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才の無い貴族と悪魔王  作者: そんたく
新しい旅立ち
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国境の街 Ⅵ

 しばらくして、倉庫へ情報を集めに行っていたウィロットと呼び出したアセリアが同時に現れた。

 アセリアが恭しく頭を下げる一方で、ウィロットは机に置かれたお茶に目を止める。


「お茶……、飲んだんですか?」

「……飲んでないよ」

「じゃあいいです。毒見はわたしがしますから」

「そんなこといいだろ。それより報告をしてくれ」


 まるで嫉妬深い彼女のような言葉を受け流す。そんなこと言われても、実際にウィロットがいない時もあるのだから、極稀だが他の者が毒見をすることもある。

 それでも、彼女は休みも取らずに毎日俺の元で働き続けていてくれるのだが……。


「えっと、荷馬車の燃え方なんですけど最初にユケイ様が仰ったような状態でした。」

「そうか......」


 俺はウィロットが状況を確認しやすいように、幾つかの仮定を組んで彼女に現場の確認を頼んだ。

 それは、付け火が魔法によって行われたのか、それ以外の方法によって行われたのかだ。

 同じ付け火という結果でも、方法によってその過程は全く違う道筋を辿るのである。


 まず荷車の下の状態だ。

 荷車の下には何か焼け焦げた物があり、荷馬車の台車の下は煤で真っ黒になっていたらしい。

 その上が焼け崩れて、さらに荷馬車に載せられた車輪や車軸の予備が燃えていた。


 これが何を意味しているのか?それは、魔法以外の方法で火を付けられた可能性が高いということである。

 もし魔法で火を付けるなら、荷車の横に立って、荷車の台車部分、もしくは荷物に直接炎を発生させる。

 しかし、魔法以外の方法で炎を起こす場合、まずは小さな火種を燃えやすい物に移し、炎を大きくしなければいけない。


 今回の犯行は状態から推測するに、まず最初に荷車の幌、もしくは何か炎が出やすい物に火を付ける。その後にそれを荷馬車の下に投げ込んで火を付けたのだと予想される。

 ということは、犯人は炎の加護を受けることができない、つまり火に関する魔法が使えない者だという可能性が高い。

 つまり、もともと疑ってなどいないが炎の加護を受けることができるウィロットは、容疑者から外れることになる。

 

「アセリア、荷物で何か無くなっている物はなかったかい?」

「はい、アルナーグを出る時の帳票と比べますと、まず車軸と車輪の一部、それと板バネが焦げて使用不能になっております。後は火口箱(ほくちばこ)から火打金(ひうちがね)が無くなっていました」

「火打金が?」

「はい」


 火口箱とは、すぐに火が使えるように火種を一時保管したり、火を付けるための道具をしまっておくための場所だ。前世とは違いこの世界では魔法を使って着火することができるため、あまり出番はない。


「火口箱の中には発火シリンジも入っていたよね?それは無くなってなかったの?」

「はい、発火シリンジは火口箱に入ったままでしたが、火打金は何処にもありませんでした」


 そう言いながら、アセリアは両手に収まるくらいの箱、わざわざ持ってきてくれた火口箱を俺に差し出した。

 それを手に取って確認すると、たしかに火打金が無くなっている。


「アセリア、この発火シリンジって新品かな?まだ一度も使っていない?」

「はい。アルナーグを出る時に卸して、道中の火種は全て魔法を使いましたので……」


 発火シリンジとは、手に収まるほどの木製の筒で、直径は3シール(センチ)ほどである。

 外側の円筒に対してそれにすっぽりとはまる棒状の部品でできており、筒の中の空気を一気に圧縮することで圧縮された空気が発生させる熱で火種を作るという仕組みだ。


「火打金が無い……?犯人は俺たちの火打金を使って火を着けたということか?」

「あと、なんと申し上げればいいのかわからないのですが、荷馬車の板バネが燃えた残りが、元の長さの半分ほどしかありませんでした」

「え?どういうこと?」

「それは……、わたしにもよくわかりません。もともとその板バネが他のものより短かったのかも知れませんが……」


 板バネとは、荷馬車の車輪を支えるのに使われる弓形に反った木製の板で、それを何枚か重ねてスプリングの代用を果たす。


「板バネか……。その他には何か変わったことは?」

「いえ特には。侍従が個人で荷馬車に積んだものはわかりませんが……」

「うん、わかった。ありがとう」


 アセリアは深く頭を下げるが、顔を上げた時その表情は訝しげだった。


「ユケイ様……。もしかして犯人探しをされているんですか?」

「えっと……、犯人を捕まえれば直ぐに出発できるだろ?そうすれば期日までにヴィンストラルドに到着できる。こんな理不尽に湧いたトラブルで、アセリアが罰を受けるなんて納得いかない」

