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才の無い貴族と悪魔王  作者: そんたく
血液の色
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王都ヴィンストラルド Ⅴ

 それから数日、部屋で何事もない日を過ごすが、俺もイザベラも相変わらず呼び出しがかかることはなかった。

 特にやることもなく、室内を動き回るウィロットを眺めるだけの日々が続く。


「いったいいつまで待てばいいんだろう……」

「まったくです。順番でいったらイザベラ姫の方が先かと思われますが、そちらも音沙汰ないのであればまだ先でしょう」

「そうだよね。工房が欲しいな……」

「……」


 カインは俺の言葉に押し黙る。

 カインは昔俺の護衛に着く前、離宮の工房の助手として雇われたという経緯があった。

 彼にとっては工房の助手という仕事は、あまり振り返りたくない思い出らしい。


 やがて、窓の外から九の刻(18時)を告げる鐘の音が響く。


「ユケイ様……」

「うん」


 俺は席を立ち、夕暮れのバルコニーへ向かった。


「ユケイ様、本日もお日柄良く」

「はい、イザベラ姫」


 俺とイザベラはお互いにすることもない為、毎日夕方のバルコニーで少しの会話を交わすことが日課になっていた。

 自分も彼女も王家の人間だ。そうそう人と触れ合いを持つ立場ではないが、やはり従兄妹(いとこ)同士という微かな血のつながりが、お互いの警戒を薄めているのだろうと思う。


 それは本人同士に当てはまると同時に、其々の侍従においてもそう言えるのかもしれない。

 現にあれほど口うるさいアゼルが、イザベラと会話をすることに関しては一切文句を言わないのだ。


 といっても、俺たちはそれほど大した話をしているわけではない。

 それでもたわいもない会話の中で、リュートセレンは湖の辺りにある美しい城を持つこと、音の魔法の研究が盛んなこと、楽器の生産が盛んであること、気候や風土、いろいろな話を聞くことができた。

 そして、イザベラの筆頭侍従であるローザも、母であるシスシャータの姉妹にあたるということを知った。

 つまり、ローザは俺にとっての叔母になるのだ。


 アルナーグにいた頃、母とは同じ離宮内で生活していたが頻繁に会うことはできなかった。それでも食事やお茶を一緒にとる機会があれば、その都度いろいろな話をしていた。

 しかしこうしてイザベラと言葉を交わすと、母からリュートセレンの話はほとんど聞いていなかったことに思い当たる。


「ユケイ様、今度機会がありましたら、リュートセレンの歌を披露して差し上げますわ」

「ほんとうですか?ありがとうございます。ローザさん、わたしのお母様も歌を歌うのでしょうか?」


 俺の問いに、ローザは返事を返すのに少し口ごもった。


「……シスターシャ様のお歌を聞かれたことはありませんか?」

「はい」

「そうですか……。シスターシャ様の歌声は、誰もが聴き入る素晴らしいものでしたよ」

「そうなんですね」


 俺の返事を聞くローザの表情は、何か複雑な思いがあるようだった。


「それではユケイ様、そろそろお部屋に戻ります。あまり長く外にいると、ローザに怒られてしまいます」


 イザベラはくすくす笑うと、最後に「ごきげんよう」と言葉を残して部屋の中へ戻っていった。

 

 イザベラの話によると、彼女の客室でも侍従用の部屋が4名分しか無く、身の回りの数が最初は足りなかったらしい。

 男の俺とは違い、やはりイザベラは姫君だ。身の回りの世話をする者だけでも3名は欲しいらしい。かといって、護衛を減らすわけにはいかない。そこでどうしたかというと、街で身の回りを雇って城まで通わせているというのだ。

 ついでにイザベラの筆頭侍従であるローザが、街からの通いの者の給金は、自分もちだと教えてくれた。

 それが許されるなら、ウィロットの手間はだいぶ減らすことができる。そもそもそれができるなら、アルナーグから連れてきた侍従は街に住まわせて城まで通わせればよかったのだ。


