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才の無い貴族と悪魔王  作者: そんたく
滅びに向かう種族
104/133

森の人 Ⅲ

「エルフ……」


 その存在は広く知られてはいるが、俺を含めてここに居る全員遭遇するのは初めてだろう。


 人より遥かに長い寿命を持ち、精霊と言葉を交わす森の民。

 人前に姿を現すことは滅多にないとされているが、先程のように外見的な特徴である耳を隠してしまえば見分けることは難しい。

 実際に会話をして彼女の唯ならぬ雰囲気を感じ取り、俺たちのことを「人間」と呼んだことを聞き逃していれば、俺もその正体には辿り着かなかっただろう。


「これを何処で手に入れたのですか?」


 聞きたいことは山ほどある。しかし最初にこれが口から出たのは、驚きからだろう。


「旅先で世話になった少女から預かった。わたしは受けた恩は必ず返す誓いを立てている。これはその誓いを果たす一環だと思ってもらっていい」

「マリーからこれを、俺に返すように頼まれたということですか?」

「マリー?……ああ、彼女は偽名を使っていたと言っていたな。タワラツという名の赤毛の『鳥の民』だ」


 タワラツという聞きなれない語感に一瞬戸惑ったが、マリーは明らかに偽名を使っていた。

 エルデンリードが言うタワラツは、マリーのことであると見て間違いないだろう。

 彼女が盗み出した本はもちろん、あの血に染まった羊皮紙。

 鑑定をせずとも、同じ物であると見て差し支えない。


「鳥の民……というのは、あの鳥の民ですか?」

「ふふ。奇妙なことをいう。あのとはどれのことかな」


 彼女は俺の問いに小さく笑う。

 鳥の民という名前には聞き覚えがある。

 御伽噺の「龍と7つの奇跡」。その中に出てくる龍と戦った9つの国と2つの部族。その部族の中の一つが鳥の民ではないかと言われている。

 彼等はかつて、グラステップの東部に広がる広大な平地に居を構えていた。

 その歴史の大半を遊牧の中で過ごしていたが、一時グラステップが帝国と呼ばれていたころに帝国の庇護下に入り定住の道を選んだ。

 今現在はどうなっているのか、俺の記憶にはないが。

 しかし、御伽話に出てくる部族は始まりの竜と勇猛果敢に戦ったという。

 マリーがそうだと言われれば、俺は疑わないだろう。

 

 カインは渡された包みの中から布袋を取り出すと、それをウィロットに渡し中身を確認するように指示を出した。


「彼女は……無事にやっているんでしょうか?」

「わたしと別れた時は元気そうではあった」

「そうですか……。気になる言い方をするが、とりあえず無事なら良かった……」

「タワラツの身を案じるのか?彼女は王子を裏切ったと聞いているが?」

「確かにそう言えなくはないですが、俺は彼女に二度命を救われている。理由もなく出て行ったわけじゃないことくらい分かっています」

「ほう」

「本は返してくれるんですよね?でしたら何も言うことはありません」

「……しばらく見ないうちに、人の世とは変わったのだな。わたしが知る王子とは、もっと不遜で横暴な奴ばかりだったが」

「ユケイ様は特別なんです!」


 ウィロットが横から口を挟む。


「それで、マリーは何か言っていたのですか?」

「迷惑をかけたことを謝っておいて欲しいと言っていた」

「それはもう気にする必要がありません」

「あとは彼女から言伝だ。『羊皮紙の中を見て欲しい』」


 エルデンリードの言葉が終わると同時に、カインは机の上に置かれた羊皮紙を取り上げる。

 要するに俺に、羊皮紙を読むなと言っているのだ。


「エルフの女、お前の恩を返す誓いというのは何処までを指す?荷物をユケイ様に届けるところまでか?それとも羊皮紙を読むところまでを指すか」

「なるほど。そう聞かれると、荷物を届けた時点で十分な恩を返したと言える。しかしタワラツはわたしの友人だ。どうこういえる立場ではないが、友人の力になってくれることを願う」


 マリーが友人ということは、以前から2人は知り合いだったのだろうか?


