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才の無い貴族と悪魔王  作者: そんたく
新しい旅立ち
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春を寿ぐ街道 Ⅲ

 それから俺たちは、日の落ちた春を寿ぐ街道を進む。

 春とはいえ夜になれば気温は低く、夜風が体力を徐々に奪っていく。


「ユケイ様、こちらをお使いください」


 アセリアが俺にそっと近づき、騎乗したままで器用に外套を取り付けてくれた。

 上等な皮のマントは、夜風に体温が奪われるのをしっかりと防いでくれる。


 予定では日が落ちる前に、国境の街リセッシュに到着しているはずだった。


「思ったより旅程が遅れているな...... ユケイ様、いかがいたしましょう?食事を取る余裕はありませんが、少し休憩を入れましょうか?」


 アゼルは諦めた様に振り向きながら、そう言った。

 どうやら先を行く旅人が残した、炭の跡を見つけたらしい。

 その言葉に、俺より先にウィロットが反応する。


「やっと休憩だぁ……」

「お前は座ってるだけだろうが!」

「アゼル様も座ってみれば分かります!御者台が硬くって、座ってるとお尻がすごく痛いんです」


 移動に慣れたアゼルがここで休憩を勧めるということは、大人しく休憩にした方がいいのだろう。炭跡があれば簡単に火が起こせるから、手早く休憩の準備を整えることができる。

 炭跡の側には、この炭を起こした人のものだろうか、使い古した火打ち金が落ちていた。


「そうだね、少し休憩を取ろう。休んでから進めば、遅れは取り返せるさ」


 俺の声に反応して、隊列が一斉にキャンプの準備に入る。

 長旅も8日目にもなれば自然と歩みも遅れる。

 馬にも疲労が溜まっているのだろう、馬の歩みの変化は意外と気付きにくい。

 

