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才の無い貴族と悪魔王  作者: そんたく
血液の色
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王都ヴィンストラルド Ⅰ

 ヴィンストラルドの門でアセリアとは別れることとなった。俺たちが門の詰め所で城からの迎えを待つ間、彼女は先に城へ向かい様々な手続きを行うという。そしてそのまま、俺たちの前から姿を消すことになる。


「それではユケイ様、くれぐれもご無理をなされぬよう、ご自愛くださいませ......」

「アセリア......」


 今まで、いったいどれくらいこの声を聞いてきたのだろう。

 もしかしたら、これが最後になるかも知れない……いや、きっと彼女は約束を果たし、再び会いに来てくれるだろう。


「アセリア様……」


 ウィロットは言葉少なく彼女の胸に飛び込む。


「ウィロット、ユケイ様をよろしくお願いしますね」

「はい……。ユケイ様はわたしがお守りします……」


 2人の抱擁はまるで今まで過ごした時のをなぞるように、長く長く続いた。

 毒見のことを指しているのだろうか。そもそも守るのはカインやアゼルの仕事であって、ウィロットの仕事ではないとは思うが、それに突っ込みを入れるほど野暮ではない。しかし、カインが放った余計な一言が、2人の別れに水を差すことになる。


「お2人は実の母娘(ははこ)のように共に過ごしましたから……」


 なんの気の無い一言だったのだろう。もちろんカインに悪気はない。

 しかしそれを聞いた瞬間、アセリアの体がピクッと反応する。そして彼女は、ゆっくりとカインに向き直った。


「カイン……、母娘ではありません。それを言うなら姉妹と言いなさい」


 アセリアの目には明確に怒りが浮かんでいる。彼女が怒るところを見るのはどれだけぶりだろうか。

 そんなやり取りを見て、アゼルがフッと小さく笑う。それに気付いたのか、アセリアの顔が真っ赤に染まっていった。そんな彼女を見るのも、久しぶりのことだ。


 カインのおかげと言っていいのだろうか、そんなこんなで別れは結局湿やかなものにはならなかった。

 そうだ。ただ一時離れるだけなのだ。

 それに彼女の望みでもある。俺たちは最後に硬い握手を交わした。彼女は誇らしげにピンと背筋を伸ばし、振り返らずに門を後にした。

 俺たちはそんな彼女をじっと見送り、俺の腕にしがみつくウィロットを、今回ばかりは誰も注意しようとはしなかった。



 初めて訪れた王都ヴィンストラルドは、想像を絶する街だった。

 街を囲う防壁は高く、しかし微かに風化されたそれは長い歴史を感じさせる。

 門を潜る前から既に人通りは多く、街道沿いには多くの市が並んでいる。

 陳列されている商品も色とりどりで、アルナーグでも良く見る食べ物もあれば、いったいこれはなんだろうと思う様な、真っ赤な果肉を持つトゲトゲが生えた物や、ウィロットの頭くらいはありそうな、見るからに硬そうな野菜らしき物や、前世の記憶を引っ張り出しても正体がわからない様な物に溢れていた。


