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才の無い貴族と悪魔王  作者: そんたく
ファージンゲールとコルセット
34/133

枢機卿 Ⅰ

「それでは、ユケイ王子はイザベラ姫の保護とローザ婦人の減刑を求めるということですか?」


 あの事件の翌日、新しく用意された部屋で細身の執務官ティナードは言った。

 鋭い目つきを伏せ、何か考え込むような仕草をする。


「ローザの罪全てに減刑を求めるわけではありません。リットに罪を(なす)りつけて彼を死罪にしたこと、アゼルやカインに傷を負わせたこと、建物に対する賠償も当然求めるべきだと思います。しかし、わたしの毒殺未遂に関して、わたしは訴えるつもりはありません」


 俺の言葉に、ティナードは全く理解できないという様子だ。


「罰を求めるのではなく、むしろその逆とはいったいどういうことなのでしょうか……」

「ことの発端はわたしにあります。だから……」

「……それはそちらのお(いえ)の話ですから分かりかねます。しかし、今回の件は訴える訴えないで済む問題ではありません。王族に対する犯罪は死罪です。例外はありません……」


 そうは言うものの、ティナードの言葉には歯切れの悪さを感じる。

 それもそのはず。実際、今回の事件は外交的に非常に複雑な問題を孕んでいるのだ。


「では、どうなさいますか?ローザを王族に対する毒殺未遂で処罰する場合、当然主人であるイザベラ姫も連座は免れません。イザベラ姫の罪を問うのであれば、リュートセレンへさらに人質を出せと言うのですか?」

「…………」


 ティナードは押し黙る。

 リュートセレンは属国とはいえ、アルナーグと違い大国だ。ただでさえ人質を要求しているのに、国の姫と貴族を処罰して追加の人質を要求などすれば、その反発は当然小さいものではないだろう。

 しかし、ヴィンストラルドは法によって治められている国。その点を(ないがし)ろにするわけにはいけない。


「イザベラ姫はわたしの従兄妹(いとこ)に当たり、ローザはわたしの叔母です。そしてわたしはアルナーグの王子とはいえ、王位継承権は与えられていません。つまり、全て身内の間で起きた事件であり、王位継承権を持たない俺は王族の頭数には入っていません」

「……その理論は、流石に無理があります」


 ティナードの言うことはもっともだ。しかし、俺も引き下がるわけにはいかない。


「……そうでしょうか?無理があろうとなかろうと、理論は理論です。わたしはアルナーグの王子だ。実質的にはどうであれ、アルナーグの王子とヴィンストラルドの王子は同盟協署では対等のはずではありませんか?」

「……だから、我が儘を通せとおっしゃいますか?先ほど自分は王族の範疇にないと申されたばかりではないですか」

「……では、これはいかがでしょうか?先程ティナード殿はそちらのお(いえ)のことだとおっしゃいましたね?アルナーグ王家への犯罪はアルナーグで裁きます。ヴィンストラルドのお手を煩わせることではありません。そうすれば、リュートセレンからの非難の目はアルナーグへと向くでしょう」


 ティナードは俺の言葉を聞き、眉がピクリと動く。

 理論としては、かなり厳しいのはわかっている。

 しかし、イザベラは十分に苦しんだのだ。これ以上罰を与える必要は無いはずだ。


「わたしはアルナーグ王子であり、母もリュートセレンの貴族です。イザベラ姫とローザ、わざわざ二つの王家の気分を害する必要はないのではないですか?そもそもヴィンストラルドの罪はどうなさるおつもりですか?」

「ヴィンストラルドの罪とは?」

「無実のリットを罰した罪です。彼は犯行を認めたわけではなかった。それなのに十分な取り調べもせずに、貴族の顔色を見て早々に処罰するなど、そこに罪はないというのですか?」

「それは……。しかしあのように手の込んだ犯罪をされれば、見抜けなくても仕方がありません」

「そうでしょうか?少なくともわたしはそれを見抜きました」


 しばらくの沈黙の後、ティナードは深くため息を吐いた。


「どちらにせよ......。私の一存で返事はできませんので、一度持ち帰らせて頂きます。途中でおっしゃるべきではない言葉がありましたが、それは聞かなかったことにしましょう」

「すいません...... 。ありがとうございます」

「害をなした相手を助けようとは私には理解できませんが、それが血縁というものなのでしょうか?」

「どうなのでしょう……。わたしはこれ以上悲劇を増やしたくないだけです」

「悲劇ですか……。悲劇と喜劇の間には、紙一重(ひとえ)分の隙間しかありません。そして、血はワインほど濃くはない」

「はい、覚えておきます……」


 そうしてティナードは、部屋から出ていった。


「血縁...... だからなのかな...... 」

 