「では、お茶を入れましょう」

「街の門はもう閉まっているだろうな。ほんとうに入れてもらえるのかな?」

「この地上で、王家の前に開かぬ扉はございません」


 王の権威を例えるのに良く使われる慣用句だ。


「俺もその王家の中に入っているのかな」

「ユケイ様、またいじけてますよ。いい加減にして下さい」


 ウィロットが俺の椅子を用意しながら、呆れたように呟いた。


「そんなことは……、あるかもな。悪かったよ……」

「いいえ、いいですよ」


 静かな平原に、話し声はどこまでも広がって行く。


 アセリアとウィロットは連れ立って荷車に向かい、お茶の準備を始めた。

 2人は身分の違いはあるが、本当の姉妹のように仲が良い。


「火種はどうしますか?火打ち金を使いますか?発火シリンジを使いますか?」

「いえ、魔法を使いますので」


 別の侍従が、炭跡に魔法で火を灯す。

 炭跡はすぐさっきまで使われていたようで、火を灯すのに全く苦労はなかった。

 落ちていた火打ち金は、そのまま炭跡の側に捨てて置かれる。

 そのうち誰かの役に立つだろう。


 発火シリンジとは、俺が現代知識を使って開発した、空気圧を利用して簡単に火種を作ることができるアイテムだ。

 手の中に収まる程の小さな筒だが、簡単に火を起こすことができるので、同行している者は皆使い方を知っている。


 アゼルは他の護衛騎士に指示を出し、テキパキと見張りと休憩の番を割り振っていく。


 すぐに炭から火が上り、くべられた薪がパチパチと心地よい音を立て始める。

 魔法は見れなくても、魔法でつけられた炎は見ることができるのだ。


 ずっと暗い中を進んでいたので、少しホッとした気分になる。

 焚き火の火の粉が届かない位置に、簡易的な椅子とテーブルがセットされ、そこへ案内された。


 椅子に座ると、どっと疲れが出る。

 どうやら思っていた以上に、疲労が溜まっていたらしい。一瞬で膝に力が入らなくなる。

 アゼルの判断はやはり正しかったみたいだ。

 離宮からほとんど外に出ない生活をしていたのだ。俺にはそもそも、長旅に耐えられる力が備わっていない。


「ユケイ様、お茶の準備が整いましてございます」


 そう言うと、アセリアは用意したお茶とパンを並べると、ウィロットがそれぞれを一口づつ口に放り込んでいく。

 それはもちろん毒見のためだ。しかし、王位継承権も持たない俺を毒殺しようとする奴なんて、いったい何処にいるのだろうかと思う。


 俺が軽食を終えると、侍従達が順に軽食を始める。


 軽食も終えて一息ついたところで、それぞれが交代で休息をとり始めた。


「ウィロット、何をやってるんだい?」


 遠目に見ていたため何か手仕事をしているなかと思ったが、一心不乱に手を動かす様からどうやら違うというようだ。


「あやとりですよ」

「『あやとり』?」

「あやとり知らないんですか?」


 ウィロットはそういうと、手に巻きつけた紐を交互に指ですくって俺に見せる。


「ああ!あやとりね!」


 前世からあやとりのことはもちろん知っていた。

 しかし、この世界であやとりを目にしたのが始めてだったため、ウィロットが口にした単語が「あやとり」を指していることに気づかなかったのだ。


「何か作って見せてよ」

「いいですよ。ちょっと待ってて下さいね」


 そう答えるとウィロットは両手を手早く動かし、時には紐を口で咥え、輪になった紐は瞬く間に形を生み出していく。


「はい!できましたよ!なんだと思います?」


 彼女は得意げに、両手を俺に差し出した。


「すごいね!水鳥かな?」

「はい、正解です!」


 俺の答えを聞いて、ウィロットは満足そうに笑みを浮かべる。

 彼女の作り上げたそれは答えを聞かなくても理解できるほど精巧な出来で、右を向いた水鳥の造形を生み出していた。

 娯楽の少ないこの世界だ。彼女の手つきを見れば、多くの時間をこれに費やしてきたことがわかる。


「俺の知ってるあやとりとちょっと違うね。左右対称じゃないんだ」

「さゆうたいしょう?ユケイ様もあやとり知ってるんですか?」

「うん。ちょっとだけだけどね」

「じゃあユケイ様もやって見せてください!」


 そう言い終わる前に、彼女は一瞬で紐を解き俺にそれを差し出してきた。


「えっと、どうやるんだったかな?」


 俺は前世の記憶を覗き込み、その中から見栄えがあり複雑そうなものを探る。

 そうだ、あれにしよう。


 前世であやとりは多少であるがしたことがある。

 まあ、それに対して特に思い入れはないのだが。


「この紐って、なんか伸びるね?何でできているんだい?」


 ウィロットから受け取った紐は、今まで手にしたことのないような感触だった。

 しっかりとした紐ではあるが、ゴムのように微かに伸び縮みをする。


「牛の(けん)ですよ」

「牛の()()って……、あのアキレス腱とかの腱?」

「なんですか?あきれすけんって」

「い、いや、なんでもない」


 先程彼女はこれを咥えていた気がするが……、いや、それに抵抗があるのは俺が異世界育ちだからだろう。

 そうだ、この世界からしてみればあの前世こそ異世界なのだ。

 

 俺はぎこちないながらも指を動かし、なんとか一つのあやとりを作り上げた。

 完成したそれは、三角のシルエットに編みかけになった中の糸。


「どうだい?ウィロット」

「わ、ユケイ様上手ですね!……けど、これってなんですか?」

「これはもちろん東京タワ……、えっと、なんだろう?」

「とうきょうたわ?何言ってるんですか?」

「なんでもないよ。塔だよ、塔」

「はあ、塔ですか。上手ですね」


 先程より明らかにトーンダウンした賛辞の言葉。

 言い淀む俺に、ウィロットは呆れたような視線を送る。


「なんだウィロット、その態度は」


 見かねたアゼルが口を挟む。

 そう言いながらも、俺たちのやり取りを見て彼自身明らかに呆れているように見えるが。


「はい、アゼル様。申し訳ありません」


 ウィロットはペコリと頭を下げると、悪びれる気配もなく食器を片付け始めた。

 そんな彼女を見て大きくひとつため息を落とすが、すぐに俺の方に向き直り護衛の姿勢のまま語りかけてきた。


「今回の件、ユケイ様はどうお考えでしょうか......」


 今回の件というのは、もちろんこのヴィンストラルドへの移動のことだろう。

 まあ思い当たる理由は何個かある。


「取り敢えず座ってくれないか?上を向いていては話しづらいんだ」


 にっこり笑って、アゼルに椅子を勧める。

 こうでも言わないと、アゼルは絶対に休んでくれない。


「......それでは失礼します」


 俺はアセリアに、視線でお茶のおかわりとアゼルの軽食を要求する。

 その意図を理解したアセリアが、すぐに温かいお茶を用意してくれた。


「よくあることだ。珍しい話でもないだろう......」


 俺は4か月程前にアルナーグを訪れた、ヴィンストラルドの使者のことを思い出す。


 地の国ヴィンストラルド。それは国王バイゼル・ヴィンストラルド、そして賢者エインラッドが治める大国であり、地の国の他に魔術の国とも呼ばれている。

 風の国アルナーグは、かつて世界が乱れ多くの国同士が争っていた頃、ヴィンストラルドに保護を求めて属国になったのだ。

 厳しい選択ではあったが、当時のアルナーグ王、つまり俺の祖父は、荒れて行く国土に心を痛め苦渋の選択を取った。


 俺が産まれる前の話で、さらに母シスシャータがまだ子どもの頃の話だ。母が音の国リュートセレンから嫁いでくる遥か前の話。

 とはいっても、城の年嵩達に取ってはまだ風化していない記憶だろう。


 一応アルナーグは独立した国という体を取ってはいるが、アルナーグ王家はヴィンストラルド王家に従属している立場であり、その待遇はヴィンストラルドの地方領地の一つと大きく変わらない。

 だからヴィンストラルドからの申し出は、「お願い」という形を取られていても決して断ることはできないのだ。


 そして訪れた使者が告げたのは、アルナーグ王家の誰かをヴィンストラルドへ移住させろということだった。


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