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才の無い貴族と悪魔王  作者: そんたく
血液の色
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王都ヴィンストラルド Ⅲ

 部屋の中をウィロットの足音が響く。

 普段使い慣れていない部屋で、さらに1人での作業だ。足音もいつもの2倍くらいだろうか、いずれ限界が来ることは目に見えていた。

 俺も可能な限り自分のことは自分でしたいと思うのだが、横の物を縦にするだけでアゼルに睨まれる。


 当面の間だけでもヴィンストラルドから侍従を借りればいいのだが、アゼルはそれを最後の手段と考えているようだ。

 少なくともこの客室にいる内は、ヴィンストラルド城の人間はできるだけ入れたくないらしい。俺の安全を取り仕切る立場としては妥当な判断なのかもしれないが、正直警戒しすぎなような気もしている。


 どちらにせよ、侍従の補充は急いで取り掛からなければいけない。


 アルナーグを頼って女性の侍従を手配してもらうことも考えたが、便りを出してアルナーグからヴィンストラルドに侍従がつくのは二十日以上かかる計算になる。

 その頃俺がどうなっているのか予想もできないし、それに関しても誰が来るかわからないことを理由にアゼルが難色を示した。


「あれも駄目、これも駄目って言っててもどうしようもないだろう?」

「お立場を理解下さい」

「理解してるよ。俺に対してそんな害意を持っても、誰も得をしない。用心のし過ぎだ」

「万が一があります。ユケイ様に何かがあった時、私はアセリアになんと言えばいいのですか?」


 それを言われると、俺も返す言葉がない。


「……それじゃあ人を雇うか?城以外の者で」

「城から直接人を借りるよりは、市井(しせい)から雇った方が安全でしょう。それが駄目であれば城の侍従を頼るしかありませんが……」

「けどさ、いきなり経験のない者を雇っても、ウィロットの負担が増えるだけじゃないか?」

「いえ、商業ギルドから経験のある人材を手配してもらいます」

「そんなことできるのか……。なんにせよ急いで手配をしよう。ウィロットは1人で大丈夫と言い張っているけど、あまり無理をさせたくない」


 しかし、募集をかけたとしてどうやって人を選べば良いのだろうか。

 俺もアゼルも身の回りの仕事には疎く、ウィロットに人選を任せるのは少し荷が重い気がする。

 アセリアがいれば、しっかりとした面接もできるだろうが、今はそれを望めない。

 ただ、王都だけあって貴族や大商会も数多くいる。侍従の経験を持つ者も多くいるだろう。


「では、そのように」


 そう言うと、アゼルはそそくさと執務官宛の手紙を書き始める。

 ウィロットも基本的な読み書きは何とかできるが、手紙を書く程の域にはまだ遠い。


 さて、当面の問題は当面の問題として、今後のことについても考えなければいけない。


 王の謁見は、いったいいつ組まれるのだろうか?

 アルナーグですら王に謁見を求めることは簡単ではない。それなりの立場や目的があったとしても、事前のすり合わせがなければ数日かかるだろう。

 もちろん緊急の場合はその限りではないが、俺の来訪は果たしてヴィンストラルド王にとって緊急と言えるのだろうか?


 言ってしまえば王は俺自身に用があるわけではなく、俺がこの城郭の中にさえいればそれだけで人質という目的は果たされている。客室が埋まったままで問題なければ、いつまでもほっといて構わない。

 そもそも、謁見が済めば俺が自由になるということはないだろう。


 不意に「ガタン!」という大きな音がする。

 そこには、お茶を用意しようと動き回り、机に躓いて倒れたウィロットの姿があった。


「大丈夫か!?」

「は、はい!大丈夫です、ユケイ様」


 俺は慌ててウィロットに手を差し伸べる。

 アゼルの視線が「それは王子らしからぬ振る舞いだ」と主張しているが、ウィロットを不憫に思ってか特に何も口には出さなかった。

 そもそもそう思うのなら、アゼルが手を差し伸べてくれればいいじゃないかと思うが、彼も貴族だ。俺には理解できない線引きがあるのだろう。


「取り敢えず人手不足から解消しないと……」

「同感ですな」

「わ、わたし1人でも大丈夫です!」

「それはわかっているよ。俺の身の回りはウィロットがいてくれれば十分だが、ウィロットを手助けする人手がいる」

「ユケイ様のお世話じゃなくて、わたしの……手助け……ですか?」


 頭の上に疑問符が浮かんでいるようだが、俺の言葉はなんとなくウィロットに届いたらしい。

 彼女は頭を傾げながらも、自分の仕事へ戻っていった。


 しばらくすると日が傾き、窓から夕陽が差し込む。同時に、外から九の刻(18時)を告げる鐘の音が聞こえてきた。

 窓に目を向けると、どうやら外はバルコニーになっており、室外に出られるようだ。

 居館の4階にある俺たちの部屋からは、城壁を越えて街の様子を見ることができた。


「その窓って開くのかな?」

「どうでしょうか?」


 カインはそう言うと、扉につけられた鍵を取り外し、外開きの窓をばっと開いた。

 両開きに開けられた扉から、風が室内に流れ込んでくる。

 冷たい風が、少し火照った体の熱を優しく拭い去っていった。


 丘の上に作られた城からはヴィンストラルドの街が一望できる。夕日に照らされた街と、真っ赤に姿を染めた賢者の塔はとても美しいと思えた。

 室内にアゼルを残し、ウィロットとカインがバルコニーへ出た。


「わー!すごいですね、ユケイ様!街がぜんぶ見えますよ!」


 バルコニーに飛び出したウィロットが、感嘆の声を上げる。


「城の外から部屋が丸見えじゃないですか。警備は大丈夫なんでしょうか?」

「カイン、アゼルみたいなこと言うなよ……」


 カインはだんだんアゼルに似てきている気がする。


「ふふふ……」


 外の風景に気を取られているところに、不意に柔らかい女性の笑い声が聞こえた。


「ごめんなさい、楽しそうだったのでつい笑ってしまいました。お隣さんが入ったのですね」


 隣の部屋から張り出したバルコニー、手すりと2リール(メートル)ほどの空間を隔てたそこには、真っ黒な髪を腰まで流し、上等な服に身を包んだ女性が立っていた。

 カインが一瞬警戒するが、相手の姿を確認すると警戒する必要はないと判断したのか、一歩だけ後ろに下がりそこへ控えた。


「わたくし、この時間のこの眺めがとても好きなのです。わざわざ遠くまで来てよかったわ」


 年の頃は16才くらいだろうか、しかし、落ち着いた雰囲気は年上にも見える。

 側に女性の騎士と身なりの良い女性の侍従が控えているところを見ると、それなりに高い身分の人間なのだろう。


 夕陽に染まる赤い頬は、きっと陶器のように白いのだろうと思わせる。

 俺はこの女性を、どこかで見たことがあると思った。

 

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