枢機卿 Ⅱ
次の日の朝、ティナードの侍従が言伝を持って部屋へ現れた。
その内容はなんとも曖昧なものだったが、要約すると会って話がしたいという。
「イザベラ姫たちの件について返事が来るには、少し早い気もするけど......」
もしくは、自分の待遇についての話だろうか?
内容はなんであれ、断る理由はもちろんない。
少しでも話せる機会があるのであれば、なんとしてもイザベラの件を優位に運ばなければいけない。
しかし、少しだけ不可解なこともあった。
それは、その話し合いをお茶会の場を持って行うということだった。
「けど、なんでお茶会なのかな?」
「ど、ど、ど、どうしましょう!ユケイ様、わたしお茶会なんて上手にできる自信が全くないです!」
「ウィロットでもきっと問題なくできるさ。けど、人手も足りてないし向こうが言い出したことだから、今回は向こうに主催してもらうように頼んでもいいけど……」
「どうしよう……。誰が来るのでしょうか?」
彼女の様子を見た感じ、どうやら自分で主催したいという気持ちはあるようだ。だったらウィロットにやらせてあげたいのだが……。
「誰が来るって、それはティナードじゃないのか?」
俺の問いに答えたのは、混乱して慌てふためくウィロットではなく、マリーだった。
「ティナード様だけでしたら、お茶会をしたいなんて言わないと思います」
「まあ……、確かにそうだよね」
「多分女性で、それなりにご身分の高い方が来られるのではないでしょうか?」
その読みは正解なのかも知れない。
女性の情報交換は、お茶会でというふうに相場が決まっている。それなりの身分の方が来られた場合、お茶会のそそうで気分を害され、また面倒なことになりかねない。
「とりあえず話したいことは沢山あるんだ。お茶会は受けることにしよう。主催ももしかしたらティナードがしたがるかも知れないし。それでいいかな?ウィロット」
「はい。ユケイ様にお任せします」
俺はティナードへの返事をすぐに用意する。ウィロットは不安そうな表情を浮かべたまま、ぺこりと頭を下げた。
俺はなるべく早い日取りで会合を行うと、ティナードの侍従に返事を返した。
そしてその日のうちにお茶会の主催はティナード側でするという連絡が入り、それが行われたのは早くもその翌日だった。
当日、昼食を終えた後に部屋の扉がノックされ、扉を開いたウィロットから悲鳴が上がった。
なにごとかと視線をそちらに向けると、室内に雪崩れ込んでくる大量の生花……もとい、生花を抱えた大量のメイドがやってきたのだ。
メイドたちはその花で室内を飾り付け、やがてテーブルや椅子や、様々な食器が運び込まれてくる。
「アゼル様がいなくてよかったですね……」
その様子を見てカインがぼそりと呟く。
もし彼がこの場にいたら、彼らに対して文句を言えただろうか?
「うん、そうだね。けど、流石のアゼルもこれは拒めないと思うよ」
「はい、そうですね……。しかし、これは困りました……」
「うん……」
俺たちはなす術なくそれを見守るしかなかった。
なぜなら、運び込まれる花瓶や食器、テーブルや椅子、サイドテーブルやおトレーにまで、全ての物に紋章が刻まれていたのである。
紋章の一つは騎乗槍が描かれた盾に寄り添う手がある二匹の魚、そしてもう一つは交差する鍵の左右に格子状に配置された緑のタッセル。
それは、この地に住む者の誰もが目にする紋章だった。
「ヴィンストラルド王家の紋章と、もう一つはバルボア教皇……、いや、色が違うから枢機卿の紋章かな?」
この世界の国家に定められている宗教は一つだけだ。
宗教に名前はなく、神にも名前はない。キリスト教の神が単に「God」と呼ばれるように、この世界でも神は「神」以外何者でもないのである。
神は双子でそれぞれ昼と夜を司り、しかしそれは二人で一人の神として信仰されている。
同じ宗教ではあるが、国や地域によって解釈の違いがあり、大陸を東西に貫く白竜山脈の南側では、多神教に近い解釈をされることもある。
そして、地上における神の代弁者、それがリュートセレンにあるバルボア大聖堂の主、バルボア教皇だった。
「あの、ユケイ様、枢機卿ってなんですか?」
ウィロットが俺の服の端を引っ張り、こっそりと聞いてきた。
「えっと、枢機卿っていうのはね……、教皇っていうのはわかる?」
「はい、なんとなく。教会の一番偉い人ですよね?」
「うん、そうだね。要するに、教皇を補佐する特別な人が枢機卿だよ。枢機卿はこの宗教を信奉する全ての国にいて、全員で31名いる。今の教皇が引退する時、次の教皇は枢機卿の中から選ばれ、その教皇を選ぶ選挙の投票権を持っているのも枢機卿だけなんだ」
「えっと、教皇様の次に偉い人ということですか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけどね。アルナーグにも枢機卿は二人いて、一人は司祭長様だがもう一人は俺の父であるアルナーグ国王だ。けど、アルナーグ国王は教会には関与していない。補佐をするっていうのは、いろんな意味があるんだよ」
「なるほど。よくわかりました」
ウィロットとの付き合いは長いからわかるが、彼女のこの「わかりました」は、全く理解できていない時に出るわかりましただ。
けどまあ、そんなこと理解する必要もないだろう。
「ということは、今から来られるのって……」
「ああ。確かヴィンストラルドの第二王子が枢機卿だったはずだ」
「えっ!?それじゃあ……」
「まあ……、そういうことだろうな……」
俺の言葉を聞いて、ウィロットの顔が真っ青に染まっていく。
マリーはというと、まるで何事もないように眉一つ動かさない。
「ど、ど、どうしましょう……!わたし王子様の給仕なんてどうすればいいか……。何か失礼なことがあったら……」
「……うん、まあ、向こうのメイドがやってくれるからいいんじゃないかな……」
俺も王子なんだが……。という言葉が喉まで出かかるが、それをぐっと飲み込む。
ヴィンストラルド第二王子、エヴォン・ヴィンストラルド。
紋章から察するに、おそらく今日のお茶会に現れるのは彼ではないだろうか。
エヴォンだとすれば年は30を優に超えているはずだ。運び込まれた花とは少し合わない気もするが、俺の知らない意味があるのかもしれない。
そしてお茶会の準備はどんどん進められていった。
ここまでするならこちらから出向いた方が間違いなく早いと思うが、よっぽど俺を部屋から出したくないのだろう。
そもそも、こんな大ごとであれば簡単に話を受け入れたりしなかった。
本来いるはずの護衛騎士アゼルは、負傷してこの場にいないのだ。
しかし、今さら断るわけにはいかない。
そして準備は終わり、お茶会が始まる時間となる。
部屋の扉が開けられ、まず室内に入って来たのはティナードだった。
いつもよりだいぶ正装よりな姿を見て、俺は自分が全く普段通りの軽装であることに気づく。
まあ、今さらどうしょうもないか。
そしてその後、護衛を引き連れた人影が部屋の中に入って来た。
輝石があしらわれた金色の簪で纏められた、薄く青みがかった銀髪。彼女は花のように膨らんだスカートに細く絞りあげた上半身の、薄水色のドレスを纏っていた。
10才に至っているかもわからないその少女は、俺の前にピタリと立ち止まると、スカートの端をちょこんと摘み、わずかに腰を落とした。
「お初にお目にかかりますわ、ユケイ・アルナーグ王子殿下。わたくし地の国第二王女の、イリュストラ・ヴィンストラルドと申します」
そういうと彼女は、小さく微笑んだ。




