赤毛の少女 Ⅰ
次の日の昼食後、部屋に現れたローザは獲物を見るような目で、室内をぐるりと見回す。
「なるほど...... 。これは大変でございますね」
彼女はそう言うと、ウィロットを見て微笑んだ。
ローザの視線に、ウィロットは兎の様に震えている。
「ウィロットが至らないのではないのだ。彼女は精一杯やってくれているが、人手が足りなくて......」
ローザは俺の言葉を聞いて大きなため息を落とし、やれやれと言わんばかりに首を左右に振った。
「当然でございます。どんなに優秀な侍従でも、1人で出来ることには限りがあります。日々の仕事に必要な人数を揃えられないのは、主の責任でございます」
まるで母に叱られている様だ。
ウィロットはさっそく、師を見つめる様な眼差しでローザを見上げている。
「面接までにまず部屋を整えなければなりません。申し訳ありませんが、ユケイ王子はお椅子でお寛ぎください。護衛の方もお1人で結構でございます」
要するに、俺は邪魔なので部屋の隅で大人しくしていろということだ。
彼女の笑顔に圧倒され男達は頷く事しか出来ず、アゼルは文句をいうこともなく自室へと戻っていった。
アセリアもそうだったが、メイドの笑顔には有無を言わさない強制力がある。
ウィロットも十年後には、こんな感じになるのだろうか?
俺は小さく身震いをした。
ローザの動きは圧巻で、すぐにアセリアに引けを取らない優秀な人材だということがわかる。
掃除という点だけを取り上げると、ローザに軍配が上がるかも知れない。
「ユケイ様、ウィロットさんは優秀な方です。お部屋は大変綺麗にお掃除されています。ひとえに主人への愛情の現れでしょう」
「し、師匠……」
ウィロットは心酔した眼差しをローザへ向ける。
師匠ってなんだよ。ウィロットの師匠はアセリアだろう。
「しかし、物の配置が良くありません。効率的な仕事は、整理整頓と工夫された収納からです。そのためには何より経験が大切です。ユケイ様、恐れ入りますが、部屋の模様替えをしてもよろしいでしょうか?」
「は、はい。もちろんです。よろしくお願いします」
ローザは満足そうにニッコリ笑った。
もともと部屋が散らかっているとは思っていなかったが、ローザが通った後は、何もかもが整えられていく。
時折自分の部屋に戻り、いろいろ見たこともない掃除道具を引っ提げて戻ってくる姿には、優雅というより勇ましいという印象を受けた。俺は何年振りかに、前世の母の姿を思い出す。
一刻程で、部屋は圧倒的に整えられた。
もともと清潔ではあったのだが、今までの部屋の微かに雑然とした感じはなんとなく整っていなかったのだとわかった。
それもそうだろう。荷物の運び込む指揮はウィロットにお願いしたのだが、彼女にはその経験値は備わっていない。
要するに、やはり俺の采配が良くなかったということだ。
よく見ると部屋の調度品が所々変わっており、ローザの言うことにはもともと部屋に備え付けられていた物で、雰囲気にそぐわない物を入れ替えてくれたという。
自室へ押し込められていたアゼルが、呼ばれて部屋から出てきた瞬間、満足そうに「ほう」と呟いた。
「さあ、お時間がございません。打ち合わせをいたしましょう」
そう言うと、ローザは面接の役割の相談を始める。
結局面接はローザが主導で行い、俺とウィロットは気がついたことがあればその場で口を出すことになった。
とりあえず希望者の人となりを見て、後日決定の連絡をするという手筈だ。
紹介があるとはいえ見ず知らずの人間を部屋に入れることになるため、アゼルとカインは警備に徹することになった。
「まずは何より、立ち振る舞いをご覧下さいませ。仕事はいつか覚えますが、身についた振る舞いは、そうそう変えることができません。心根が良ければ、いずれは形になります」
ウィロットは食い気味にローザの言葉に頷き、激しく頭を上下に振っている。
そんなこんなで時は流れ、やがて窓の外では八の刻を告げる鐘、つまりは面接の時間となった。
今回の募集で集まったのは男性2名、女性3名の計5名だった。
内4名は30代後半から40代半ばで、いずれも通い希望だった。そして残りの1人が16才の女性で、彼女は他の者と比べると経験が浅いらしい。しかし、住み込みを希望しているのは彼女だけであった。
住み込みには特に十分な給金を用意したのだが、ローザの言う通り住み込みは見つけるのが厳しいらしい。
「ユケイ様、よろしいですか?それでは、皆さん入っていただきます」
ウィロットがそう言って扉を開けると、男女別で揃いのメイド服に身を包んだ5人が入ってくる。
立ち振る舞いか......。
とりあえずそう言われて思い浮かぶのはアセリアの仕草だろうか?
母やイザベラの立ち振る舞いは、優雅ではあるが使用人としてのそれとは違う気もするが……
とりあえず判断材料がない俺は、ローザの言う通り一挙手一投足見逃さないように目を凝らした。
ひとり、ひとりと室内に現れ、見たところ誰もがちゃんとしているように見える。
そして、4人目が入り、5人目が部屋へと現れた。
......え?
最後に現れたのは、赤毛を肩で切りそろえた、16才と聞いていたが、そこからさらに幼く見える少女だった。
小柄ではあるがしっかりとした足取りで、それは優雅というよりはしなやかな猫のような感じ。そしてどことなく、異国の血を感じるような顔立ち。
あれ......?なんかどっかで......
俺は彼女を見たことはない。それでも記憶のどこかに合致するような感覚……。
その時背後でカチャリと音がした。
それと同時に、椅子に座ったまま物凄い力で後ろへ引き倒される。
「やめろ!カイン!」
アゼルの声が鋭く響く。
次の瞬間。倒れかける俺の視界に入ったのは、抜刀して机を乗り越えようとするカインとそれを抑えるアゼルの姿。俺は椅子からずり落ちたままの間抜けな姿で、何が起きているかも分からずにただ天井を見上げることしかできなかった。
「キャーーーー!」
聞き覚えのない声で悲鳴が上がる。
おそらく侍従希望の誰かだろう。
「いったい何事だ!」
瞬時に部屋の外から兵士が飛び込んで来る。
あ、外には城の警備がいたんだ。
そんなズレたことを考えながらも、部屋の中の地獄絵図は広がっていく。
斬りかかろうとするカインに、それを羽交い締めにするアゼル。
おろおろするウィロットに、渋い顔で額を抑えるローザ。腰を抜かしたり、逃げ出そうとする侍従希望者たちと、怒鳴り声をあげるヴィンストラルド兵。
そんな光景の中、カインの剣が目前に突き付けられた赤毛の少女は、さして何かを気にする様子もなくこう言った。
「マリーです。よろしくお願いします」
そして、ぺこりと頭を下げた。
結局その日、面接は続行不可能だと解散となり、後日再度侍従の希望者を募ることとなった。
そして二度目の面接の日に現れたのは、マリーと名乗るこの赤毛の少女ただ一人だった。




