国境の街 Ⅶ
「とりあえず火は持ち出された火打金で付けられ、犯人はアルナーグから同行した身内である可能性は少ないということは推理できた。けど、逆に一つ大きな疑問が出てきた」
「どういうことですか?」
ウィロットが小さく首を傾げる。
「犯人は危険を犯して倉庫へ侵入したにも関わらず、わざわざ俺たちの荷車から火口箱を探して火を付けたんだよ?放火のために侵入したのに、自分で火種を持っていなかったなんて。俺たちの荷馬車に火打金が無いという可能性もゼロでは無い。おかしいと思わないか?」
俺は一同を見回す。
カインは「確かに......」と呟いて首を捻る。
「忘れてきたんじゃないですか?」
「お前じゃないんだ。そんなわけないだろう」
漫才のようなやり取りだが、お互いふざけているわけではない。
そうこうする内に、街中に五の刻を告げる鐘が鳴り響く。
「ユケイ様……、鐘が……」
「うん、わかってる。あと一刻だ」
それを合図にするように、部屋に現れたのはアゼルだった。
「アゼル、何かわかったことはないだろうか?」
「…………」
彼は一瞬何かを考えるような素振りを見せたが、俺たち一同の重い眼差しを受けて諦めたかのようなため息をついた。
「ユケイ様が関わるべきことではありません……と、言いたい所ですが……。わたしもアセリアに罰が及ぶことは望んでおりません。ユケイ様の身に危険が及ばないのであればよろしいでしょう……」
「アゼル!!ありがとう!」
危険に首を突っ込むことを嫌うアゼルは、てっきり犯人探しを反対すると思っていた。
砦に関する情報は、警護の責任者であるアゼルの元に集まってくる。彼の協力が得られるのは心強い。
「それで、新しく何かわかったことはないだろうか?怪しげな人物の目撃情報とか」
「はい。色々な話が入ってきますが、役に立つのか立たないのか、わたしにはわかりません。ご判断はユケイ様にお願いいたします」
アゼルは懐から小さな覚え書きを取り出し、それにざっと目を通した。
現状アゼルの元に届いているのは、城の兵たちによって集められた今日の早朝からの情報であった。
酔っ払いが井戸に落ちた、深夜に起こった夫婦喧嘩で怪我人がでたなど大半は役に立たなさそうな情報ではあったが、何個か気になるものもある。
一つは市場で起こった物取りだ。屋台を出していた者からの情報で、ほんの一瞬目を離しているうちに目の前に置いてあった揚げ麺麭が忽然と無くなったという。
これは今朝の三の刻をわずかに回ったころ、つまり俺が事件を知ったのと同じくらいの出来事らしい。
そしてもう一つ。四の刻を過ぎたあたりに、北側、つまりヴィンストラルド側の門の付近をうろつく不審な少女を城の兵士が目撃したという。
「不審な少女?どこがどう不審だったんだ?」
「一つは兵士の勘でしょうが、正確には記憶していないということですが、服装がこの辺りのものと比べるとだいぶ奇異な印象だったそうです」
「勘か……。けど経験がある者の感は十分信じるに足りるからね」
「はい。その少女は兵士と目が合うとその場を立ち去ろうとし、兵士は追いかけたのですが路地を曲がったところで忽然と姿を消したそうです」
「姿を消した……?」
「その兵士は長くこの街にいますが、そのような少女を以前に見かけたことは無いと言っていました」
「なるほど…...。最初に言っていた屋台は、どこに店を出していたんだ?」
「リセッシュの中央広場です」
「そうか……。街の南にある小火の現場を出て中央広場を通り、そして北側の門へ向かった……」
「四の刻ですから本来開いているはずの門から出ようとしたのかもしれません」
「その可能性もなくはないけど……。その少女の特徴は?」
「はい。赤毛で髪が短めだったそうです。年齢は恐らく成人前ではないかと」
「成人前……16・7くらいかな」
たしかに怪しいと言えば怪しいが、特に何か確信になるようなことがあるわけではない。
しかし、それ以外に心当たりもない。
「カイン、とりあえず北側の門に行って、その赤毛の少女について話を聞いてきてくれ。以前に見たことがないというのであれば、最近街に入った可能性がある。ウィロットは南の門だ。それ以外にも、怪しい人物が街に入ったりしていないかも聞いてきてほしい」
「はい!」
2人の声が重なる。
以前に見たことがないというのが確かなら、最近街を訪れた可能性が高い。
特徴のある外見だから、門の番兵に当たれば誰か覚えている可能性がある。少女一人で旅をしているなんてことは極稀だし、同行者がいても危険が蔓延るこの世界で、少女を連れての旅というのはそうそう見るものではない。
「カイン、馬を使うがいい。気をつけて行け」
「はい!ありがとうございます、アゼル様!」
カインにとってアゼルは剣の師でもあり、どうやら彼を心酔しているようだ。俺もアゼルに剣の稽古をつけてもらうことがあるが、実は国内有数の剣技の持ち主という話だ。
