龍と7つの奇跡 【閑話】
今から四百年ほど前の話。
かつてこの世界に、強大な力を持った龍が住んでいた。
その龍は白銀の鱗を持ち、いかなる刃もそれを傷つけることはなかったという。
龍は大陸の端から端を一度の羽ばたきで渡り、炎の吐息は星まで届き、その咆哮は海の水を隆起させた。
白銀の龍、終末の龍、始まりの龍、その龍は様々な名前で呼ばれ大陸の大部分を縄張りとし、神の御子である人や、エルフやドワーフなどの精霊御子は、追いやられる様に辺境で小さな国を築いて暮らしていた。
ある年、龍は怒り狂っていた。
それは人間の国に生まれた王子に付けられた名前が原因だった。
その名は……「 」
何故龍がその名に怒ったのかは誰もわからなかった。龍は荒れ狂い、その羽ばたきは大陸の木々を全て薙ぎ倒し、夜空は炎の息で常に赤く染まり、足音が何度も大地を揺らしたという。
龍の怒りは季節が一回りする間止まず、やがて人間にその王子を差し出すことを要求した。
荒れ狂う龍に、人々はついに立ち上がる。
それは9つの国と2つの部族、そして精霊の御子達だった。
季節がひと回りし、その間に2つの国と1つの部族、そして多くの命が失われる。
そしてさらに季節がふたつ回り、ついに龍は地に伏した。
龍の亡骸はやがて山となり、それは大陸を東西に貫く白龍山脈となったという。
龍の涙は湖を塩に変え、龍の呪いは迷いの森を作り、龍の爪痕は渡さずの谷を作った。
そして龍の亡骸から、四匹の龍が飛び立ったという。
龍との戦いに生き残った七つの国。
一つは地の国ヴィンストラルド。彼らは龍の亡骸から魔術の門を手に入れた。
一つは火の国フラムヘイド。彼らは龍の亡骸から12本の魔剣を手に入れた。
一つは草原の国グラステップ。彼らは龍の亡骸から一つの魔導書を手に入れた。
一つは音の国リュートセレン。彼らは龍の亡骸から奇跡の楽譜を手に入れた。
一つは風の国アルナーグ。彼らは龍の亡骸から止まぬ風を手に入れた。
一つは海の国シートーン。彼らは龍の亡骸から湧きやまぬ水瓶を手に入れた。
そして、一つは鉄の国ライハルト。彼らは龍の亡骸から1挺の槌と金床を手に入れた。
精霊の御子達は何も望まず、一つの部族が何を手にしたかは知られていない。
やがて龍が支配していた土地は人の手に渡り、7つの国がそれぞれに収めることになった。
そしてその時、鉄の国の王子に付けられた名前は禁忌の名とされる。




