストラが司祭を、そして枢機卿を目指す理由はそこにあったのか……。
高度な神の奇跡を受けるには多額の献金が必要になる。そのために彼女は俺に近づいたのかも知れない。
「わたくしの祈りが届かないのは、わたくしとプリオストラが本当の姉弟ではないということなのですか!?それともやはり、わたくしが産まれる時にプリオストラの命を奪って産まれてきてしまったということなのですか!?」
彼女はそう捲し立てた途端、高揚した顔が一転して青ざめていく……。