「怪しい人物ならばそもそも兵が街に入れないと思いますが」
「そんなことわかってるよ。……それよりアゼル、今回の件についてどう思う?」
「……どうとはどういう意味でしょうか?」
「そのままの意味だよ」
「……全くもって予定外でありますな」
「うん、その通り。予定外なんだ。なのにアセリアはなぜあんなにいつも通りなんだろうか?このトラブルのせいで日程は大幅に遅れて、その結果彼女が罰せられるかもしれない。なのに焦っている様子も見られない。まるで最初から予定されていたかのようにも思える」
「アセリアが荷馬車に火を付けたと?」
「いや……。その可能性は低いと思う。思うけど、荷馬車を最後まで見ていたのはアセリアだ。方法はわからないけど、何かができるならアセリアだと思う」
アゼルは一瞬押し黙るが、重々しく口を開いた。
「正直申し上げますと、わたしも多少不自然に思うところはあります。しかし、アセリアはユケイ様のご迷惑になるようなことは決して行わないでしょう」
「……うん、そうだよね」
そうだ。それはわかっている。しかし、アセリアが何かを隠しているような気がしてならないのだ。
「開門の時間をさらに遅らせることはできないだろうか?」
「残念ながらそれはできません。どうやら今日の正午過ぎに、ヴィンストラルドの貴族がリセッシュを訪れる予定だそうです」
「ヴィンストラルドの貴族が?なんでリセッシュに?」
「それは分かりませんが、当然リセッシュに来たということは風の国に入るということでしょう。彼らを街から締め出したりしたら、それこそ場合によっては首が飛びます」
「そうか……。じゃあ、俺が部屋から出て犯人を探しに行くっていうのは……」
「もちろん認められません。危険を犯してまでそのようなことをするのを、アセリアが喜ぶと思いますか?」
「わかってるよ……」
俺はそう答えるしかなかった。
それから俺は、めいいっぱい頭を巡らすが時間だけが刻々と過ぎて行く。
そしてウィロットたちが役目を果たして部屋に戻ったのは、六の刻の鐘が鳴るまで後僅かの頃だった。
「ユケイ様、申し訳ありません……。遅くなりました……」
二人はよっぽど走り回ったのか、汗だくで息も絶え絶えの様子だった。
その姿を見るだけで、アセリアのために、そして俺のために、めいいっぱい走り回ってくれたのがわかる。
ウィロットとカインが集めてくれた話によると、門の兵士はここ数日、赤毛の少女が街に入ったという記載がないということだった。
「……赤毛の少女が街に入った形跡がない?」
もちろん少女が変装をして街に入った可能性もある。しかし、特徴が似通っていて身元がわかっていない少女にもまた記載はないという。
同盟国側とはいえ国境の街だ。出入りは自由ではなくそれなりに警戒もされている。当然密入国を警戒して荷物も調べているし、出入国の記録もとってある。しかし、前世のように厳密に出入りを確認することはできないだろう。
「あと、赤毛の少女を見たという者は何名かいました。やはり今日以前に見かけたことはないらしいです」
「ありがとう、カイン。ウィロットは?」
「わたしの方は、赤毛の女の子を見たという人には会っていません……」
「そうか……。カインは北門、ウィロットは南門をあたっていた。ということは、その赤毛の少女は北門付近にいるっていうことか?」
「そっか!ユケイ様はずっと南門側の砦にいます。でしたら、ユケイ様と事件は関係ないんじゃないでしょうか!」
ウィロットが半ばやけくそ気味に言う。
関係ないから出発しても大丈夫じゃないか?と、言いたいらしい。
しかしアゼルがそれをきっぱりと否定する。
「そんな推理が根拠になるわけないだろう!赤毛の少女が荷馬車の件と関わっているという確証も無い。それを確認するにはその少女を捕まえてくるしかない」
「アゼル、大きな声を出すな……」
「申し訳ありません」
アゼルは申し訳なさそうな態度を一切見せず、そう答えた。
とはいえ、その少女が怪しいということには違いない。状況を聞く限り、少女は俺たちが現れたと同時に、忽然と街に現れたということなのだ。
「少女は北門が開くのを待っているのか?リセッシュから出るために?とりあえずそれらしき人物が来たら門で確保しておくようにしないと」
「それはもう手配してあります」
「そうか。ありがとう、カイン。……それとも、リセッシュの北側に何か目的があるのか……」
俺がそういうと、部屋の扉が静かに開く。
「北門側には貴族や大商会向けの貸家や、リセッシュの商会があります」
そう言いながら、アセリアが部屋に現れた。
「アセリア……」
アセリアは穏やかに微笑みながらこう言った。
「ユケイ様、お食事の時間でございます」
そして、街の中に六の刻を告げる鐘が鳴り響いた。




