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才の無い貴族と悪魔王  作者: そんたく
血液の色
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王都ヴィンストラルド Ⅱ

 ヴィンストラルドの街並みは活気にあふれ、どうしてもアルナーグと比べてしまう。

 と言っても長く幽閉されていた俺にとっては、そう思い出深いことは多くなく、その中でも記憶にある街の風景はほろ苦い出来事と紐づいているものばかりだ。


 馬車に揺られてしばらく進むと、見慣れない大きな建物が視界に入ってくる。

 それは一瞬城と見間違う大きさで、しかしどうやらそれではないようだ。


「あれが賢者の塔か......」


 ヴィンストラルドの街を進む中、一際高い建物が目に付く。


「サグラダファミリアに似てるな......」


 つい口から出てしまった前世の単語に一瞬カインが訝しげな表情を見せるが、もう慣れっこになってしまっているのか特に口を挟むようなことはしなかった。

 サグラダファミリアみたいと言ってはみたものの、実物は見たことがない。テレビや書物からの知識なのだが、これはまさしく権威の象徴であることが理解できる。

 形だけでなく、まだ建造途中であることがより一層そう思わせるのだろう。

 シンメトリーに思える外観のうち、左側だけ尖塔が高く聳え立っていた。

 ヴィンストラルドの王城は小高い丘の上に造られているが、同じ高さに作られていたらおそらく賢者の塔の方が高いのではないだろうか?

 どちらにせよ、アルナーグの城とは比べるまでもない。


 馬車の窓から外をじろじろ眺めていると、アゼルに嗜められる。


「馬車の端に寄らないで下さい。落ちることもありますし、弓を射られれば対応ができません」


 確かにその通りだ。

 馬車の窓には目隠しのカーテンは備えられているが、ガラスなどは一切入っていない。

 小石を踏んだ時の振動だけで、ガラスはあっという間に割れてしまうのだ。

 窓がガラ空きならば、馬車が揺れた時にそのまま落車しかねない。


 賢者の塔を過ぎれば商人街や宿が立ち並び、道ゆく人の様子も変わる。

 外を眺めるだけで、見慣れぬ風景に退屈することはなかった。

 城の反対側へ行けば貴族街らしい。それも気にかかるがそこへ足を踏み入れることはあるだろうか。


 そのまま4半刻、つまり30分程馬車に揺られながら城郭へ辿り着く。

 城はさらに高い城壁で囲まれ、白い石で組まれている賢者の塔と比べると、だいぶ色の濃い石で組まれていることがわかった。


 城門を潜ると、目の前に現れた城は恐ろしく威圧的に感じる。

 数多く並んだ尖塔の一つ一つが、王の権威を象徴しているのだろう。


 城の主居館にたどり着いは俺たちは、そこを横切り城壁に隣接する居館へと通され、すぐにウィロットたちと合流する。


「なんかここ……、既視感があるね……」

「ありませんよ。離宮よりずっと立派ですから!」


 まあ、ウィロットの言うことはその通りなのだが、自ら離宮と言っている時点で俺と同じ既視感を感じている証拠ではないか。

 カインとアゼルも特に口には出さないが、表情がそれを肯定しているようだ。


「それではユケイ王子、此方へお越し下さい」


 そう言うとティナードは居館に入り、その中の一室に俺たちを案内した。


 前世でいう高級ホテルのスイートルームといった感じだろうか、調度品が揃えられたその部屋はおそらく客間なのだろう。広さも設備も十分で、まあ何度も言うようだが俺が過ごした離宮の部屋と比べれば明らかに豪勢だった。

 部屋の奥にはさらに扉が二つあり、おそらくそこは侍従たちの部屋だろう。

 どうやらそこには2名ずつ、つまり4名までは寝泊まりができることになる。


 室内を見回し、ウィロットの顔がパッと輝く。いくら彼女でもティナードの前ではしゃいではいけないという分別を持っているのか、それでもウズウズとあちこちを見てまわりたいという衝動が抑えきれない様子が見て取れる。

 それと対照的なのはアゼルだった。彼は何やらティナードから説明を受けているようだが、会話が進むたびに彼の眉間にはみるみる皺が寄って行く。


「なるほど、たいそう立派な部屋を用意していただいたということはわかります。しかし、侍従が四名までしか置けないと言うのはどういうことですか?ユケイ様はアルナーグの王子です。それで足りると思っているのですか?」


