双子の実と猫の呪い Ⅵ
「それで、いかがでしょうか?ユケイ王子殿下」
部屋に現れたティナードは、浮かない表情を浮かべて俺にそう問いかけた。
彼もそれなりに気苦労の多い立場なのだと窺える。
「気になることは多々あります……。しかし、どれもが疑問のままで、原因に思い当たるものはありません」
「そうですか……」
「やはりこれは、医療や魔法の範疇ではないのでしょうか?」
「それはもちろん調べた上です……」
それはそうだろう。俺に話が回ってきたのは藁に縋るつもりのことに違いない。
彼女は王女だ。既に当然多くの人が解決を目指した後のはずだ。
「当然医師がイリュストラ姫の健康を診断されたと思うのですが、その結果はいかがだったのでしょうか?」
「はい。診断の結果体には全く異常はないということでした」
「なるほど……、そうですか……」
当然前世の容易に精密な検査はできないから、医師の診断は完全に信頼できるものではない。それでも、その診断は一定の基準の元に下されたことは間違いない。
「もう一つ伺いたいことがあります。イリュストラ姫の弟君であります、プリオストラ王子はいかがでしょうか?」
「プリオストラ王子……、プリオストラ王子殿下ですか?」
「はい」
「……それも何か関係するのでしょうか?」
「それはわかりません。しかし、何かのきっかけになるかも知れません」
「……プリオストラ王子殿下は産まれながら体が弱く、それは呼吸する力が弱いからと言われています」
「そうですか、呼吸が……。それはお辛いでしょう」
「イリュストラ姫殿下とプリオストラ王子殿下は双子ではありますが、見た目や体質、性別や髪の色にわたって、お二人はあまりにも似ておりません。本来であれば、双子というのは似たような姿形、特性を持って生まれてくるものではないでしょうか?」
ティナードが言っているのは一卵性双生児の場合だ。一卵性の場合は一つの卵子から始まり人を成すので、ティナードが言う通りの特性を持つことが多い。
しかし、イリュストラとプリオストラの場合は性別が違うことからも間違いなく二卵性双生児である。
環境により似たような特性を得ることもあるが、この場合はティナードが言うことは当てはまらない。
とはいえ、この世界の人にそれを正しく理解するのは不可能に近いだろう。
「そういうこともありますが、全てそれに当てはまるわけではありません。特にイリュストラ姫のように性別も異なる場合、双子といえど全く違う特性を持つことの方が多いと言われています」
「なんと。そうでしたか……。ユケイ様はいったい何処でその様な知識を?」
「え、えっと……、そ、そうですね。確か、アルナーグの図書室で医学書を読んだ時に、そのようなことが書いてあったと思います」
当然それは前世から持ち越した知識なのだが、ティナードの不意な問いかけについでまかせを吐いてしまった。
「……実は、イリュストラ姫殿下が弟君の体が弱いのは自分のせいではないかと思っているのです」
「えっ!?なぜですか?」
「自分が母君の胎内で、弟君の力を吸って産まれたのではないかと……。実際、イリュストラ姫殿下は非常に大きく産まれ、それに対してプリオストラ王子殿下は非常に小柄だったと聞きました」
そんなことがあるはずもない。しかし、それは迷信としてよく呟かれる言葉だ。
例えば優秀な兄と劣った弟がいる場合、似たようなことを揶揄やされる場面をよく目にする。
俺自身そのようなことを散々に言われた。母親の胎内に魔力の目を落としてきたと、何度影口を叩かれたことだろうか。
「そんなことは絶対にあり得ません!イリュストラ姫にもお伝え下さい」
俺は断言をし、ティナードの瞳を真っ直ぐに見つめ、彼は俺の目を真っ直ぐに見返す。
しばらく無言で見つめ合った俺たちだが、彼はふぅと息を吐いて首を振った。
「ユケイ王子殿下がそうおっしゃるのであれば、きっとそうなのでしょう。姫殿下には必ず伝えます」
「はい。よろしくお願いします」
「しかし、それを証明することはできるのでしょうか?」
「……そうですね。証明はできますが、理解することは難しいかも知れません」
「そうですか……」
そして彼は何かを深く考え込む。
このティナードという文官は、いったいどういう立場の人間なのだろうか?
イリュストラを心配する眼差しには、何か特別なものを感じる。
もしかしたら彼女の血縁に連なるものなのかも知れない。
「ティナード殿。イリュストラ姫とプリオストラ王子の関係は、良好なのでしょうか?」
「はい、もちろんです。お二人はとても仲のよろしい姉弟と言えるでしょう」
「そうですか。それは……良かったです……」
ふと、俺の兄であるアルナーグ第二王子、ノキアのことが頭をよぎった。
俺とノキアも、ある年齢まではとても仲が良かったと言えるだろう。しかし俺と彼は、俺が昔とった行動により、決定的に埋まらない溝を作ることになってしまった。
イリュストラとプリオストラには、俺とノキアのようにはなって欲しくないと心から思う。
そのためには、イリュストラの体調不良の原因を解決した方がいいのだろうか?
「一度、プリオストラ王子とお話しをさせていただくことは可能でしょうか?」
「プリオストラ王子殿下とですか……?私の立場ではそれを許可することは出来ません」
「そうですか……。イリュストラ姫よりプリオストラ王子の方が症状が重いのでは無いかと思うのですが」
「プリオストラ王子殿下には医師がついています。ユケイ王子殿下には姫殿下のことに専念して頂ければと思います」
何だろう?イリュストラとプリオストラで、何か扱いの違いを感じる。もしかしたら病弱なプリオストラは、王家内で冷遇されているのだろうか?
トントン……
突然部屋の扉がノックされた。
俺とティナードは顔を見合わせる。
「……今日は来客の予定はなかったと思いますが……。マリー、出てくれ」
マリーは「はい」と短く答え、扉の方へ足を運ぶ。
彼女が扉を開けると、その先にいたのは法衣をまとったイリュストラであった。
「あら、どうしてティナードがユケイ王子の元にいらっしゃるのかしら?わたくしを除け者にしてお茶会ですか?」
彼女はティナードの顔を見るなりそう言い、「冗談ですわ」と言わんばかりにくすくすと笑みを浮かべた。
「イリュストラ姫殿下!?どうされたのですか、姫という立場の方が、約束もせずにこのような所へ……」
「ティナード、今日はわたくしは王女として参ったのではありませんわ。アンをお叱りになるのはおやめ下さいませ」
イリュストラはティナードに向かって微笑みかける。
今日の彼女は「元気な方」のイリュストラだ。つまり司祭としての業務に向かう途中、もしくはその帰りということだろう。
アンと呼ばれたメイドは、先日もイリュストラと一緒に部屋へ訪れた者だ。
「ごきげんよう、ユケイ王子。突然お邪魔しまして申し訳ありませんわ。今日はユケイ王子を、わたくしのお茶会に招待させていただこうとお邪魔いたしましたの」
「お、お茶会ですか?」
「そうですわ。ユケイ王子はわたくしにとても沢山の寄付を約束していただきました。司祭としまして当然そのお礼をしなければなりませんわ」
「そのようなこと、私に相談もなく決められては困ります!」
ティナードはイリュストラを慌てて止めに入る。
しかしイリュストラは一向に気にする様子もない。
「ええ、わたくしも相談しなければいけないと思っていましてよ。けど、ティナードがいてくれてその手間が省けましたわ。ユケイ王子、わたくしのお部屋でお茶会を行いますので、参加して下さいませ。弟のプリオストラもユケイ王子のお話をしたら、ぜひお会いしたいと申しておりましたわ」




