双子の実と猫の呪い Ⅶ
「初めまして、ユケイ・アルナーグ王子殿下。私はプリオストラ・ヴィンストラルドです。よろしくお願いします」
プリオストラは柔和な笑みを浮かべ、俺に右手を差し出した。
「よろしくお願いします、プリオストラ王子殿下。お会いできて光栄です」
俺はそう言いながら、そっと彼の手を取る。
繋いだ瞬間に解った。彼の手は筋ばり、とても冷たい。その点だけを見ても、彼が決して健康的な体を持っていないということが理解できる。
頬には血色がなく、痩せているという表現では不十分なほどのやつれ具合。
二卵性双生児ではあるが、プリオストラはイリュストラにとても良く似ていた。それでも身長と体重共に、彼女の方が一回り上まっているだろう。生まれ付き体が弱いという話は、どうやら本当らしい。そしてその程度は、俺の予測を遥かに越えるものだった。
彼は僅かな移動ですら従者に手を引かれ、時折苦しそうに眉を歪めている。
深く呼吸をすると、喘息のようなひゅーひゅーとした呼吸音が喉から響く。
人体が母の体で作られる際、肺は比較的後半に形成される臓器だ。
それゆえ、未熟児などは呼吸に支障をきたす場合が多い。
彼の場合もそれに当てはまるのだろうか?
「内緒話の秘宝は必要ありませんか?」
「は、はい、私の方は特に」
「お姉様から秘宝の効果がないと伺ったのですが?」
「ええ。しかしそれが必要なこともありませんから……」
おそらく会話をするのも苦しいはずだ。こんなお茶会などしている場合なのだろうか……
内緒話の秘宝は、特定の会話を外に漏らさないという魔法が魔石に付与された魔道具だ。
高価なものではあるが貴族の間では大変重宝されており、珍しい物ではない。
昔それに関して、自分にどのような効果が発揮するのか実験をしたことがある。
その時に得た結論は、この秘宝の効果は全く自分には影響しないというものだった。
つまり、内緒話の秘宝の効果範囲内の会話であっても俺には筒抜けで、逆にその中で俺が話した内容も、妨げられることはなかった。
結果この内緒話の秘宝は、俺が魔力の目を持たないということを証明する、最も明確な証拠となったわけだ。
「ユケイ王子、本日はお越しいただきとても感謝しておりますわ」
今日のイリュストラは、先日の法衣ではなく黄色い鮮やかなドレスを身にまとい、胸元には小さな花が飾られていた。
しかし、先日の彼女と比べると微かに顔色が優れないように思える。
それでも、プリオストラのそれとは比べるまでもないのだが。
「いえ、お招き頂き感謝しております。プリオストラ王子殿下ともぜひお話をしたいと思っておりました」
「あら、わたくしよりもプリオストラとお話する方がよろしいのかしら?」
彼女はそう言いながら、困ったと言わんばかりに首を傾げた。もちろんそれは冗談なのだろうが。
本日のお茶会は、イリュストラとプリオストラの私室で行われることとなった。
驚くべきことに、二人は一つの部屋を共同で利用しているらしい。当然王子、王女の立場であるから、それぞれ個別の部屋を用意することはできるだろう。それでもそうしていないのは、二人の意思に他ならない。
私室の奥にある二つの扉は、それぞれの寝室に向かう扉だろうか。司書ミコリーナの話通り、姉弟仲が良好だということは十分に理解できた。
「ユケイ王子は、直系のご兄弟はおありですか?」
「……いえ、私には直系の兄弟はおりません。しかし兄が二人、弟と妹が一人ずつおります」
「まあ、兄弟がみえないのは少し寂しいですね」
「……ええ、そうですね」
イリュストラは無邪気にそう答える。
しかしプリオストラは、少しハラハラしたような、気まずそうな表情を浮かべた。
おそらく彼は、俺の母が幽閉されている境遇、そして不仲の兄が行方不明になっていることを知っているのだろう。
イリュストラには当然悪気はなく、俺もそれを気にはしないが、プリオストラはそこらへんの事情を理解しているらしい。
そんなこんなで、お茶会はゆるりと始まった。
こちらはウィロットとカインが俺の侍従として付き添い、マリーは部屋で留守番をしている。
前回のお茶会と同じように、枢機卿の紋章、ヴィンストラルド王家の紋章が刻まれた食器が並べられていく。
花瓶には前回と同じ白い花が飾られていた。
「……プリオストラ王子殿下、この花は何の花かご存知ですか?中庭に咲いているということですが……」
「ユケイ王子、私のことはもっと気軽にお呼び下さい。花に関しては……私は中庭に出ることもできない体です。残念ですがあまり詳しくはありません」
「そ、それは……、失礼しました……」