 空気がピリリと緊張する。


「申し訳ありませんが、お連れいただく侍従は4名までです」


 凄むアゼルを前にして、ティナードはさして気にする様子もなく、譲るような気配も見せない。

 アルナーグから連れてきた侍従はアセリアを除いて7名だ。4名までとなればわざわざアルナーグから付いてきてくれた者を返さなければいけなくなる。

 さらに男女の内訳は男性が6名で女性が1名だ。用意された2つの部屋はそれぞれ2名ずつで利用することができ、ウィロットを残すとなれば男性と相部屋になる。当然それも良いとは言えない。


「其方らの王子につく侍従は、4名で足りると申すのですか?」


 アゼルは言葉こそ崩さないが、露わになった怒りを隠す素振りもない。

 そんなアゼルを前にしても、ティナードは眉ひとつ動かさなかった。


「もちろん足りません。ですから足りない侍従は、我々が用意をすると言っているのです。ヴィンストラルドの護衛と侍従の持て成しが、信用できませんかな?」

「信用できるできないの問題ではありません。我が国の王子には我が国の民が仕える。それだけのことです!」

「アルナーグはヴィンストラルドの同盟国です。我々からすればユケイ王子も大切なヴィンストラルドの同胞だ。我々の民が仕えても差し支えはないでしょう」

「同胞などと、それは属国だから大人しくしていろと言う……!」

「アゼル!もう止めろ!」


 俺は言葉でアゼルを制した。このまま行けば、ティナードに掴みかかりそうな剣幕である。


「まったく.....!」


 アゼルは言葉を吐き捨てるが、ティナードはさして気にする様子も見せない。


「ユケイ王子は冷静な方のようで安心しました。とにかく、そのようにお願いします。それではユケイ王子、ヴィンストラルド王との謁見の予定が整うまでこちらの部屋をお使い下さいませ。後ほど書記官が参りますので、必要な物は全て用意いたします。何なりと申し付け下さい……」


 彼は深々と頭を下げ、部屋を後にした。

 シーンと静まり返った部屋の中、真っ先に口を開いたのはウィロットだった。


「あの、アゼル様。わたしは絶対にユケイ様のお側を離れませんよ?」

「……わかっている」


 アゼルはウィロットの顔を見ると、ふうとため息を吐いた。


「仕方がありませんな。わたしとカイン、ウィロットがここに残り、あとはアルナーグへ返しましょう。ウィロットと男性侍従を同室にするわけにもいきません。足りない人手は借りるなりしましょう」

「大丈夫です!ユケイ様のお世話はわたし1人でなんとかなります!」


 こうなると、アセリアが抜けた痛手が大きくなる。しかしまさか、彼女も大半が返されることになるなんて思ってもみなかっただろう。


「アゼル、だいぶ興奮していたように見えたけど、随分と物分かりがいいんだな?」

「演技をしていたとまでは言いませんが、言うことは言っておかないと後々支障が出ます」

「怒ったふりをしていたの?」

「まあ、どうしようもないことはあります。ティナードもそれは分かっているのでしょう。ユケイ様に止めていただいたので禍根も残りますまい」

「そういうもんなんだ」

「そういうこともあります。とりあえず荷物を運び込みましょう。指示はウィロットが出すように。できるか?」

「は、はい!大丈夫です!」


 こうして新生活の準備は、続々と整えられていった。


 ぶっちゃけ、前世の感覚だとこれだけ部屋が広いし、主賓室に寝台は2つある。みんなで工夫して寝れば全員生活できるのではと思わなくもない。

 しかしこの世界の常識では、主と侍従が同じ部屋で寝食を共にするなどあってはならないのだ。


「さて、あとはいったいどれくらい待てば謁見の予定が組まれるのか……」

「えっ?そうなの?すぐに組まれるわけじゃないの?」

「ヴィンストラルド国王にしてみれば、特に急ぎのようでもありません。多忙であれば、何ヶ月も待たされることだってあり得ます」

「な、何ヶ月も!?」


 可能性だけで言えば、一生謁見が組まれない可能性もあるという。

 ただ俺に言わせれば、組まれてもどうせ碌な事にはならないだろう。

 だったらここでもどこでも一緒だ。

 しかし、せっかく付いてきてくれた者達を返さなければいけないのは心苦しい。

 申し訳ないと思うが、慣れない土地でいつ帰れるか分からないのだから、そっちの方がいいのかもしれない。


 しばらくして、アルナーグから連れ添ってくれた侍従たちは帰りの旅に着いた。

 俺はがらんとした室内の中、やたら豪華なソファーに腰掛ける。

 体がしっかりと沈み込み、まるでソファーに埋まってしまうのではという錯覚をする。


「これからどうなるんだろう……」


 無意識に言葉が口から出る。

 行き先は、全く何も見えていなかった。

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