 どっと力が抜け、椅子に体が深く沈み込む。


「安全のためには、ユケイ様に怨みをもつローザにも処罰を受けてもらった方がよろしいのではないでしょうか?」


 カインがそう呟く。


「それは違う。今のままではイザベラが俺に敵意を持つことになる。それはやがてリュートセレン王家全体を敵に回すことになるだろう。そうならないためにも、イザベラ姫とローザ、共に減刑を求めなければいけない」

「だいぶ言い訳のように聞こえますが……」

「まったく。……カインはほんとにアゼルに似てきたな」

「そ、そうでしょうか?」


 カインはそう言うと、喜んだような困ったような、複雑な表情を浮かべた。


「それよりマリー、少し話をしてもいいかい?」

「はい。なんでしょうか?」

「……まず、礼をさせてくれ。今回はキミに助けられた。もしあのままローザの魔法で身動きが取れないままでいたら、カインもアゼルも、もっと酷い怪我をしていただろう。ほんとうにありがとう」


 俺はそう言うと、マリーに深く頭を下げた。

 彼女はそんな俺の姿を見て、大きく目を見開く。


「お貴族様もそんなことされるんですね」

「マリー、不敬だぞ」


 カインがさっとマリーを嗜める。嗜めはしたが、言葉の棘がだいぶ取れているような気がする。


「いや、いいよ。マリーの忠義に応えたいのだが、どうすればいいだろうか?」

「それは……。じゃあ考えておきます」

「あと、もう一つ聞いていいだろうか?」

「ユケイ王子は変わっています。お貴族様はいちいちそんなことはおっしゃりません」

「マリー……」

「カイン、いいじゃないか」


 繰り返すカインとマリーのやり取り。昔同じようなことを、カインとウィロットの間で見たような気がする。


「マリーはどこで剣を習ったんだ?」


 俺の質問に、カインとウィロットが興味深げに視線を向ける。


「剣ですか?何処でも習っておりません」


 そう言ってぺこりと頭を下げると、「お仕事に戻ります」という言葉を残してそそくさとその場を離れていった。

 カインとウィロットは、「そんなはずあるか!」と言わんばかりの表情でマリーを凝視している。


 そう、そんなはずはないのだ。

 バルコニーへ渡った身のこなしは置いておいても、拾い上げた剣の刃をちゃんと相手に当てたこと。

 カインが投げた剣は両刃剣(ブロードソード)で全長はおよそ80シール(センチ)、重さは1.1キグル(キログラム)だ。決して軽いものではない。

 普通の素人かつ女性には剣を振り、刃が有効な角度と威力で人に当てるなど不可能といってもいい。

 それ以上に目を見張るのは、剣を捨てて次に放った一撃だ。


 現代の知識を持つ俺は、脇の下に神経が集まる急所があることは知っている。

 マリーはそれがわかった上で、同じ女性としても自分と身長差がある相手に向かって、素手で的確に急所を拳で撃ち抜き、さらにローザの肩を脱臼させたのである。


 そもそもいくら敵意を向けられたとはいえ、訓練も受けていない人間が致命傷となる一撃を繰り出すことができるのか?

 少なくとも、前世も含めて人に危害を加えた経験のない俺には出来ない。


「マリーは魔法は得意なのかな?」


 俺は去ったマリーを横目に、こそりとウィロットへ問いかけた。

 俺の周りでは、基本的に魔法が使われることは無い。

 それは俺に対しての気遣いという面もあるが、誰かが魔法を使い何かをしたとしても俺はそれに気が付けないので、不用意な危険に巻き込まないようにするためだ。


「どうでしょうか?火を起こすのは魔法を使っていないですけど。明かりは魔法を使っていたと思います。特に得意でも苦手でもない気がしますけど」

「そっか……」


 日常生活を送る時に使われる魔法は、だいたい限られている。それは「精霊の加護」と言われる区分のものが多い。

 常に周りにいる精霊の力を借りて、奇跡を起こす魔法だ。

 

 まあ日常の中で、誰かの魔法の得手不得手を知る機会はほとんど無い。

 炎の加護を受けず光の加護を受けているというのは、リセッシュの犯人像と一致はする。しかし俺はもう、その件はどうでもいいのではないかと思っている。

 もしマリーがいなければ、俺は少なくとも二回は死んでいることになるのだ。

 奇しくも、マリーを選んだローザの眼は正確だったといえる。


 そういえば、昨日騒ぎが収まった後マリーに聞いてみた。


「何故あんな危険を冒してまで、俺を助けてくれたんだ?」


 マリーの身のこなしだったら、隣のバルコニーへ飛び移るなんて簡単なのかも知れないが、万が一落下した場合は無傷では済まないだろう。それに飛び移る最中に妨害に遭えば、なす術はない。

 そもそも、彼女は俺の身の回り(メイド)であって護衛ではないのだ。


 そんな俺の問いに対して、マリーはこう答えた。


「主人を危険から守るのが、そんなに不思議なのですか?」


 彼女はまるで、朝食の用意をするような調子でそう答えた。

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