「犯人探しはユケイ様のお仕事ではございません。……けれど、昔からこういう問題を解決するのがお得意でしたからね」


 そういうと、アセリアはにっこり笑った。


「ユケイ様にかかれば、どんな企みもあっという間に見抜かれてしまうのでしょうね。けれど、危険なことは絶対にしないと約束して下さい」

「うん、約束する」

「ウィロット、あなたもですよ?」

「はい……。けど、アセリア様が罰を受けるのはイヤです……」

「ありがとう、ウィロット。それより、冒険者ギルドにはもう行ったのですか?」

「まだです。お昼まではユケイ様のお手伝いをします」

「仕方ありませんね。それでは冒険者ギルドにはわたしが行ってきます。ユケイ様をお願いしますね」

「はい……」


 そう言うと、アセリアは部屋を後にした。


「……」

「どうしました?ユケイ様?」


 ウィロットの声に俺はハッとする。


「あ、ああ……。ねえ、ウィロット、アセリアって炎の加護は受けていなかったよね?」

「え?はい、そうですね。それがどうかしたんですか?」

「いや……、なんでもないよ」


 今の会話の中で微かに覚えた違和感は何だろうか。

 アセリアが言った「どんな企みもあっという間に見抜かれてしまうのでしょうね」という言葉の意味は何なんだろうか……。


「ユケイ様、先ほどの話で何かわかったことはありますか?」


 ウィロットとカインが、心配そうな顔で俺を見る。


「あ、うん。少なくとも、アルナーグから一緒に来た者の中には犯人がいる可能性は低いと思う……」

「本当ですか?」

「うん。あくまで低いというだけだけどね」

「それは何故なのでしょうか?」

「それはね……」


 理由はそう複雑ではない。


 荷物の中の火打金を使ったのであれば、当然火口箱を漁ることになる。その火口箱には、火打金と発火シリンジが入っていたはずだ。

 もしあの状態で火をつけなければいけない場合、可能であれば第一に魔法、そして第二に発火シリンジ。火打金は極力使いたくないだろう。


 魔法は使えないとして、火打金で火を付けようとする場合、火打金と火打石を激しくぶつかり合わせる必要がある。一度で着火させるのは難しく、当然何度もそれを繰り返すことになるだろう。そうすれば、深夜に高い金属音が何度も鳴ってしまうことになるだろう。

 そうすれば、倉庫の警備をしている兵に気づかれてしまうかもしれない。

 まあ、厚い土壁と扉に囲まれた倉庫だ。そんな心配しなくても音は漏れなかったようだが。

 一方発火シリンジは、使い方を誤らなければ大きな音がすることはない。火打金と違いほぼ一回で火種を作ることができ、当然音が鳴るとしても一度だけだ。さらに木製のパーツがぶつかり合うだけなので、火打金に比べれば音は出ないはずだ。


 発火シリンジは近年俺が開発したもので、ディストランデ全域にはまだ広まっていない。

 しかし、今回同行した者は全員使い方を知っている。わざわざ音で外の警備に気づかれる危険をおかしてまで、火打金を使う理由はないのである。

 知らない者からしてみれば、こんな小さな木の筒で火種が作れるなんて想像もつかないはずだ。

 

「ユケイ様、すごいです......」

「いや、そんなことはないよ」


 ウィロットの真っ直ぐな視線に、俺は少し気恥ずかしさを感じる。


「しかし、それならそれで少し厄介ですね。犯人が内部の人間だと分かれば調べる人間も少なくて済む。外部の人間でしたら町中から容疑者を探さないといけません」


 カインの指摘はその通りだ。つまり俺たちは、まだ見たこともない人物を探さなくてはいけないのである。


「ま、まあそうだけどさ。裏切り者が仲間にいないと解ったんだからいいじゃないか」

「私としてはユケイ様の安全を確保するのが第一です。裏切り者だろうと何だろうと、早く犯人が捕まってくれた方がありがたい」

  

 ウィロットが薄情者と言わんばかりに、じっとりとした視線をカインに向けた。

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