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才の無い貴族と悪魔王  作者: そんたく
血液の色
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王都ヴィンストラルド Ⅳ

「ごめんなさい、いきなり声をおかけしてしまいまして。だって、久しぶりだったのですよ?近くの者以外にお会いするのは。どちらからいらしたのでしょうか?」


 彼女は口元を隠して微かに微笑んだ。


「あ、ああ。私は風の国より参りました、ユケイ・アルナーグです」

「まあ、ユケイ・アルナーグ様?ということは、アルナーグの王子様でございますか?」

「はい」

「まあ!ユケイ王子、お会いできてとても光栄でございます。わたくしはイザベラ。音の国より参りました、イザベラ・リュートセレンでございます」


 イザベラ・リュートセレン。

 リュートセレンの家名を持つ一族はこの世界に一つしかない。彼女は音の国、リュートセレンの王女ということだろう。

 イザベラはスカートの端をちょこんと摘み、軽く腰を落として頭を下げた。

 俺はその姿を、小さな花が咲いたような……、そんな印象を受ける。


「ユケイ様、お母様は確かシスターシャ様でしょうか?」

「え……?は、はい。その通りです。どうしてそれを……?」


 彼女の口から前触れもなく飛び出した母の名に、俺は思わず狼狽えてしまう。


「シスシャータ様は、わたくしの叔母にあたりますの」

「えっ!?そ、それじゃあ……」


 イザベラの顔が微笑む。


「ええ。わたくしたちは、従兄妹(いとこ)同士ということでございます」

「ええっ!!そ、そうなんですか!?」


 思わず上擦った声をあげてしまった。

 背後からアゼルの冷たい視線を感じるが、俺の驚きを考慮すれば仕方がないことだろう。


 そもそも、俺に従兄妹がいるということ自体知らなかった。さらにそれが、リュートセレンの王女だというのも驚きだ。そしてリュートセレンのイザベラと、アルナーグの俺が、このヴィンストラルドで出会うというのはどういう運命だろうか。

 いや、運命的なものはあるとしてもその中のひとつ、俺と彼女がなぜここで出会ったかは説明できる。

 要するに彼女も俺と同じ、リュートセレンから差し出された人質なのだろう……。


「驚きになるのも当然ですね。まさかこんな所で血縁の者にお会い出来るだなんて。この奇跡を神に感謝いたします……」


 彼女はそう言うと、両手を胸元で組みそれを眉間の辺りまで持ち上げ、すぐにまた胸元へ戻した。

 それは略式ではあるが、神に祈りを捧げる時の仕草だった。

 リュートセレンはアルナーグに比べると信仰心が強い傾向にあり、教会が持つ影響力も強い国だ。

 俺も礼儀として同じように祈りを捧げるべきかと思ったが、正しい作法を行える自信が持てなかったので思い止まる。


「そうですね、わたしも心強いです。わたしは今日ここに来たばかりで、状況も何もわからないものです」

「まあ、今日来られたばかりなのですね。わたくしもう、この部屋に来て二十日程になりますわ。もう、ずっと退屈しておりますの。よろしければ、ユケイ様をお茶会にお誘いしてもよろしいでしょうか?」

「ええ、それはもちろんです」


 俺が返事をすると、彼女の部屋の中から女性の声が聞こえてきた。

 イザベラの侍従の声だろうか。


「イザベラ様...... そろそろ風が冷えて参ります。お部屋へお戻り下さい」


 イザベラは口元を押さえて「まあ」と部屋のに目を向けると、ばつが悪そうに肩をすくめた。


「怒られてしまいましたわ。今日はこれで失礼させていただきます」


 彼女はぺこりと頭を下げ、イザベラが部屋に戻るとバルコニーの窓は閉じられた。

 それと同時に太陽が姿を隠し、あたりは急速に夜の(とばり)を下ろしはじめる。まるで彼女を照らすために、日が落ちるのを待っているかのようだった。


「ユケイ様、すぐに冷えてまいります。お部屋の中へお戻り下さい」


 俺はカインに言われるまま、部屋へ戻る。

 室内に入る間際、ふと振り返るとそこには灯りが点った街並みが目につく。

 もし俺に魔力の目があったら、眼下に広がる夜景はもっと鮮やかに光り輝いているのだろうと思う。


「従兄妹ってことは、母上の姉か妹のどちらかがリュートセレン王の夫人ってことだよな。アゼルは知っていたか?」

「はい、知っております」

「なんで俺は知らなかったんだろう。お母様がリュートセレンの貴族だっていうことは知ってたけど。お母様がアルナーグ王家へ嫁いで、イザベラ様のお母上がリュートセレン王家へ嫁いでいるわけだからお母様の実家はかなり上位貴族の出だったんだな」

