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才の無い貴族と悪魔王  作者: そんたく
血液の色
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赤毛の少女 Ⅱ

 次の日の夕方、恒例となったバルコニーでのひと時で、俺はドラゴンに睨まれたコボルトのように小さくなっていた。

 アルナーグの山脈に棲むと言われる氷竜、フラスエンデミル・フェルマフロストミームの様な冷たい視線を俺に送るローザ。

 対照的にイザベラは楽しいおもちゃを見つけたような、ご機嫌の様子である。


「あらあら、それは災難でございましたね」


 イザベラはそう言うと、口元を押さえてふふふと笑った。


「イザベラ様、あれは災難で済む程度のことではございません」

「はい......仰る通りです。本当に申し訳ありませんでした......」


 言葉の棘が突き刺さり、俺はひたすら謝るしかなかった。

 転生してこんなに頭を下げたのはおそらく初めてではないだろうか、サラリーマン時代の記憶が甦る。

 それと引き換え、背後に控えるカインは全くの我関せずである。


「カイン...... 、少しは済まなさそうな態度をしてくれよ......」

「私は自分の職務を全うしただけです。ユケイ様に何かがあってからでは手遅れですから」

「あら、騎士様は立派ですわ」

「イザベラ姫...... ご容赦ください......」


 イザベラの言葉に、ローザからの無言の圧力は膨れあがる。

 俺は一刻も早く、ローザの前から消えたいと願った。

 そんな心の声が通じたのか、ローザは俺たちを解放し部屋の中へ戻って行った。


 要するに、カインはリセッシュでの事件の容疑者に似た女が現れたため、見た瞬間に行動に移したのだ。

 一切の迷いの無さは俺には絶対真似できない。

 それは感謝できるのだが、いきなり斬りかかるのはいかがなものだろう。


「カイン、疑わしきは罰せずだ......」

「何をおっしゃいます。疑わしいならばまず捕らえなければ調べられないではないですか。あんな怪しい女を捕らえずに返してしまうなんて、考えられません」


 捕らえると言ったが、あの時の勢いでは斬り伏せていたのではないだろうかと思う。

 前世との常識の違いは、これからも俺の頭を悩ませそうだ。


「で……、結局どうされるのですか?」


 マリーと名乗る少女に、面接結果を返事するのは今日だった。

 再度ローザに頼み込んで面接をしてもらった結果、マリーはある意味掘り出し物と言っても良かった。

 ある意味の部分を先に言うと、まず何を置いても読み書きが十分に出来るというところだ。

 日常的な書き物はもちろん、手紙などでも十分に任せられるレベルらしい。


 識字率が低いこのディストランデで、彼女のような年齢で十分な読み書きができると言うのは実に稀有なことだ。

 とある商家の末娘で、読み書きに関してしっかりと学んだという話だが、それだけでも雇う理由には十分だ。

 身の回りの世話はいずれ覚えるだろうが、読み書きに関してはなかなか覚えるのに時間がかかる。

 

 あとは言葉遣いや所作(しょさ)に関しても、まあまあそのままでも問題ない程度の教育は受けている。

 しかしお茶の準備や掃除、その他日常生活の身の回りは、十分な経験があるとは決していえないレベルだった。

 王族の侍従を希望してここにやって来れる度胸を褒めてやりたい。

 よく考えてみれば、今回の募集で求めていたのは読み書きができ、住み込みができる女性だ。年齢もウィロットと近いから、同室で生活するには良いのかもしれない。


 しかしどうしても脳裏に付き纏うのは、リセッシュの件だ。

 俺たちの中で例の少女を目撃した者はいないのだが、年齢や雰囲気、赤毛であることや髪型など、証言とマリーは一致する。

 しかし、そのような少女は探せばいくらでもいるのだ。偶然の一致と言ってしまえばそれまでのこと。

 そもそも商業ギルドからは、身元はしっかり確認してあるという説明を受けている。

 それでもカインは(かたく)なだった。


「絶対に反対です。あんな怪しげな小娘。わざわざ疑わしい者を雇わなくても、他の者を探せばいいではないですか」

「それを言うなら騒ぎを起こす前に言ってくれ。カインが暴れたことが噂になって、誰も働きに来てくれそうなのがいないんだぞ?これ以上は、城もギルドも協力してくれないんだ」

「それが私の仕事です」


 怪しげという意味では、わからなくもない。まずは普通の神経ではないだろう。

 あの大騒ぎの中で剣を突きつけられているにもかかわらず平然としていたし、賊の疑いをかけられたというのに平気な顔で再募集に現れたのだ。

 だから怪しいとも考えられるが、逆にリセッシュの件と無関係だから平気で来られたとも考えられる。


「アゼルはどう思う?」

「そうですな……。私でしたら雇うことにしてここに呼び出し、城の兵に引き渡します。そうすれば、洗いざらい白状させてくれるでしょうから」

「いや、それはマリーが犯人であることが前提の話じゃないか!」

「いえ、違います。マリーが犯人かどうかを調べるために、捕らえて取り調べるのです。無実であれば雇えば宜しいでしょう」


 俺は深くため息を吐く。

 取調べと言っても、もちろん前世のように人権を尊重してやってくれる訳はない。事情を説明して兵に渡せば、当然それを前提に拷問に近い取り調べが行われるだろう。

 王侯貴族にとって、平民の扱いなどそんなものなのだ。

 しかし、彼女を雇わないという選択をするのであれば、そうするしかない。

 万が一彼女が犯人の場合、雇わなければ野放しにすることになる。

 そうすればどこで何をやっているのか把握ができなくなる。

 拷問を受けさせたくないのであれば、雇ってこの中で監視するという方法もある。

 もちろん、マリーとリセッシュの犯人が同一人物ではない可能性もある。

 その場合、マリーは経験がないとはいえこちらが望む人材として十分魅力的なのだ。


「とりあえず、数日研修っていう形で雇ってみよう。怪しいところが有れば、その時はそれを証拠に兵へ預ければいい。マリーがリセッシュの犯人と決まったわけじゃないんだから」

「それは、彼女を思ってのことですかな?」


 別にマリーを庇うわけではない。

 しかしここで雇うという選択をしなければ、アゼルは彼自身が言った案を実行するだろう。

 どちらにしても、このままではウィロットも限界だ。


「そうではない。仕事をさせながら、ここで監視をする。仕事を覚えればいて貰うし、駄目なら別の者を探す。怪しければ衛兵に知らせる。それだけのことだ」

「しかし……!」


 なおも反対しようとするカインを、俺は手で制す。


「カイン、俺にはもう一つ理由がある」

「それは何ですか?」

「彼女は悪人に見えない」

「そ、それは……」

「カインにはどう見える?」


 そう、奇妙な人間ではあるが、彼女は決して悪人には見えないのだ。

 カインにいきなり剣を向けられても、彼女には一切の敵意を感じなかった。

 アゼルが強固に反対しないのも、それを感じ取っているからなのかもしれない。

 であれば、俺に関わっただけで無意味に拷問に合うなど、そんな不幸は絶対に与えて良いはずはない。


「俺はカインを信頼している」

「はい、わかっています。わたしの仕事は、主が何をされようと変わらずお守りすることです……」

「ありがとう、カイン」


 そして翌日、赤毛の少女は俺の前にやってきた。

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