双子の実と猫の呪い Ⅱ
その日はその後、お茶会の準備の時同様に多くの人が現れて、飾り付けられた室内を元に戻していった。
彼らが全て部屋を去った後、残されたのは白い花とそれをいける紋章入りの花瓶だった。
「お貴族様は、お茶会の度にあのような準備をされるんですね」
マリーが部屋の中を整えながら、ぼそりとつぶやく。
「いや、少なくともアルナーグではあんな調度を入れ替えたりとか、そこまではしないよ」
「そうなんですね。ヴィンストラルドのお貴族様は大変ですね」
そう言いながらも、平然とした様子のマリーは大したものだ。
ウィロットとカインは、疲労困憊といった様子である。
それでもカインは、ごりごりと腕を回して肩のこりをほぐしながら俺に聞いてくる。
「それで、どうなさるおつもりですか?何か心当たりは……」
「そんなものはないけど……」
そもそも呪いなんて不可解なものを解決しろなんて言われても、全く見当もつかない。それに、イリュストラの今日の様子……。
確かに健康的であったとは言えないが、呪いや毒に侵されているといったほど被害を受けているようにも見えなかった。
食が細いのも多少顔色が優れないのも、体質と言ってしまえば納得ができる程度なのだ。
ただティナードの話が全て真実であれば、奇妙な点がないこともない。
「ウィロット、例えばさ、離宮の俺の部屋に猫が入ってくるってあるかな?」
「ユケイ様の部屋にですか?そうですね……。お部屋にはないと思いますが、工房だったら何度かありました。鼠がいっぱい出ましたからね」
「ああ、そういえばそうだったね」
アルナーグの離宮に作られた工房は、直接外に繋がる扉があった。そこから猫が入り込むこともあるだろう。
猫は病魔を運ぶ鼠を捕らえるとして、この世界では益獣として扱われている。敬遠されていない以上、たまたま俺の部屋に猫が迷い込むことだってあるかも知れない。それはイリュストラの部屋でも同じだといえる。
「猫に餌をあげ続けていたら、懐かれるっていうこともあるよな……」
ティナードが言うことは確かに異常だと言えなくもないが、どれも偶然の組み合わせで起き得る可能性がある。
「猫アレルギーの線もあるかもしれないけど……。あとは、司祭の業務をしている時は呪いの影響を受けない……か」
一般的に聞くアレルギーの症状とはだいぶ様相が異なる。司祭の業務をしている時の様子は、比べてみないとなんとも言えないし……。
「どちらにせよ、イリュストラ姫に話を伺ってみないとわからないな……」
「けど、お姫様には猫の呪いの話はナイショなんですよね?」
「あ、そっか。……まあ、次の機会までにどうするか考えておくよ。どうせ早々に時間を作ってくれるなんてことはないだろうし。俺の方は急いでいるんだけどな……」
脳裏にイザベラとローザの顔が浮かぶ。
貴族とはいえローザの罪は重い。リットのように即刻処刑とはならなくても、減刑を急いで行わないと望まぬ結果になるのは目に見えている。
しかしその翌日。俺の予想に反して部屋を訪れる者がいた。
「ユケイ王子、突然の訪問で申し訳ありませんわ」
予告もなく現れたのはイリュストラだった。
昨日のドレス姿とは打って変わって、ゆったりとした純白の法衣を身に纏っている。
襟元、袖口、そして法衣の裾に施されている豪華な金糸の刺繍が、その法衣を纏える者が特別であることを物語っていた。
彼女は護衛を部屋の外に待たせ、メイド一人を引き連れて部屋に入ってきた。
「いえ、お気になさらず。今日はどうされたのですか?」
「はい。昨日のお礼を申し上げに参りましたわ!」
昨日のお礼?おそらく寄付のことを言っているのだろうか。
「それはわざわざお越しいただき。恐縮です」
「いやですわ、ユケイ王子。わたくしたちはもうお友達でしょう?そんなかしこまったことをおっしゃらないでくださいませ!」
そう言うと彼女は、華やかな笑顔を見せる。
昨日と同じ輝石のついた簪、彼女のお気に入りなのだろうか。揺れてきらりと光をうつす。
俺は一瞬で、ティナードの言うことを理解した。
確かに昨日の彼女と今日の彼女、別人だと言っても良いほどに違う。
言葉にも張りがあり、肌の血色も赤みがさして昨日と比べるまでもなく健康的だ。それに一つ一つの動きを見ても、力強さと若い生命力に溢れているような気がする。
「あと、ウィロットさんにもお渡ししたい物がありますの」
イリュストラはメイドから何かを受け取り、それをウィロットへ差し出す。
ウィロットは慌てて膝をつき、彼女ができる精一杯のうやうやしさで、それを受け取った。
「ウィロットさんのお家で作られているということなので、沢山お持ちなのかとも思ったんですけど。お約束をしましたので差し上げますわ!」
彼女が受け取ったのは、キラキラと輝くガラスの瓶に入った琥珀色の液体だった。
「わっ、メープルシロップ!ありがとうございます、お姫様!お家で作っていても、売り物ですからわたしは食べられないんです。すごく嬉しいです!」
お礼と同時に、ウィロットは満面の笑みを返した。
「わたくしも喜んでいただけて、とても嬉しいですわ!」
「イリュストラ姫、わざわざウィロットのためにお持ちいただいたのですか?お手を煩わせて申し訳ありません」
「そんなこと全く気にする必要はございませんわ。ただ、その代わりと言いますか……」
イリュストラは少し頬を赤く染め、もじもじとしている。
「どうなさいました?」
「はい。あの、ウィロットさんにいろいろとお話を伺いたいのです!」
「え、ええ!?」
驚きの声を上げたのは、俺ではなくウィロットだった。
「昨日おっしゃってましたでしょ?メープルシロップを作ったお話。わたくし、ウィロットさんがユケイ王子を愛された理由を、全てお伺いしたいですの!」
イリュストラは恋をする乙女のような視線をウィロットへ向けた。