 思わず振り返りアセリアを探してしまうが、その位置にはもうアセリアはいない。

 華やぐ街も、少しくすんで見える気がする。


 辿り着いた門はヴィンストラルドの正門で、馬車が3台は横に並んで入れるのではないかというほどの大きさだった。

 アルナーグと比べれば倍の大きさはあろうかと思われる。きっとこの門の大きさが、そのまま国の大きさを雄弁に物語っているんだろう。

 守る兵の数も多く、中には鉄製の鎧を着ている者もいる。


「すごいな...... 。平時の門を守る兵に、鉄の鎧を着せるなんて......」


 彼らは騎士ではないはずだ。記憶を探っても、鉄の鎧を装備する兵など見たことがない。

 騎士団が式典の時に装備していた記憶はあるが、門兵という特別な仕事だからとはいえ一般の兵士に鉄製の鎧を用意するなど、どれくらいの財が必要なんだろうか。

 今回の旅路、アゼルやカインも、皮を(なめ)した鎧を使っている。

 鉄の鎧は重いので長旅に不便ということもあるが、何より高価なのだ。


 迎えの馬車が到着するまでの間、俺たちは門の奥にある豪華な貴賓室へと通された。

 長い毛並みの真っ赤な絨毯に、質の高そうな家具が誂えてあり、俺がかつて住んでいたアルナーグの自室より比べものにならないくらい豪華な部屋であった。

 おそらく門を使う王侯貴族、そして他国の重鎮の為の控室なのだろ。


「この部屋へ通されたということは、少なくとも俺は貴族並みの扱いはしてくれるってことだろうね」

「情けない事を仰らないで下さい」


 通された部屋を見て満足気だったアゼルも、俺の言葉に眉をひそめた。


 しばらくして、護衛を連れた40代くらいの男がやってくる。

 やや細身だが目つきは鋭く、微かに伸びた金髪は軽くうねりを持っていた。

 質の高そうな洋服や護衛を連れているところを見ると、貴族階級の文官だろう。

 

「遠路はるばる風の国よりようこそお越し下さいました、ユケイ・アルナーグ第三王子。私は城で執務を行なっております、ティナードと申します」


 そう言いながら足を引き、右手を胸に当てながら(こうべ)を垂れる。

 一応こう言う時にどのような対応をすればいいかは教わっている。しかし、王家としての公務をしたことがない俺は、知識はあっても経験が足りなかった。

 何より難しいのは、自分と相手の立場を推し量ることである。


「顔を上げて下さい、ティナード様。お出迎え感謝します」


 そう笑顔で答えながら、俺は頭を巡らす。

 ティナードの受け答えには、特に何かを訝しむ様子はない。ということは、城付きの貴族文官より、俺は上位ってことでいいのか?

 以前聞いた話では、アルナーグの王とヴィンストラルドの大領主ではだいたい同等の扱いだと聞いた。その中で俺の立場は、いったいどう解釈すればいいのだろうか。

 城の中で俺がどれくらいの立場になるのか、慎重に測らなければいけない。

 道中でアゼルから、自分の立ち位置、どこまで上位として接しどこから下位として接するか、散々叩き込まれた。


 前世のお勤め時代、基本年上には敬語、年下にはフランクに接していれば問題なかった。

 迷ったらとりあえず敬語を使っておけば、困ることはない。


 しかし、ディストランデでそれを見誤ると、大変な事になる。

 上の者への不敬は、場合により厳罰を課せられることもある。逆に下の者へ過剰に敬意を表せば、田舎者と笑われることになる。

 背後のアゼルをチラリと確認すると、微かに首を振るのが見えた。

 どこかを間違えたらしいが、それがどこなのかは分からなかった。


 ティナードが俺たちを門の奥へ案内すると、そこには豪華な馬車が用意されていた。

 馬車に乗れるのは、俺とアゼルとカインだけらしい。

 他のみんなには申し訳ないと思いつつ、だからと言って断るわけにはいかない。


 準備が整うと、御者が馬車を走らせる。

 先程の答え合わせをしようとアゼルに視線を向ける。


「さっきの何かおかしかった?」

「だいたいよろしいですが、『ティナード様』ではなく『ティナード殿』です」

「ああ……。難しいね……」


 そう答えるが、正直どっちでもいいじゃないかとも思った。


 ヴィンストラルドの街は綺麗に道が整備されているものの、やはり馬車の乗り心地は良くない。

 それでも窓の外を見ると、結構の数の馬車が行き交っているのが見える。


 前世の観光地で乗った人力車は、かなり乗り心地良かったよな。地面の舗装、ゴム製のタイヤ、サスペンション、あとは……軽量化かな。


 幽閉状態なのでそんなに馬車を使うこともなかったが、アルナーグでは街中をこんなにも馬車が走っていることはなかった。

 馬車が快適になれば、もちろん需要があるだろう。

 それに、街道でも馬車が使える様になれば、旅も楽になるな。


「工房が欲しいな......」


 俺の独り言に、返事をする者はいなかった。

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