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才の無い貴族と悪魔王  作者: そんたく
弱者の王
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切子硝子 Ⅷ

 ウィロットとティファニーは街に向かい、部屋には俺とルゥ、そしてカインが取り残された。


「それじゃあ、チョコレート作ってみようか」

「はい」


 正確にいえばカカオを使っていないので、チョコレートとは呼べる代物ではないが。


「向日葵の種を焙煎したいんだけど、焙煎機ってあるかな?」

「はい。麦酒(エール)を作るときに麦芽を焙煎しますので」


 色々と話を聞くと、教会の設備はチョコレートの量産にとても適しているということがわかった。

 チョコレートのレシピはあまり複雑ではない。

 カカオの実を焙煎してすりつぶし、砂糖を混ぜて冷やすだけだ。

 向日葵の種を主原料にする場合も大きく変わらないのだが、カカオのような香ばしさを出すために種を多めに焙煎した方がいいかもしれない。後は油分と滑らかさ少し足りないので植物性の油を追加する。そして今回はチョコレートが上手く固まらなかったので、軽く焦がしたカラメルを少量加えることにした。


 こういった作業に慣れているのかルゥの手際はとても良く、俺の言葉を的確に理解してどんどんと作業は進行していく。


「あっ……」


 ルゥが不意に小さな声をあげた。


「どうしたの?怪我でもした?」

「いえ、種を少しこぼしてしまいました」


 彼女の手元を見ると、擦り潰された種が机の上に散らばっていた。

 それはごく少量であり、気にとめるほどの量には見えない。

 しかし彼女はそれに向かい手を組み、小さく祈りの言葉を捧げた。

 俺は思わず、その光景に見入ってしまう。


「どうなされましたか?」

「いや、なんでもないけど……」

「……?ああ。教会では植物の種子は神聖な物で、とても丁寧に扱わなければいけないんです」

「そうなんだ」

「教会の象徴である飾り紐(タッセル)ありますよね?あれの先が一つ一つ結ばれています。あの結び目は植物の種を表しているんですよ」


 思い返せば確かにそうだったような気がする。

 次代の命の源である種を、宗教的にそう象徴づけるのは理解ができた。

 教会で向日葵の種や葡萄の種を取り扱うのも、そもそもそれが経緯なのかもしれない。


 結局様々に試行錯誤を繰り返した結果、チョコレートが完成するには丸々ニ刻(四時間)弱の時間がかかった。

 焙煎機を使うためにはある程度まとまった量の種が必要だったため、ルゥが大量の向日葵の種を焙煎してしまったからというのも原因の一つだ。


「……ルゥ、少しお願いがあるんだけどいいかな?」

「なんでしょうか?ユケイ王子」

「これは商人としてのお願いなんだけど、今のレシピを誰にも言わないでいて欲しいんだ……」

「チコレートのレシピですか?」


 ルゥは少し何かを考え込むが、返事はすぐに戻ってきた。


「はい。お約束します」

「ごめんね。ありがとう」


 そういえば嘆きの森の野営地で、神官に喜捨を渡したことを思い出した。

 俺はほんの少しだけ悩み、ルゥに小三ヶ国金貨を一枚渡す。現代の価値にして三万円ほどだが、平民一人が一月ほどは生活できる量だ。

 手渡された金貨を見てルゥは一瞬目を大きく見開くが、すぐに平静を装い頭を下げる。


 こうしてとりあえず、親指の頭くらいの大きさの不揃いなチョコレートが、たくさん出来上がった。

 カラメルを加えたからなんとかまとまった形になってはくれたが、

今日のような低い気温でも完全に固まらせることはできず、指で摘むとベタベタとする。

 窓を少しだけ開けて隙間風で乾燥を試みるが、大した効果は得られない。

 ところどころに指紋がついており、専用の型枠を用意しなければ形にこだわるのは難しそうだ。しかし焙煎がうまくいったのかカラメルのおかげか、小さく立ち上る甘い香りはとても魅力的だった。


「ユケイ王子、味見をされますか?必要でしたらわたしが毒見をしますが」

「……いや、いいよ。ウィロットが帰ってきてからにしよう」


 ウィロット以外に毒見をさせたくないという意味ではない。そもそも目の前で作った物だから、その必要もないだろう。けど、なんとなくウィロットに、真っ先にこれを食べて欲しいと思った。


