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才の無い貴族と悪魔王  作者: そんたく
血液の色
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赤毛の少女 Ⅳ

 次の日、朝からウィロットの機嫌がとにかく良かった。

 いつもと変わらないように見えるのに、心なしか足取りが軽やかな印象を受ける。鼻歌もいつものことだが、微かにボリュームが大きい。

 それに比べて、カインの機嫌は非常に悪いのだが……。


 確かに護衛の立場からすれば、リセッシュの件がなかったとしても人が増えればそれだけ警戒しなければいけないものが増える。

 マリーに対するカインの警戒は露骨で、それこそ一瞬も目を離そうとせず、ほんの少しでも不可解な動きをすればすぐに確認に飛んでいく始末だ。

 にもかかわらず、マリーがそんなカインを一切気にかける様子が無く、それがなんとなくカインの苛立ちに拍車をかけているような気がする。

 そもそも相性が良くないのだろうか。


 けどな、侍従の募集が集まらなかったのは、カインの行動に原因があるんだぞ......、と、つい口から出そうになるが、俺はそれを飲み込む。


 どうやらウィロットだけでなく、カインにも息抜きが必要らしい。


 ご機嫌なウィロットの足音と鼻歌を聴きながら、朝食の片付けと朝の作業を終えた頃に部屋を訪れる者がいた。

 ローザ、そして今日一日俺たちに貸し出されることになった侍従だった。

 ウィロットが嬉しそうにローザへ駆け寄る。もしかしたら彼女は、ローザにアセリアの影を重ねているのかもしれない。


「ローザ様、よろしくお願いします!」

「おはようございます、ウィロットさん。こちらはリットです。よろしくお願いします」


 リットと紹介された初老の男は、深々と頭を下げた。


 ウィロットはリットに対して引継ぎを行い、ローザとご機嫌で街へ出かけて行く。

 どうやらローザにはヴィンストラルドから護衛が二名つけられるらしい。であれば、ウィロットたちを心配する必要はないだろう。



「なるほど、ローザ様がおっしゃる通り、部屋の作りも収納も、全て同じですね」


 リットは元々、ヴィンストラルド貴族の屋敷で働いていたらしい。

 物腰も落ち着いており、穏やかそうな人柄だ。

 経験のせいなのかローザの教育の賜物なのか、ウィロットには申し訳ないが彼の働きぶりはかなり有能な印象を受ける。

 そして、リットの後を付き纏いながらちょこちょこと作業するマリー。

 やはりと言うか彼女も非常に物覚えが良く、気も良く回る。

 しかし......。


「マリー、手紙を書きたい......」


 反応が無い......。


「マリー、手紙の用意をして欲しいんだが……」

「あ、はい、申し訳ございません。ただいま」


 そそと手紙の準備をしてくれる。

 問題はこれだ......。

 数回に一度、自分の名前を呼ばれたことに気がつかない。

 仕事に集中しすぎているからなのだろうか?