「なら、荷物は確かに受け取った。後はこちらで判断するから、早々に立ち去るといい。あと、お前が持っている通行許可証は我々の物だ。それも置いていけ!」


 カインはそう言ってエルデンリードを睨みつける。

 どうやら彼女の態度を、快く思っていないようだ。


「……王子の騎士よ、お前には少し礼儀というものを教えてやらねばならぬようだな」

「そもそも盗まれた王家の許可証を勝手に使うなど、即刻投獄される犯罪だぞ!」

「人の理で森の民を縛ろうとは愚かなことだ。やれるものならやってみるがいい」


 エルデンリードがそっと手を出すと、室内にも関わらずゆっくりと空気が動き出した。

 何が起こっているかは全く理解できないが、魔法が一切見えない俺にも感じとれる物理現象として風が巻いている。

 初めは緩やかだったそれが、徐々に勢いを増していく。

 カインは腰元の剣に手をかけようとした。


「やめろ!カイン!」


 机に置かれた本の重い革張りの表紙が開かれ、ページが凄い勢いで捲られていく。


「エルデンリードも落ち着いて下さい!せっかく届けてもらった本が破れてしまう!」


 エルデンリードは俺を一瞥すると、「ふん」と面白くなさそうに突き出した手を下ろした。同時に、室内を流れる風がゆっくりと収まっていく。

 それでも室内は、まるで台風が過ぎ去った後のような有様だ。

 エルフは高度な魔法の技術を持っているということは知っていたが、実際にそれを目にすると驚愕の一言だ。

 呪文の詠唱も行わずに、明確な物理現象を伴う魔法を一瞬で発動させる。

 そもそも、俺が知っている「精霊の加護」という種類の魔法とは、全く別の物に感じられた。

 精霊の力を借りるというより、精霊そのものを意のままに操ると言えばいいのか。


「言われずとも、こんな物を使う気などない」


 そう言うとエルデンリードは許可証を俺に投げて寄越した。


「きさま!!」

「カイン!」


 その態度を見てカインが再び眉を吊り上げるが、俺は慌てて制止をする。


「いい加減にしろ!エルフと人では理が違う。人の価値観を押し付けるべきじゃない」

「しかしここは人の領域です!」

「そんなことはない。そう思っているのは人だけだ」

「……」


 それでも彼は、彼女を激しく睨み続ける。


「エルデンリードも、此方の態度が気に入らないのなら謝ります。ですから挑発するようなことはやめて頂きたい」

「人の王子よ、ここは人の領域ではないのか?」

「そんな話は聞いたことがありません。それにこれは人とエルフの話ではない。わたしとあなたの話だ」

「その通りだ。其方には好感が持てる。タワラツが言うことに偽りはないようだ。しかし、王子の仲間がそれを理解するには時を要する」

「……そうでもないと思います。偏見を持たずにお互いをもっと理解すれば、意外とすぐかもしれませんよ?」

「人もエルフも、それができるのにはあと数百年はかかるだろう。確かにそれは我々にとってはすぐなのかもしれないがな。しかし、人の王子よ、タワラツの願いが聞き届けられるかどうかの返事は聞いておきたい。再び彼女に会うことがあれば、喜ぶ顔が見られるだろう」


 その答えは、もちろん否だろう。

 俺はこの部屋を勝手に出ることは出来ないし、羊皮紙の文字を読むことすら許されない。

 無くなった筈の羊皮紙がここにあるということが明るみになれば、当然それは大きな誤解を招くことになる。

 緩やかとはいえ監視されているだろう俺に不穏な動きがあれば、それは直ぐにイルクナーゼや賢者の塔の主エインラッドの耳に入るだろう。

 もしかしたら、客人が現れたというだけでなんらかの追求があるかもしれない。

 そもそも、この羊皮紙に書かれている内容があの時俺の元から持ち出されたままであるとは限らないのだ。

 つまり、持ち去った後で文章が改竄されていても、元の状態を知らないのだから確かめようがない。

 マリーには感謝をしているし、いわゆる悪人と呼べる人間ではないと思っている。

 しかし、目的を果たすために(したた)かに策を巡らす人物であることは間違いない。

 俺の協力が得たかったのなら、それは彼女が消えたあの日以外にはないのだ。

 せめて彼女の口からその目的が聞ければ……、いや、それでも俺はその手を取ることができるのだろうか……。


「彼女は今、どこにいるかわかっているのですか?」

「おおよそどこにいるかは予測がつくが……。人間の王子がタワラツに協力するなら、それくらいは答えて差し支えないだろう……。しかし、友の頼みは聞かぬが場所を教えろと言うのは少し筋が違うのではないか?」

「……そうですね。残念です」


 俺の返答を理解したのか、彼女はただ一言「わかった」とだけ答えた。


「さて。その件はこれでよい」

「その件?他に何かあるのですか?」

「人の王子よ、そなたは随分と知恵が回り、医学にも深い知見があると聞いたが?」

「マリーがなんと言ったのかわかりませんが、それは買いかぶりです」

「謙遜する必要はない。王子にわたしの悩みを聞いて欲しいのだ……」


 エルデンリードはそう言うと、真っ直ぐに俺の瞳を見据えた。

 彼女の青く輝く瞳は、深い森の奥に佇む湖の水面のような、そんな風景を俺に思い浮かべさせた。

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