「あ、いいえ、決して責めたわけではありません。お姉様が私のために色々な花を摘んできて下さるのです。正式な名前は知りませんが、お姉様はこの花を双子の花とよんでいます。私もこの花は大好きですよ」
「お優しいお姉様ですね。あの、私から勧めることではありませんが、席につきましょう。お体に障ります」
「ええ、そうですね。ありがとうございます」
本来なら着席を勧めるのは主催者の仕事だが、プリオストラの様子を見ているとそんな悠長なことは言っていられない。
花の名前など余計なことを聞いてしまった自分に後悔をした。
当初の予定通りイリュストラから寄付に関する感謝の言葉とささやかな返礼品を受け取り、プリオストラからは商売に関する質問が矢継ぎ早に飛び出した。
どうやらプリオストラが俺と話をしたいと言っていたことは本当らしく、彼も傍系血族故に、何か収入を得る手段を模索しているということだ。
「……なるほど。それではガラス以外にペンの材質に使えるものは、金と銀しかないということなのですね?」
「はい。インクの中の成分が、普通の金属であれば酸化させてしまいますので。できれば金、もしくは白金が望ましいでしょう」
言葉を交わせば交わすほど、彼が優秀であることは理解ができた。
特に商売に関する熱意が強く、俺とは違いいつまでも公爵家にいられるわけだから、その意思はどこから来るのか疑問に思う。
その間イリュストラはというと、傍らでプリオストラを見守り会話に割って入ろうともしない。若干我がままな様子も見てとれた彼女ではあるが、俺とプリオストラとの会話の邪魔をしないように配慮している様が見てとれた。
やがてお茶会は進み、毒見が終わった茶菓子がそれぞれの皿に取り分けられて行く。
最初に皿に乗ったものは、パウンドケーキに似た質感のもので生地に乾燥させた果物が練り込んであるようだった。生クリームがたっぷりと乗ったそれは、毒見をしたウィロットの目の輝きから察するに、とても美味しかったということが理解できる。
彼女の満足そうな表情を見て、イリュストラが声をかける。
「ウィロットさん、毒見はいかがですか?」
「はい、お姫様!とっても美味しいです!」
毒見役に美味しいかどうかを当然問うものではないが、そんな彼女を見てイリュストラも嬉しそうな笑みを浮かべる。
そして彼女は、ウィロットに観察をするような視線をじっと向けた。
ん……?
なんだ?
そういえば1回目のお茶会の時も、イリュストラは同じような視線をウィロットに送っていた。そして、マリーもそれを感じていたという。
しかし、その後イリュストラがウィロットを訪ねた時は、そんなことはなかったと思うが。
それがこの場で、再び現れたということか?
「ウィロットさん……、あの、もしよろしかったらわたくしの分もお召し上がり下さいませんか?お昼を少し食べすぎてしまい、もうお腹に入りそうにありませんの。もちろん無理にというわけではありませんが……」
「えっ!?いいんですか?喜んでいただきます!」
ウィロットは弾けるような笑顔になった。
イリュストラはというと、ウィロットの返事を聞いてなぜかホッとしたような表情を浮かべている。
そしてイリュストラは、自分に配膳された茶菓子を全てウィロットに下賜してしまった。
これはどういうことだろうか?
イリュストラは食欲がない。彼女の顔色からも、現在はティナードの言う「呪いを受けている」イリュストラなのだろう。
ふと疑問が湧く。
呪いを受けているということは、今は司祭の仕事の最中ではないということだろうか?
確かに今はお茶会の最中ではある。しかし、このお茶会の名目は、俺の寄付に対してのお礼というのが主旨だ。
であれば、それは司祭の仕事の範疇であるはず。
前々回に部屋を訪れた時、つまりウィロットの脚色された俺の武勇伝を聞いていた時、あの時の方が明らかに司祭の仕事ではない。それでもその時は、彼女に呪いの症状は出ていなかった。
そもそも最初のお茶会の時も、口には出さなかったが彼女の目的は俺からの寄付を受けることだった。それももちろん司祭としての仕事だ。
呪いかどうかは置いておいて、イリュストラが何らかの影響を受けて健康な状態とそうでない状態があることに疑いはない。
ティナードはその条件を、司祭の業務をしているかどうかと区分けしたが、それは違うのではないだろうか?
では、それは何か?
状況をまとめれば、それらの共通点はすぐに思い浮かぶ……。
「イリュストラ姫、少し気になることがあるのですがよろしいでしょうか?」
俺がそう言った瞬間、部屋の奥にある扉の方から微かな物音と、とある聞き慣れた声が聞こえてきた……。




