国境の街 Ⅸ
「......それで、いったいどうされたのですか?」
アゼルが厳しい表情で俺を見る。
長い付き合いだ。一見厳しそうに見えるそれも、俺には期待をはらんだものだとわかる。
「ユケイ様、アゼル様、まず食事を済ませるべきではないですか?」
「アセリア……、お前もなかなかに頑固だな……」
アゼルの言葉には微かに怒気が含まれていた。
確かに普段であればアセリアの指摘はもっともであるが、まるで他人事のような彼女に苛立ちを覚えるのはわからなくもない。
「いいよ。どうせもう急ぐようなことはないんだ。食事を終えてゆっくり話そう」
俺は平静を装い、アゼルとアセリアを宥めた。
この言葉は、ある意味嘘である。俺が思い描いた結末が全て合っていれば確かにそうだろう。しかし、その確証は全くない。それでも、こういう態度をとっておかなければ、後々困るのだ。
「それで、お話を伺ってよろしいですか?」
一同はそれぞれ食事を終え、アゼルはすっかり平静を取り戻していた。
ウィロットとカインはソワソワと落ち着きがなく、それぞれの持ち場につきながらも俺が今から話す言葉を非常に意識していることが見て取れる。
アセリアは相変わらず、何事もなかったかのようにお茶の準備をする。
「どこから話したらいいのか...... 全て推理でしかないが、放火の犯人が分かった。おそらく今日の報告で度々上がっていた、赤毛の少女が犯人だろう」
一同は互いに顔を見合わせている。
「確かにその可能性はあると思います。しかし、そのような少女が門を通って街に入ったという報告は上がっておりません。同盟国側とはいえ国境の街ですから、人の出入りは厳重に監視はしております。特に最近我々が訪れることが前もって伝えられております。荷物も含めて、確認は怠らないでしょう。記録に残らずに街の中へ入るのは、難しいのではないのでしょうか?」
「その通りだ。記録に残っていないのなら荷馬車に隠れるという線が濃厚だろうけど、当然それも調べられている。しかし、そんな中でも唯一検査を免れる荷馬車がある。それは......なんだと思う?」
「それは......、あ、ああ。我々の荷馬車です!」
あの日俺たちは、閉門の時間を大幅に遅れて街にたどり着いた。
しかし、事情が全て伝えられている王子一行の荷馬車は、荷解きもされずそのまま倉庫へと片付けられた。
「おそらく犯人は、なんとか国境街リセッシュの門を通りたくて、俺たちの荷車に忍び込んだんだ。つまり、見張りのいる中で倉庫に侵入したのではなく、最初から倉庫の中にいたんだよ。これなら扉を開ける必要がそもそもない」
「はい......」
「上手く門の中に入れたものの、荷馬車と一緒に倉庫へ閉じ込められてしまった。倉庫から逃げ出すにも入り口は一つしか無いし見張りが立っているだろう。朝になってしまえば出発の準備で荷物は確認されてしまう。だからその前に、荷車に火を放って騒ぎに紛れて倉庫から脱出しようとしたんだ。おそらく彼女は、なんらかの姿を隠す魔法が使えるのだろう。倉庫の扉を自分で開ければ見つかってしまうが、姿を消して待機し、扉を誰かが開けてくれれば騒ぎに紛れて脱出することはできる......」
「な、なるほど......!」
ウィロットの目が輝きを増す。
それに対してアゼルは冷静だった。
「確かに筋は通っているように思えますが......。しかし、姿を消す魔法など簡単ではありません。そんな若い女性がほんとうに姿を消す魔法を使えるのでしょうか?それに、我々の荷車に忍び込んだと言いますが、それはいったいいつのことですか?」
それに関しても、一つ確信がある。
「彼女が姿を消す魔法が使えるのは間違いないだろう。いつのまにか麺麭が盗まれていた、角を曲がったら姿を消していたっていう話もその確証の一つだ。けどそれより前に、俺たちはもうすでに姿を消した彼女の姿を見ているんだ」
「姿を消した姿を見ている?」
わけがわからないと言わんばかりに顔を見合わせるアゼルとアセリア。
「大前提として、魔力の目を持たない俺は魔法を見る......、正確に言えば知覚することができない。つまり、魔法で作られた明かりは見えないし、魔法で起こされた現象であれば物理的なものに反映されない限りそれを見ることもできない」
「はい。恐れながらその通りです」
「うん。アセリア、昨日の夜街道で炭跡を見つけた時、うさぎを見たと言わなかったか?」
少し思案した後、アセリアが答える。
「......はい。けど、正確にはうさぎの姿は見てはおりません。何か動物の様な、小さな物が動く気配を感じたので、うさぎかと思っただけです」
「そう、その時だ。その時アゼルはどうした?」
「わたしは確か、魔法の光で荷車の下を確認しました。しかし何もいなかったはずです」
「うん。アゼルは何も見なかった。けどあの時、俺は一瞬、何か動くものを見た様な気がしたんだ。アゼルに跪くなと注意されて、本当に一瞬だったけど」
アセリアが頬に手を当て、考えるように首を傾げた。
「同じ物を見ているけど、俺とアセリアとアゼルでは、見える物が違う」
入れられたお茶を喉に流し込むと、俺はそのカップをうさぎに見立ててみんなに見せる。
「姿を消す魔法はいろいろな種類のものがある。中には完全に姿を消すものもあるし、自分の体にその後ろの背景を投影し、カメレオンのように景色に紛れ込むようなものもある」
「かめれおん?」
「あ、ああ、ごめん。そこは忘れてくれ。......で、後者の場合魔法の対象者が動いていていたり背景が動いたりすると、その効果は著しく落ちることになる。そして当然だが、姿を消す魔法では足音や気配を消すことはできない」
一同は納得して肯く。
「あの時の状況を整理すると、荷馬車のそばにアセリア、そこから少し離れてアゼル、その後ろに俺がいた」
「はい、左様でございます」
「もしあそこに、本当にうさぎがいたらどうなる?まず、アセリアは近くなのでうさぎの気配を感じることができる。俺は荷車の下を覗いても、明かりが無くて真っ暗だ。しかし、暗闇の中でも何かいる様な気配だけは見ることができる。俺とアゼルはほぼ同時に荷馬車の下を見ているから、アゼルは魔法の光で照らしているのでそこにはうさぎが見えるはずだ」
「なるほど......」
アゼルは既に察した様だ。
「では、もしそのうさぎが『魔法で隠れていたら』どうなる?」
アセリアは少し考えて、そっと話しだす。
「はい。まずわたしは、変わらず気配だけを感じます。そしてユケイ様は、魔法で照らしている光も見えず、逆に魔法で隠されているうさぎは見ることができるので、変わらず何か動いている物影が見れるでしょう。そしてアゼル様は、魔法の光で照らしているから荷車の下はしっかりと見えます。しかし姿を消す魔法を使われているので、うさぎを見ることはできない......」
少しの沈黙を、カインが破った。
「魔法を使ううさぎなど、いるわけがありません。ということは......」
「そう。魔法の灯りの中で、見えないはずの俺が見えて見えるはずのアゼルに見えなかった。つまり、あの時あそこには、魔法で隠れている何かがいたということだ」