「それはいいことを聞きました。それでは侍従を2人雇うこともできます。1人は経験が豊かな者がいいですが、経験が豊かである程度の年ですと街を離れなければいけなくなった時に困ります。経験豊かな者が1人と、ここに住み込みながら仕事ができる女性が1人。2人見つかれば理想でしょう」


 アゼルがその他の条件を書き出し、また手紙にする。


「俺の世話だけに2人もいるだろうか?」

「ユケイ様のためだけではありません」


 確かに身の回りがいなければ、アゼルも困るのだ。


 条件は、住み込みが出来る女性が1名、そして通いでもう1人、これは男女は問わない。手紙が書ける程度の読み書きができれば理想だ。


 ヴィンストラルドに侍従を雇いたいというと嫌な顔をされるかとも思ったが、商業ギルドを通して募集するならという条件で許可が降りた。

 ヴィンストラルドも侍従を自分で集めてくれるなら、それに越したことはないのだろう。


 そしてさらに数日が経ち、侍従希望者を面接する前日になった。

 アセリアがいない現状、面接を俺とウィロットで行わないといけない。

 もちろん2人とも面接なんてしたこともなく、何を基準に選べばいいのか全くわからない。


 その日の夕方のバルコニーでの会話の際、背に腹はかえられず俺はローザへ声をかけた。


 ローザは母とよく似ていた。

 妹にあたるそうだが、むしろ母より年上に見える。穏やかそうな顔つきだが、時折厳しい視線を見せるのが印象的だった。


「今いる身の回りの侍従が若い女性なので、できれば住み込みは若い女性をと思っているのですが......。あとは通いの者も1人考えています」

「左様でございますか。面接に見える人数は何名でしょうか?」

「えっと、5名です。けど、どうやって選べば良いのか全くわからなくて……」


 今回の面接で希望の人材が見つかるとは限らないが、しっかりと吟味する様にとアドバイスを受ける。しかしどうやって吟味すれば良いのか、それがわからない。


 ローザはアセリアに似た、やり手の空気を感じる。

 イザベラが産まれた時から、ずっと彼女に付いているらしい。未婚のローザにとって、イザベラは我が子みたいなものなのだろう。


 ローザはしばらく押し黙って何やら考え、少し迷いながら言葉を発した。


「差し出がましい申し出でしたらお断り頂きたいのですが、もし宜しければ面接の際、わたくしがお手伝いいたしましょうか?」

「えっ?それは......」


 俺はローザの言葉の意味を理解出来なかったが、イザベラはすぐに察した様でパッと笑顔を見せる。


「それはいい考えでございますね!ローザをお貸しいたしますので、面接を一緒にされてはいかがですか?」


 俺は慌ててアゼルを振り返る。

 アゼルも突然の申し出で、目を丸くしていた。

 そもそも他の部屋へ出入りしていいのかと思ったが、侍従であれば特に問題はないらしい。


「事情はわかりませんが、そちらには今、面接をされる筆頭侍従がみえないご様子。準備も要りますので大変でしょう?」

「申し出は有り難いですが、そこまでして頂くわけには......」

「従兄妹ですもの、それくらいのご助力はさせて頂きますわ。その代わり、良い侍従が入ったら今度こそお茶会をいたしましょう!アルナーグ国の美味しいお菓子で、報酬は手を打ちますわ」


 嬉しそうに笑うイザベラ。


「しかし……」

「ユケイ様、お部屋の準備はできているのですか?面接の前にお部屋を整えておかなければ侍従に軽く見られることになります。わたくしでしたらお手伝いができます」


 ローザはとても自信ありげだ。

 アゼルが今まで見たことのないスピードで首を縦に振っている。


「それでは……。申し訳ありませんが、是非よろしくお願いします」

「ええ、お茶会楽しみにしておりますね。あ、わたくしもローザも、胡桃(クルミ)が食べれませんの。お計らいくださいませ」

「はい。必ずご恩はお返しします」


 アレルギーでもあるのだろうか?

 そんなこんなで、俺たちは面接に向けて強力な味方を手に入れた。

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