 それからしばらく経って、ウィロットたちが帰ってくる。

 外は低く雲が垂れ込め、ガラス窓と鉄格子越しに見る街の風景は暗く澱んで見える。


「ユケイ様、お待たせしました!」

「早かったね。天気が崩れそうだったから?」

「それもありますけど。わたしがいないとユケイ様ご飯が食べられないじゃないですか」

「別に一食くらい食べなくても大丈夫だよ」


 俺の返事に、ウィロットは満足そうにうふふと笑った。



 食事が終わり、とりあえず最初に行ったことはチョコレートの味見……もとい、毒見だった。

 カカオの代わりに向日葵の種で作ったチョコレートは光沢のない焦茶色で、艶やかに深い色を持つチョコレートとは比べるまでもなかった。

 匂いは比較的近く、香ばしく焙煎されたナッツのような匂いと、カラメルの甘い香りが鼻腔を刺激する。


「はぁー……。これがチコレートですかー」


 ウィロットは小皿に乗せられたそれを軽く持ち上げ、クンクンと匂いをかぐ。

 チコレートじゃなくってチョコレートなんだけど……。ルゥもそう言っていたが、「チョコ」というのが発音しづらいのだろうか?

 まあチコレートでいいか。どちらにせよ本物のチョコレートには遠く及ばないのだから。

 そして彼女はチョコレート……、いや、チコレートを指でつまみ、口へと運んだ。


「わっ!おいしい!」


 そういいながら、顔がパッと明るく輝く。

 まず最初に彼女の口から飛び出したのは、極めてシンプルな感想だった。


「どんな味?」

「今まで食べたことのない味です!甘くって、ちょっと苦味があって、口の中でにゅっ!て溶けていく感じ。味も食感も、すごく不思議です!」


 とりあえずウィロットは気に入ってくれたようだ。


「手が汚れてしまうのは少し不便ですね」

「なるほどね。それじゃあ俺も食べてみようかな。カインたちも一緒に食べようよ」


 みんなに薦め、俺もその中の一つを口に運ぶ。


「……うん、なかなか美味しいね」


 正直なところ、これがチョコレートかと言われれば少し疑問が残る。

 何より食感がだいぶ違う。口に入れると滑らかにとろけるような食感ではなく、少しザラザラとした舌触り。砂糖が十分溶けなかったのか、カラメルが結晶化したのか、ザラメが混じったような歯応えも感じる。

 しかし味はなかなか良くできていると思う。カカオの香りと比べるとだいぶナッツの風味があるが、焙煎を強くしたおかげでとても香ばしい。微かに爽やかな酸味があるのは、葡萄種子油を加えたからだろうか。

 よくよく考えれば、チョコレートの口当たりを良くするための工程にテンパリングがあった。あとはもっと固まるタイプの油、いっそのことバターを加えてもよかったかもしれない。


「ルゥも食べて感想を聞かせてほしいな」

「……わたしも食べていいんですか?」


 ルゥが恐る恐る訪ねる。


「もちろん」

「……いただきます」


 ルゥもチコレートを一つつまみ、口の中に放り込む。

 口をもぐもぐと動かすと、彼女の目がぱっと開かれる。


「美味しいです……!とても……、とても美味しいです……」

「うん、よかった。たぶんもっと美味しくできると思うから、また手伝ってもらっていいかな?」

「……はい」


 そう言うと、ルゥはにっこり笑った。


 カインにもティファニーにも、チコレートは好評のようだ。

 とはいっても砂糖は高価だし、向日葵の種は貴重な油の原料で生産量も限られている。

 越えなければいけない障壁は山積みだが、うまくいけばこれも大きな商売にできるかもしれない。


「ユケイ様、なに考えてるんですか?」

「うん、十分美味しいんだけどね。俺が知ってるチコレートは、もうちょっと口溶けが滑らかというか……」

「ユケイ様はチコレートを食べたことあるんですか?わたしユケイ様の毒見を十年以上やってますから、ユケイ様がお口に入れるものはほとんど食べてると思うんですけど……」

「い、いや、そういう意味じゃなくってね。イメージの話だよ」

「イメージ……ですか?」


 ウィロットが訝しげに俺を見る。

 確かに俺が食べたものは、ほとんどウィロットが毒見をしている。少し不用意なことを言ってしまった。


「うん、そう、イメージ。俺も実物を食べたのは初めてだ。ただ、本に書いてあったチコレートと少し違うからなにか失敗したのかなって思って」

「……ほんとですか?どこかわたしの知らないところで、こっそりお菓子を食べてたり……」


 パリン!


