双子の実と猫の呪い Ⅰ
マリーは拾ったお菓子をじーっと見つめ、何かを思いついたのかウィロットの方へ向き直った。
「ウィロット様、食べますか?」
「た、食べません!」
マリー、流石にそれは無いだろ……。
そんなやり取りを見て、部屋に残されたティナードは呆れたような顔をする。
「楽しそうで非常にけっこうですが……。ユケイ王子、よろしいでしょうか?」
「あ、ああ。私も聞きたいことがあります」
「……はい。ではユケイ王子からどうぞ」
「……それでは。今日の会談にはいったいどういう意味があったのですか?イザベラ姫の件ではなかったのですか?」
「そうですね。その件と無関係というわけではありません」
「そう……なんですか……?」
ティナードは深くため息をついた。
「ユケイ王子は魔力の目は持たないが、物事を見通す目は誰よりも優れていると聞きました。それで、毒や呪いにも詳しいという噂もありますが……」
「いえ、呪いに関しては何もわかりません。毒に関しては……多少の知識はあるかもしれませんが、決して詳しいとは……」
呪いというのは、この世界に存在すると言われている力の一つだ。
しかしそれは魔法や奇跡とは違い万人に開かれているものではなく、前世における呪いと同じく正体不明の不可解な出来事を指してそう言われることが多い。
俺に言わせれば、まゆつばものだ。
「左様ですか。では、単刀直入に伺いますが、イリュストラ姫殿下とお会いして、何か感じることはありましたか?」
「イリュストラ姫に関してですか……?」
どういう意味だろうか?
感じることと言うが……、よくいそうな貴族のお嬢様といったところだろうか?イザベラに似た印象もあるが、それは生まれ育ちが似ているせいだろう。あと強いていえば……。
「……気になったのですが、体調が少し優れなかったのでは?」
「それはどういう意味でしょうか?」
「いえ、食が進んでいないような気がしたので。あと、顔色もあまり良くなかったような……」
「そうですか……」
そう言うとティナードは何かを考え込む。
先ほどの「俺が毒や呪いについて詳しいか?」という前置きから察するに、彼は俺とイリュストラを引き合わせて、毒や呪いについて様子を探りたかったということだろうか?
しかし、この短時間で感じたことはそれくらいだ。
「何かイリュストラ姫に問題があると言うことですか?」
「……はい。姫殿下は昔から体が弱く、体調をよく崩されておりました。最近になって、それはもしかしたら呪いのせいではないかと言われ始めたのです……」
彼は微かに声を落としてそう言った。
「呪い……ですか?」
「はい……」
「それが、魔法や毒によるものではなく、呪いだと考えられる根拠はあるのでしょうか?」
ティナードはテーブルの上のお茶を一口飲むと、ゆっくりと語り出した。
「きっかけは、メイドが発した言葉でした……」
彼がメイドたちから聞いた話、それはイリュストラは猫に憑かれているという噂だ。
最初は、イリュストラの周りによく猫が現れると言った程度のものだった。
イリュストラ自身も猫好きで、城に居着いた猫とよく遊んでいたという。猫のほうも彼女に懐き、よく手ずから餌をもらっていたそうだ。
だから彼女の周りに猫が現れるのも、そう不思議がられてはいなかった。
立場を考えればそういった行動はあまり良いとは言えないが、第一王子から比べれば二十才以上も若い末子の姫だ。それなりに甘やかされて育ったのだろう。
やがて数年前から、彼女の周りに現れる猫が徐々に増えていったという。
彼女は城の一角にある、とある庭園がお気に入りの場所だった。気がつけばそこは多くの猫が溜まるようになり、どれだけ追い払ってもそこに猫が集まってきてしまうという。
やがてその猫たちは奇妙な行動を取り始める。
執拗にイリュストラを追い回したり、よだれを垂らしたり奇妙な声をあげたり、大きく体をくねらせて転げ回ったりしたそうだ。
ちょうどその頃から、イリュストラの食欲は徐々に落ちていった。
そしてある時、彼女の居室に猫が現れたというのだ。
「部屋に猫が現れた?」
「はい。もちろん扉の前には見張りがいますし、窓もしっかりと施錠がされています。猫が勝手に入ってくることはないでしょう」
「それは一度だけですか?」
「いいえ、何度か猫が忍び込んだと聞いています」
「……その、正直なところアルナーグでは猫の呪いといった類の話は聞いたことがありません。何かそういった逸話でもあるのですか?」
前世において、祟るといえば狐か猫だ。
同じような動物がいるのだから、似たような噂が出ることは考えられるだろう。
しかし、この世界において魔法や奇跡、呪いに至るまでも、基本的に生き物の意志の力ではないかと俺は考えている。
確かに呪いという力があってもおかしくはない。しかしそれもまた意志の力だとすれば、その矛先が一体どこへ向かっているのか、曖昧というか何というか、結果に対して意志が感じられない。
「関係あるかわかりませんが、昔庭園に集まった猫を追い払うために非道を行った庭師がいたという話です。その者は、その後すぐに命を落としたと聞いたことがありますが……」
それもまた随分と曖昧な話だ。万が一それが本当だとしても、イリュストラがそんな非道に当たることを行なっているというのだろうか?
彼女を見る限り、そんなことをするような人間には見えない。
「それは……確かに奇妙な話ではありますが……。ただ、偶然と先入観が作り上げた噂ではないでしょうか?」
「そういう意見もありました。ただイリュストラ姫殿下が司祭の業務に当たっている時、神のご加護のおかげでしょうか、体調を崩されるということがないのです」
もしティナードの言うことが全て真実であれば、その呪いというものは存在するのかもしれない。
そもそも魔法や奇跡、エルフやドワーフ、妖魔が存在する世界だ。いまさら怪奇現象が一つや二つ増えたところで、さして驚きもしない。
だとしても、それが呪いであれば俺に相談するのは全くのお門違いだ。魔力の目を持たない俺に、一体何ができると思っているのだろう。
「そのことは、イリュストラ姫はなんとお考えなのですか?」
「いえ、呪いのことは姫殿下の耳には入れてはおりません」
彼女の地位を考えれば、その配慮は当然かもしれない。
「そうですか……。で、ティナード殿は私にどうしろと言うのですか?」
「はい。ユケイ王子に姫殿下の呪いを解いてもらえないでしょうか?」
「呪い……ですか。もしそれが本当に呪いであれば、私にそれを頼むのは誤りだと思いますが……」
「そうとは限りません。それに、呪いが原因でない場合、ユケイ王子ほど適任はいないのではないでしょうか?」
「……誰かに毒を盛られて、彼女の体調が悪化しているということでしょうか?」
「可能性はあると思います……」
確かに体調を悪化させるには、毒を使う方が現実的に思える。遅効性の毒を使えば、毒見を掻い潜って徐々に対象を弱らすことができるのだ。
しかし、それでは猫の話は何だというのだろう。
もしイリュストラが何か困っているのであれば、力になってあげたいという気持ちもある。しかし、俺には救わなければいけない姫がもう一人いるのだ。
「もしその謎を私が解いた場合、その時は交換条件と理解して良いですね?」
ティナードは最初に、この件はイザベラとも関係があると言った。それはすなわち、そういうことだろう。
そして彼は、ゆっくりと頷いた。