 考えすぎなのかも知れないが、自分の偽名を忘れているかのようにも見える。

 そもそも、マリーって名前が偽名っぽいんだよな......。

 まあそれでも、決して悪いやつには見えない。

 働きぶりから推測できる人間像は、真っ直ぐ一生懸命といった感じだ。


「ユケイ王子、お待たせしました。どうぞ」

「うん、ありがとう」


 俺は並べられたペンを手に取り、アルナーグへの手紙を書き始める。

 ふとマリーからの視線を感じた。


「どうしたの?」

「いえ。そちらのガラス製の筆記具、素晴らしいです」

「ああ、そうだね。ありがとう」


 そういえば、最初にアルナーグへ書いた手紙はどうなっているだろう。

 日数を考えると、もうすでに母の元に到着しているだろうか……。


 その後掃除や召し替えなど、リットは全く問題なくこなしてくれた。


「イザベラ様のお部屋と置いてある場所がほぼ同じなので、困るようなことはありません」

「ああ、この前ローザに配置から何から、全部整理してもらったから。彼女はすごいね」

「左様でございます」

「イザベラ姫とローザさんは、ほんとうに仲が良いね」

「ええ。お二人は本当に仲睦まじく、まるで親子の様でございます」


 ローザは未婚と聞いている。ちょうど自分の子どもくらいのイザベラに、傾倒しているのかもしれない。

 ウィロットもそれくらいの年齢だが、今頃二人は楽しく過ごしていてくれるだろうか。

 ふと、昨晩のローザの言葉が思い浮かぶ。


「本当はイザベラ様が市へ行きたがっている……」


 言ってしまえば、俺は幽閉には慣れている。多少何処かへ閉じ込められたとしても、牢屋でもない限りそうそう気にすることはない。

 しかし、イザベラはそうではないだろう。

 昨日のローザの発言はまさしくその通りで、本来ならウィロットとではなくイザベラと二人で市へ出かけたかったはずだ。

 一刻も早くヴィンストラルド王への面会を済ませる必要があるが、そもそも王にはその気があるのだろうか。

 

「それではお茶の準備をいたしましょうか。マリー、炭をお願いできますか?」

「はい、かしこまりました」


 リットは部屋の隅にある小さな竈へ向かい、お茶の準備を始めた。

 食事は外で作った物を運び込むのだが、お茶に関しては部屋で湯を沸かして準備をする。

 炭から火を起こすのは時間がかかる。マリーは手早く火がつくように炭桶の中の炭を削って小さくし、細かくなった炭とそのままの炭を竈に丁寧に並べた。

 朝のお茶で作られた炭火は夜まで絶やさず、火が消えないように番をするのも侍従の仕事だ。

 当然そのためには多くの炭が必要で、それも王族の贅沢さの象徴だろう。


「マリー、炎の加護は得ているか?」


 不意にアゼルがマリーへ話しかけた。

 その瞬間、俺はアゼルがそれを聞いた意図を理解する。

 リセッシュの事件の犯人は、俺の推理では炎の魔法は使えないはずだ。つまり、炎の加護は受けていないということになる。


「いいえ、受けていません」

「そうか......」


 炎の加護は受けていない人の方が多い。しかし、これで一つマリーとリセッシュの犯人との共通点が増えたということだ。

 マリーがお茶の準備を手伝おうとするが、カインに止められる。

 毒を入れられるのを警戒し、カインが一歩も近づかさせない。

 マリーはそれに気を留める様子もなく、減った分の炭をガリガリと削り出した。


「ユケイ王子、お茶請けは何か用意しますか?」


 リットが俺に聞いてくる。


「いえ、お茶だけで」


 今日の午後には、おそらくウィロットがメープルシロップを手に入れてくるだろう。

 ウィロットの為とは言ったが、甘いものを多く口にできないこの世界で、メープルシロップは俺も当然好きだ。午後のお茶には焼き菓子にメープルシロップをつけて食べよう。

 ウィロットも毒見でそれを口にするし、当然彼女の分も用意するつもりだ。


 ……果たして、俺に毒味は必要なんだろうか?

 アルナーグにいた頃ならまだしも、ここは俺に害意を持つ者はいないような気がする。

 そもそも毒見の習慣が根付くこの世界で、毒殺は決して確実性の高い方法とはいえない。

 ただ、それも常に毒味をしているという、抑止力がもたらす毒見の成果と言うべきなのだろうか。


 いい匂いの湯気を立てながら、目の前にお茶が運ばれた。

 華やかな香りが、俺の鼻口をくすぐる。

 入れ方のせいか、いつもと少し香りが違うような気がした。


 向こうには、マリーを睨むカインが見える。

 警戒をしてくれることはありがたいのだが、もう少しその殺伐とした空気をなんとかできないのだろうか。


 そんなことを考えながら、俺はカップを手に取り、お茶を一口飲んだ。

 いつもより熱めのお茶が、ゆっくりと喉を流れる。


「......あっ」


 リットの小さな声が聞こえた。

 そしてその直後、俺は急激な喉の渇きを覚えた……。

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