 不意に窓の方から乾いた音がする。


「あっ!」


 ティファニーが小さく悲鳴をあげた。


「どうした、ティファニー」


 カインが真っ先に声に反応する。同時に腰の剣に手をかけたのは、不足の事態を警戒してのことだろう。


「申し訳ありません、ユケイ王子殿下。ガラスを一枚割ってしまいました……」


 窓を見ると確かにガラスが一枚割れており、ティファニーは手首を押さえている。

 どうやら怪我などはしていないようだが、彼女の顔は真っ青になっていた。


「ティファニー、大丈夫か!?怪我はしていないかい?」

「はい、怪我はしておりません。窓が少し開いていたので、閉めようとしたら足を取られてしまい……」


 そういえば窓を少し開いたままにしていた。


「申し訳ありません。ガラスのお代は必ず弁償します……!」

「いいよそんなの」

「そうですよ!窓を開けっぱなしにしたユケイ様が悪いんですから」


 ウィロットはそう口を挟むと、そそくさと割れたガラスの処理に向かう。


「しかし……」

「だいじょうぶだよ。それより怪我がなくて本当に良かった」


 小さいガラスを障子のような窓枠に複数嵌め込むタイプだから、割ったといってもその中の一枚だけですんだ。

 これがもし大きな一枚のガラスだったら、流石にその値段を聞くのも躊躇うほどだっただろう。

 ルゥは「替えのガラスを用意します」と言って部屋から出ていく。

 しばらくすると下働きの男が二人現れ、ガラスの交換を始める。

 交換するのは一枚だけだったが真鍮製の窓枠を取り外さなければならず、それなりの苦労をしているように見えた。最初にガラスを嵌めに来てくれた男は一人で作業をしていたし、手際も良かったと思う。

 ガラスを付け替えたのとほぼ同時に、ポツポツと窓に雨が当たる。それはすぐに、激しい雨足となった。


「すぐにガラスを取り替えてくれて良かったよ……。ルゥはまだ戻ってこないかな?」


 俺は扉の外の気配を伺う。

 降り出した雨のせいか、彼女が部屋に戻る気配はなかった。


「……それじゃあウィロット。街はどうだった?」

「あ、はい……」


 俺は街に出かけるウィロットに、紙に書いて何点か指示を出していた。

 一つは切子硝子職人を探すこと、切子硝子の製品を何か手に入れること、そして冒険者ギルドへアレックスの件を確認すること。あとはオルゼンに最近の教会の様子を聞いてきて欲しいという内容だった。


「いろいろ探したんですけど、切子硝子はこれしか手に入りませんでした」


 ウィロットはそう言って、俺に小さなコップを手渡した。

 それは手の平にのるほどの大きさで、表面には多数の線と星を意匠化した溝が細かく刻まれていた。


「……色はついていないんだな」

「色ですか?見せて頂いた物は他にもありましたけど、どれも色はついていませんでしたよ」


 俺が切子硝子と言われてイメージするのは、江戸切子や薩摩切子のような色付きのガラスに透明な溝が掘られているものだった。

 目の前の切子ガラスは全体が透明だ。

 その為確かに見事な模様が入ってはいるものの、遠くから見れば普通のコップと全く変わりがない。


「これはいくらぐらいする代物なの?」

「じつはお店をいくつか周ったんですけど、切子硝子みたいなものはぜんぜん売ってなかったんです」

「それじゃあこれはどこで手に入れたんだ?」

「最後にオルゼンさんの工房へ行った時、そこにあったので一つ譲ってもらいました」

「そうなのか……。ん?オルゼンの工房には最後に行ったのか?その、誰かに街を案内してもらうって言ってなかった?」

「そんなの嘘に決まってるじゃないですか。教会の人についてこられたら困るんですよね?」


 ウィロットはエヘンと胸を張る。


「あ、ああ、なるほどね。嘘だったのか」

「……心配しましたか?」

「それは……、心配っていうか……」

「なんですか?」

「そんなこといいだろ?続きを話せよ」

「仕方ないですねぇ。……えっと、なんでしたっけ?」


 カインが呆れてため息を吐く。

 ウィロットの代わりに、ティファニーが話し出した。


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