内緒話の秘宝と重なり合う世界【閑話】
内緒話の秘宝。
それは一人の天才魔術師によって発明された物だ。
賢者アインラッド。
ヴィンストラルドの中にある世界最高の魔法研究機関、賢者の塔の主だ。
内緒話の秘宝には世界の誰もが使える魔法「精霊の加護」より、より高度な「魔術の門」と分類される魔法が使われている。
……誰もがとは言ったが、もちろん俺以外でという意味ではあるが。
内緒話の秘宝は様々に装飾されその形は一様ではない。しかし、どれも共通して青く輝く魔石が埋め込まれていた。
それに魔力を込めれば、秘宝の有効範囲の中で発生した音を、外に一切漏らさなくなるという効果がある。
一人で魔力を込めればその者だけだが、二人や三人で魔力を込めればその人々に同時に効果が現れる。つまり、魔力を込めた者同士でしか音は聞こえず、それは会話の内容を聞かれたくないような場で珍重されるようになった。
内緒話の秘宝はその有用性から瞬く間に大陸全土の貴族や商人に広まり、それと同時にアインラッドの名は世界に知られることとなる。
彼がまだ二十才を迎える前の話だった。
内緒話の秘宝には、どのような魔法が付与されているのか?
それもまたアインラッドによって開発された魔術の門、「沈黙の魔法」である。
元々広く使われている魔法、精霊の加護の中にも音を遮断する「静寂の魔法」は存在する。
しかし魔術の門である沈黙の魔法は、それよりも数段高度なものだった。
精霊の加護と魔術の門の違いは、「精霊の加護」が精霊に対して単語を使って命令をするのに対し、「魔術の門」は精霊に対して文章で命令をするということだ。
簡単に言えば、同じ静寂を求める魔法であっても、魔術の門の方がより複雑な効果を発揮することができる。
音というのはそもそも振動である。それが空気もしくは振動を伝える物体を渡り、相手に届く。
俺は昔、内緒話の秘宝はその振動を遮断するものだと思っていた。しかし、驚くことにそれは違ったのだ。
例えば扉の向こうからノックをする。
扉に手を触れていればノックをする振動と、同時に発生する音が聞こえるだろう。
では、内緒話の秘宝を使った状態で同じことをすればどうなるか?
秘宝の効果範囲の中で扉をノックする。
扉に手を触れているからノックの振動は感じ取ることができる。しかし、発生する音は聞き取ることができないのだ。
もし秘宝が振動を抑える魔法であれば、扉の振動は感じ取ることができないはずである。
魔力の目を持たない俺には、ノックの音は聞こえる。しかし魔法の効果を受ける人には、ノックの音は聞こえない。
実はこの実験が、俺がこの世界の仕組みを解き明かすきっかけだった。
その他の様々な研究の末に辿り着いた結論。それは、この世界は魔力を帯びない物が存在する「物質世界」と、魔力だけでできている「精霊世界」が重なり合って存在しているということだ。
物質世界と精霊世界は全てにおいて重なり合い、全てにおいて干渉し合い、そして全てにおいて独立している。
そんな1と0が同時に存在しているような現象、それが魔法のメカニズムなのだ。
静寂の魔法は、振動を止めるというより前世でいうノイズキャンセリングの技術に近い。
つまり物質世界で発生した音に対する物理的な振動に、精霊世界から音に対してピンポイントで逆向きに振動を与えて音を相殺しているのである。
物質世界と精霊世界は互いに干渉し合う。その結果、振動は発生するが音は発生しないという現象が生まれるのだ。
重なり合う世界において、魔法の詠唱時に呼びかける精霊という存在は、おそらく精霊世界のみに存在するのだろう。
そして、人間を含めて様々な物質は二つの世界にまたがって存在し、魔力の目を持たない俺は物質世界のみに存在する。
精霊を見ることができると言われているエルフやドワーフは、人間よりさらに精霊世界に近い場所に位置するのだろう。そう考えれば、人間はどちらかといえば物質世界よりに位置する種族なのかも知れない。
それは生命だけでなく、無生物にも当てはまる。物質の中にはアダマンタイトの様に魔法の効果を受けにくい物もあれば、逆に魔法銀と呼ばれるミスリルのように、非常に魔法と親和性の高い物も存在する。その違いは、二つの世界への結びつきの強さによって変わってくるのではないだろうか。
まあこれは全て仮説であり、それを証明する術があるかどうかはわからないのだが。




