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才の無い貴族と悪魔王  作者: そんたく
新しい旅立ち
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国境の街 Ⅺ

「やはりユケイ様には隠し事はできませんね」


 アセリアは言う。

 同じような台詞を聞くのは、今日2度目。まさしくそれが疑問の始まりだった。

 今日の朝、放火に関する報告を受けている時にぽつりと洩らした一言。「ユケイ様にはどんな企みも、あっという間に見抜かれてしまうのでしょうね」。

 それがなければ、俺は何事もなく旅を続けていただろう。むしろ、気づかない方が良かったのかも知れない。


「もし今から英雄の街道を使えば、期日に間に合うのかい?」

「どうでしょうか……。おそらくもう間に合わないかと思われます。それでも、英雄の街道を行くことは致しません。恐れながらユケイ様は、旅の脅威を甘く見積りすぎています」

「アセリアが言うならそれは間違いないんだろうね……。俺たちの中でアセリアは、誰よりも旅についてよくわかっているんだから」


 アセリアが言うのなら間違いないだろう。彼女は毎年、俺の名代として商隊の大規模遠征に同行している。その実績が買われて、彼女は今回俺たちの旅を取り仕切る役目を負ったのだ。


「アセリア……。そもそもこの旅は、間に合わないように計画されているんだね?」


 彼女は一瞬押し黙るが、すぐに答える。


「なぜそう思われたのか、聞かせていただいてもよろしいですか?」

「振り返れば不自然なことはたくさんあった。例えばリセッシュに到着した時、出迎えてくれた兵士の言葉だ。彼は俺たちに、『到着が少し遅いので心配していた』と言った。俺が聞かされていた予定より、丸一日遅れていたんだぜ?()()()()で済まされる遅れではない」

「……確かにそうですね」

「おそらく兵には、俺が聞かされていた予定よりも一日遅い予定を聞かされていたんだ。正確に言えば、正しい日程より一日早い日程を俺が聞かされていたんだろう」


 彼女は何も答えない。

 そもそも遅れること自体がおかしいのだ。あれほど入念に準備を行い、細部まで気を使うアセリアの旅程が順調に進んでいるのに一日も遅れるなんて。

 確かに車軸が折れたのは予定外だっただろう。しかし、それがなければリセッシュの閉門から遅れることもなかったはずだ。


「他にもある。アセリアがアルナーグに増援を頼むと言った時、『俺がヴィンストラルドに着けなくて困るのは国王やエナ王子だ』と言った。それなら、最初からもっとたくさんの兵を連れて英雄の街道を進むこともできたはずだ。なのにアセリアは春を寿ぐ街道を使うことにこだわり、出発ももっと早くアルナーグを出れたはずなのに、討伐遠征が終わるまで頑なに出発しようとはしなかった。……あの赤毛の少女の事件、あれもアセリアが関わっているのかい?」

「いいえ、あれは全くの偶然です。わたしもあれにはびっくりしましたから」


 そう言う彼女は、まるで思い出話をするようだった。


「そうだよね。あの時のアセリアは、本当に真っ青な顔をしていたから。けどね、それが一番の違和感だったんだ」

「と、申しますと?」

「だって、あの事件で旅程が遅れるってなっても、まるで気にする様子がなかったからね。もちろん俺たちに心配をかけないようにしていたんだろうけど、遅れることにあまりにも頓着がなさすぎる。それもそのはずだよね。もともと遅れる予定だったんだから。遅れて、自分は罰を受ける覚悟が既にできていたんだ……」


 アセリアの憂いを浮かべた表情は、悲しむ俺を気遣っているようだった。


「理由をお聞きにならないのですか?」

「そんなの聞かなくてもわかっているよ……。何年一緒にいると思ってるんだよ」

「それもそうですね」


 そう言うと、彼女は小さくクスリと笑った。


 そうだ。理由なんて聞かなくても俺にはわかる。

 彼女が組んだこの不可解な旅程、それは全て彼女の経験に基づいた、もっとも安全な旅程。

 討伐遠征が終わるまで出発をしなかったのは、少しでも妖魔や獣と出会う可能性を低くするためだろう。身の回りに城の兵を同行させなかったのは、俺に害をなす者……、特にいざこざのあった第二王子の派閥の者が入り込むのを防ぐためだ。

 その結果、より安全な春を寿ぐ街道を使うことが必須になる。しかし、俺は到着が遅れるとわかっていたら、アセリアに指揮を任せたりなんて絶対にしない。

 だから、アセリアは俺に予定内に到着できるという嘘の旅程を教えたのだ。

 全ては俺のために、俺が安全にヴィンストラルドへ辿り着けるように……。


「アセリア、俺がこんなことをされて喜ぶと思ったのか?」

「いいえ。仰る通りユケイ様とは長い間柄ですから、当然お叱りになると思っていました。ただ、そんなことよりもユケイ様が無事に旅を終えられるのが何より大事なのです」

「自分が罰を受けてもか?」

「わたしたちは、ユケイ様に決してお返しのできない恩を受けました。わたしがユケイ様に恩を返すには、一緒にいてはいけないのです」

「それはどうして?」

「わたしはオルバートで、そしてアルナーグで、ユケイ様のためにやらなくてはいけないことがあります。その前に、少しだけでも恩返しをさせて下さい。大丈夫ですよ。わたし実はエナ王子とは少し仲がいいんです。彼はわたしに無茶な罰など与えたりしません」

「知ってるよ……。エナお兄様とアセリアが仲がいいのも、エナお兄様が無茶なことを言わないのも知ってる……」


 俺の言葉を聞くと、アセリアは小さく頷いた。

 そして俺の目をまっすぐ見てこう言った。


「ユケイ様、お暇をいただきます……。わたしがご一緒できるのはヴィンストラルドまでですが、離れていても生涯ユケイ様のお力になります。今年の商隊遠征は、グラステップ分割領に行く計画なんですよ。わたしも必ず同行し、ヴィンストラルドに寄って必ずユケイ様をお尋ねしますね」

「……うん、わかった。待ってるよ」


 彼女は俺の返事を聞くと、そっと近づき俺をギュッと抱きしめた。

 本来であれば決して許されることではない。しかし俺も、彼女の背中に手を回し抱きしめる。


 子供の頃から眺めていたアセリアの背中。それはとても大きく、頼り甲斐のある背中だった。

 しかし今俺の腕の中にいる彼女はとても小さく、しかし昔見上げていた彼女よりも、何倍も強く逞しくなっていたのだと知る。


「いつかユケイ様が作られる国……、わたしは楽しみにしていますよ」


 それはいつかウィロットが言った冗談だ。しかし、アセリアの言葉には微かな期待が含まれていることに俺は気づいた。


 前世でも今世でも、人生は思い通りにはいかない。

 しかし、強い思いを抱き行動した通りには、概ね結果はともなうのだ。

 彼女が行動して得たこの結末に対して、俺はどう答えればいいのだろうか……。


「うん……。きっとみんな幸せにできる方法があると思う。たぶん俺は……、それを知ってるはずなんだ……」


 次の日の朝、俺たちはリセッシュの街を後にした。

 結局ヴィンストラルドへは予定より4日遅れた到着となったが、その道中は危険も無く旅路は快適そのものだった。


 途中で街道は、雪舞の花を付ける並木を通る。

 その花は白い小さな花弁をつけ、それが一斉に散る様はまるで日本の桜並木を歩いているみたいだ。


 季節は春。

 風は徐々に暖かさを帯び、冬の間に眠っていた世界が、一斉に起き出したかのようだった。

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