「……イザベラ様ではありません。イザベラ姫とお呼びするべきです」

「あ、確かにそうか」


 なかなか慣れないことばかりだ。そもそも他国の姫に会ったことなんて、今まで一度もない。 

 それより、まさかこんな所で母の実家のことを知るなんて思ってもみなかった。

 ディストランデでは、嫁いで行った場合は完全にそちらの家族として扱われる。従兄妹の名前を今まで知らないというのは、前世の感覚だととても不思議に思える。


「しかしイザベラ様……、いや、イザベラ姫が言っていたけど20日経っていて音沙汰がないというのは困るな......」

「......そうですな。ただ、謁見しても何かが良い方に変わるとも限りません。せっかくお知り合いがみえたのですから、先に謁見を受けて頂いて様子を聞けると助かるのですが……」

「あの、ユケイ様。よろしいでしょうか?」


 そこには困ったように俺を見上げる、ウィロットの姿があった。


「先程お茶会の話しをしておられましたが、わたし1人で茶会を開くことやお呼ばれすることができるでしょうか……。ユケイ様に恥をかかせてしまうかもしれません……」


 自己肯定感の塊のようなウィロットが珍しく弱気な態度を見せるが、それも仕方がないだろう。


 お茶会とは、前世でする喫茶店へお茶を飲みに行くという様な簡単なものではない。時間も七の刻(14時)から八の刻(16時)までと決まっている。内容や作法も決まっていて、形は違うがホストがゲストを様式にそってもてなすあたり、日本の茶道に実は非常に近いものだった。

 上流階級の間では情報交換の為に頻繁に行われ、そこでの無作法は名誉を著しく傷つけると言われている。


 俺も王族の端くれなので一応の教育は受けているが、離宮生活の身であるためにお茶会の経験は母とおこなった数回だけだった。

 ウィロットもお茶会には当然同席をしているが、その時の彼女の役目は毒見役だ。

 アセリアがいない今、そのハードルは非常に高いだろう。


 不安そうなウィロットを見て、アゼルは言った。


「それはそんなに慌てることもないでしょう。先程の様子ですとイザベラ姫が一方的に仰っていた様子。イザベラ姫の部屋も人数がこちらと同じでしたら、そうそうに準備をすることもできないでしょう。どちらにせよ、人を増やしませんとお茶会どころの騒ぎではありません」

「確かにそうだな。......そういえば、俺ってこの部屋から出てもいいのか?」

「それは当然駄目でしょうな」

「なんだよそれ……。それじゃあお茶会の心配をしてもしょうがないじゃないか」

「しかし、ヴィンストラルド側からお茶会の誘いがある可能性はあります」

「まあ……、それはあるかもしれないのか……。この中で一番お茶会の経験があるのはアゼルじゃないか?」


 アゼルは面々の顔を見回して言った。


「参加はしておりますがどうやって開くかは全くわかりません。それよりユケイ様、無事の報告も含めてアルナーグへお手紙を書くべきです。王へはもちろんですが、シスターシャ様へもイザベラ姫のことをお伝えするべきではないですか?お茶会には相手方の情報も必要です」


 確かにその通りだ。

 俺は早速手紙を用意した。


 前世と違い、手紙を送るのには非常にコストがかかる。そして正確に相手へ届かないということも多分にある。

 魔法は確かに便利なのだろうが、進んだ科学とは比べるまでもない。


 こうなってくると、俺は今までどれだけアセリアに頼っていたのかがよくわかる。

 アセリアはどうなったのだろうか。

 アルナーグに戻る侍従達にはアセリアと合流するように頼んでおいたが、それが果たされたのかはわからない。

 彼女が無事にアルナーグへ帰れることを、俺は心のそこから祈った。


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