手紙
開け放たれた窓からは、街の喧騒と微かに湿り気を帯びた空気が流れ込む。
空には多くの星が瞬き、地平線から現れた水竜を模る星座が、季節の移り変わりを教えてくれた。
街がすっかりと暗闇に包まれる頃、さまざまな事態は収束を迎える。
バルコニーから落下したアゼルは、下にあった植え込みがクッションとなり、なんとか死を免れることはできた。
それでも決して軽症ではない。発見された直後は意識を失っており、医官の的確な心肺蘇生により一命を取り留めたのだ。
落下や植え込みの枝などで負った裂傷は、治癒の奇跡で対処はできた。しかし、複数箇所にわたり骨折しているため、慎重に経過を見守る必要があるらしい。
治癒の奇跡は自分の回復力を高める効果がある。それゆえに皮膚の表面にとどまらない深い傷や病魔、そして骨折などの治療には長い時間を要するのだ。
マリーは、衛兵がイザベラの部屋へ押し入った際には、既に姿を消していたらしい。
そして、俺達も気づかないうちに、部屋へ戻っていた。
「……マリーって、ほんとは忍者じゃないか?」
「にんじゃってなんですか?」
心の声が口から漏れていたらしい。俺の体にできた傷の処置をしながら、ウィロットは不思議そうな顔を見せる。
「あ、えっと……。ごめん、気にしないで」
「別にいいですけど。ユケイ様が変な言葉を使うのは、小さい頃から知ってますから……」
そう言いながら、包帯を持ったウィロットの手にギュッと力が入る。
「ユケイ様は、時々無茶をします……」
「ウィロット?」
「魔法の癒しが効かないんです。怪我をしてはいけません……」
「……うん、ごめん」
俺はそっと、力の入ったウィロットの手に自分の手を重ね合わせた。
癒しの奇跡も当然魔法だ。魔力の目を持たない俺にとって、その力も当然恩恵を受けることはできない。
「マ、マリーは大丈夫なんでしょうか?何か罰を受けたりとか……」
少し落ち着いたウィロットは、照れくさそうな素振りを隠すためか、同僚の心配を始めた。
今回の件は、ローザから仕掛けられたことだ。
しかし、平民であるマリーが、リュートセレンの貴族であるローザに対して行ったことに咎が出る可能性がある。
もちろん何か罰せられるようなことがあれば異議を立てるが、マリーは主を守っただけだ。イザベラが何かを言い出さない限り、特に心配はないだろう。
俺が知っているイザベラは、心優しい女性なのだ……。
ローザがその後どうなったかというと、自分が行ったことを全て認め、俺に対して呪詛の言葉を吐きながら、連れられていった。
俺は衛兵に顛末について詰問され、余りにも荒唐無稽な話に疑われもしたが、ローザの持ち物から毒物が見つかり、事件は解決を見た。
「結局...... なんだったんだ......」
本当になんだったのだろうか。
ローザが俺を狙った原因は、逆恨みだ。しかし俺が産まれた事がきっかけで、リュートセレンの幸せな姉妹の人生を大きく変えたことは間違いない。
幸せな姉妹......
シスシャータ、アシスシート、そしてローザ。
「お母様も......俺のことを怨んでいるのかな......」
そもそも、魔力の目がないということは、それほどのことなのだろうか?
産まれながらにして、何かの障害を持つ者はたくさんいる。
それを、ただ単に「仕方がない」と思えるのは、俺の感覚が前世に帰属しているからなのだろう。
「それとも...... 。魔力の目を持たないことに、俺が知らない何かがあるのか?」
ヴィンストラルドの遥か北方、今は無き草原の国グラステップを越えたところにある鉄の国。その王は、俺と同じく魔力の目を持たないという。
それに何か、意味があるのだろうか?
何か冷たいものが、背筋を走った気がした……。
次の日の朝、俺は新しく用意された部屋で目を覚ます。
そこも前と全く同じ間取りの部屋だった。
まだ荷物や調度品が運び込まれていないその部屋は、まるで豪華に彩られた牢獄のように感じる。
「ユケイ様、失礼します......」
ウィロットが、手に何かを持って現れた。
「あの、アルナーグから手紙が届きました。シスシャータ様からです……」
ウィロットは少し気まずそうな顔をする。
手紙は以前、俺が送った物の返事だった。
「ああ、ありがとう...... 。少し席を外してくれないか?」
ウィロットは「はい」と返事をし、一礼して自室へ戻っていく。
護衛であるカインは俺から離れることは無いが、少し距離を空けて視線を外してくれた。
封筒をペーパーナイフで切り開くと、微かに封蝋の香りが漂う。
その香りは、なぜか母を強く意識させるものだった。
母からの手紙は自分の近況に始まり、俺の身を案じる内容。変わらず平穏に生活していると書かれている。そして……。手紙の最後は、こう締め括られていた。
「追伸
どうかローザへお伝え下さい。
わたしは今、幸せに暮らしています。
いつか平和な世になったら、また共に歌を歌いましょう。
シスシャータ・アルナーグ」
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ウィロットとユケイの出会いの物語
才の無い貴族と毒見少女の憂鬱(完結)
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