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才の無い貴族と悪魔王  作者: そんたく
滅びに向かう種族
107/133

森の人 Ⅵ

「幾つか質問してもよろしいですか?」

「もちろんだ。必要なことであるならなんでも聞いてくれ」

「なんと言いますか……、月のものと言いますか、生理は……、子を成す体の準備はできていますか?」


 そもそもエルフにとっての生理を表す言葉がわからない。

 生理という言葉は一般的ではないし、毎月生理が訪れないだろうエルフにとって、月のものという表現が通じるのだろうか?

 エルデンリードは少し考えるそぶりをするが、すぐに思い当たったようだ。


「ん……?ああ、あれか。もちろんだ」

「とりあえず、月経という表現で……いいですか?」

「それで良い。王子はわたしのことを幼な子だと思っているのか?わたしは見た目以上に長く生きている。エルフは外見と生きた年が必ずしも一致するものではないのだ」

「では、エルデンリードはどれくらい生きているのですか?」

「おや?人間の間では、女性に年齢を尋ねるのはマナー違反だと聞いたが?」


 そう言うと、彼女は意地悪そうに微笑む。


「冗談だ。しかし、我らは歳を数えたりはしないからな。だが、少なくともわたしの母がわたしを宿した年は十分超えている」


 ようやく解ってきたのだが、時折見せるこの表情は、彼女なりのジョークなのではないだろうか。


「……では、その、月経が最近いつ訪れたのかは覚えていますか?」

「はっきりしないが……、雪が降っていたのは覚えている」


 今は夏だから、少なくとも半年近く前ということだろうか?

 それなら、少なくとも月経という言い方は適切じゃないな。

 彼女の記憶を正確にたどってもらうと、前回の冬であることは間違いないということはわかった。そしてその前に関しては、正しい記憶ではないが一年は開いていないらしい。


 エルフと人間の、外見の特徴は非常に近い。

 生理自体が存在するのであれば、やはり寿命は置いておいて体のメカニズムは大きく変わらないと言えるだろう。

 であれば、女性の体内にある卵細胞は増えることはない。

 人間は生涯のうちに排卵をする回数は四百回から五百回くらいだという。

 エルデンリードの生理が一年に一回だとして、人間の場合は排卵付近の五日間が妊娠の可能性があるタイミングになる。

 人間にしてみれば月に五日ほどといえる。 一年でいえば、六十日ほどがそれにあたる。エルフが同じ条件であるとしたら、エルフが妊娠できるタイミングは年に五日ほどしか妊娠のタイミングがないということなのだろうか?


「あの……月経の期間、つまり出血が続く期間というのはどれくらいですか?」

「あ、ああ……。だいたい五日くらいだろうか……」


 彼女はなんでも聞けとは言ったが、流石に答えづらそうだ。

 正直俺も聞きづらい。

 ウィロットの視線が、にこやかながら氷のように冷たく感じる。


 エルフも人間も、傷が治るメカニズムは変わらない。

 つまり月経による出血が始まってから、それが治るまでの期間は人間と同じということだろう。

 人間は月経から月経の中間ほどに排卵が行われる。しかしそれは、たまたま中間になるだけだ。排卵の準備が整うまでの期間と、そこから月経までの期間たまたま同じだというだけだ。

 エルフの月経周期が一年として、排卵の期間はその中間なのか、それとももっと月経付近になるのかどちらなのだろうか?

 どちらにせよ、まずは観察から始めるべきだ。しかし、悠久の時を生きるエルフのそれに付き合うというのは、はっきりいって寿命が足りない。

 もしかしたら同じ女性の方が、いろいろと知っているのかもしれないが……。


「ウィロット、ちょっと聞いてもいいかな?」

「…………はい」


 彼女はにっこり笑ってそう答えるが、返事を返すまでにたっぷり二拍の間があった。


「えっと、知ってたら教えてほしいんだけど……。ウィロットたちが子どもを作るのに困った場合、どうするんだろうか?」

「ユケイ様はわたしがそんなこと知ってると思うんですか?」

「……いや」

「逆の場合はお母さんから聞いたことはあります」

「逆……?」

「はい。悪い貴族様がいっぱいいますから」

「あ、ああ……」


 つまり貴族に拐かされた場合ということだろう。


「わたしたちが子どもができない時は、教会にお布施をして司祭様に祈祷をしてもらうんです。そんなお金、なかなか用意できませんけど」

「……それは効果があるのか?」

「そんなの、わたしが知るわけないじゃないですか」


 彼女はそう言って、ぷいと顔を背けた。


 それはそうだよな。年頃の女性に聞くことじゃない。

 前世ですら、女性に男性がこういうことを尋ねるのは好ましくない。

 旧世代的な価値観が蔓延るこの世界では尚更のことだ。


 この世界では出産と教会の関係は非常に深い。

 ある程度生活に余裕がある層は、出産後に教会の祝福を求め、ウィロットの言う通り妊娠が叶わなければ、教会の祈祷を受けるという話もあるのだろう。

 ようするに神頼みだ。俺に言わせればそんなのに意味はないと思う。宗教が生活の一部に根ざす人からしてみれば、神の祝福というのは無駄と言い切れない効果を(もたら)すのだろう。

この時代の技術では、神に祈るのが最も現実的な方法なのかもしれない。


「……エルフは教会から異端視されているからな。教会を頼ることはできない」


 エルデンリードはそう言って、ウィロットに小さく微笑みかけた。

 エルフはそもそも神を信仰しない。

 彼らにとっての信仰は自然に対する敬意であり、特定のものに向くのではないのだ。

 むしろ人が持つ神に対して、批判的な考えを持っているはずだ。しかしそれを表に出さないのは、嫌な思いをしてまで答えてくれたウィロットへの気遣いなのかもしれない。


「……エルデンリード。まずは月経の周期を正確に把握することが大切です。その周期の中で、妊娠に適したタイミングを調べていく必要があると思います」

「それはどうやって調べればいいのか?」

「人間と同じであれば、一つは基礎体温を測るという方法がありますが……」

「きそたいおん?」

「あっ、そうか……」


 この世界には、まだ温度に対して数字を割り当てるという概念ができていない。

 前世でもそれが生まれたのは十七世紀になってからだ。

 体温計なんてものも、当然存在していない。


「えっと……、それは後で説明します。あとは月経が定期的にあったとしても身体に子を宿す準備ができている必要があります。他のエルフを見たことがないのではっきりしませんが、エルデンリード、あなたは見たところ少し幼いかも知れない」

「幼い?わたしの母と変わらぬ背丈だと思うが?」

「そうではなくて、女性らしい身体つき……、つまり、もう少し胸とかお尻とか……。身体に丸みを帯びることが子を成す身体ができたという印なのです」


 無意識に手振りで体のラインを模ってしまい、ウィロットの冷たい視線が突き刺さる。


「それは王子の好みの話ではないのか?」

「そういうことではありません……。けど私だけの話ではなく、男性は一般的にそういうふうに作られているのです。効率よく子孫を残すために、成長した女性に興味が湧くようになってるんです。あなたのお母様と自分の身体つきを比べて、思い当たることはありませんか?」


 背中を向けて何やら胸を寄せているウィロットが視線の端に入るが、とりあえず放っておこう。


「ふむ……」


 思い当たるところがあるのか、彼女は納得をしたような表情を浮かべる。


「あと、当然1人では子は出来ません。子どもができない原因が男性にあるということも当然ありますし、性交の仕方が間違っている……ということはないでしょうが」

「間違っているかどうか、わたしと試してみるかね?」

「ダメです!!」


 またもやウィロットが立ちはだかり、胸を張ってエルデンリードを威嚇する。


「すまない、冗談だ」

「冗談はやめて下さい……。その、あなたがそれを試したという相手はどのような方ですか?極端に年齢が若いとか、歳をとっているとか。あと、血の繋がりが近ければ子ができる可能性は低くなります」

「……わたしが居たのは小さな集落だ。遡れば誰もがどこかで血が繋がっているといっても言い過ぎではない」

「でしたら、それが原因の一つなのかもしれません」

「そうか……。であればわたしがあの場所を出たのは正解だったのだろうな……」


 エルデンリードの顔に、複雑な表情が浮かぶ。

 それも原因の1つである可能性は確実にある。


 話しを纏めると、問題点は幾つか洗い出すことはできた。

 しかし、現状その解決方法を導き出せないものがある。


 まず第一に、生理の周期と基礎体温を観察することだ。

 そもそもこの世界には体温計というものがない。体温計の仕組みはわかっている。しかし、基礎体温を測るのであれば非常に精度の高いものが必要になる。当然それを作るためには、高い技術が必要だ。


 次に、身体的な問題。

 エルデンリードの言葉通りであるとするなら、彼女は決して若いエルフではないのだろう。

 であれば、彼女がまるで少年のような身体つきであるという点は、子を宿すのに不利な要因になっている可能性がある。

 女性らしい身体つきは、体内で分泌されるホルモンによって作られる。

 記憶を辿ったり書物を調べれば、女性ホルモンの生成を促す食品や漢方薬のようなものが作れないだろうか?


 そして相手の問題だ。

 彼女が住んでいた集落では、集落内で婚姻を繰り返した為に出生率が落ちている可能性がある。五年にわたり子が生まれていないということは、それが大きな要因である可能性が高い。

 子を成すことを第一に考えるのであれば、相手を集落の外に求めるということが必要なのかも知れない。


 そしてもう1つ大きな問題がある。

 エルフは生理の周期も長く、そして妊娠から出産までの期間も人間と比べて長い可能性が高い。

 そのため、例え妊娠に成功したとしても、その事実を察知できない可能性が高い。

 妊娠初期は特に不安定で、さらに外見にもその兆候が見えない。

 不安定な時期を安全に過ごす為、いち早く孕ごもったことを発見する必要がある。

 妊娠初期は性交渉は控えるべきだ。それが原因で子が流れてしまうこともある。

 生理の間隔が長く妊娠の兆候が体型に現れるまでの期間も長いとすれば、その手段を見つけるというのは、非常に大切なことになるだろう。

 そのためには、前世でいう妊娠検査薬の代わりになるものが必要だ。


 俺が理解していないだけで、他にも多くの問題があるかもしれない。

 しかし、これ以上は思いつくことすら難しいだろう。

 そもそも、人間とエルフは同じ生き物ではないのだ。


「エルデンリード。確かに人間はエルフに比べて繁殖力が高いと思います。それに、私には多少の知識もあるかも知れません。けど、それを踏まえても同族であるエルフに頼った方が確実なのではないですか?例えばあなたの母や、子を産んだ友人の方が的確なアドバイスがもらえるのではないでしょうか?」


 俺の言葉を聞いて、彼女は動きを止める。


「ふふふ……。全くもって、その通りだ……」


 彼女は微笑むが、その笑顔には悲しみが溢れていた。

 その様子を見て、俺は悟った。

 ああ、そうか。

 それができるのなら、彼女はとっくにやっているのだ。

 それができないから、わざわざ危険を犯して俺の元を訪れたのだ。

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