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才の無い貴族と悪魔王  作者: そんたく
新しい旅立ち
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春を寿ぐ街道 Ⅰ

「世の中には二種類の人間がいる。それは魔法を使える人間か、使えない人間かだ......」


 俺ユケイ・アルナーグは、すっかりと日の落ちた街道を進む。


「ユケイ様はすぐにそうやっていじけたことを言う……」


 側の荷馬車から、少女の声が聞こえてくる。

 紺色のメイド服に身を包み、肩で切り揃えた明るい橙がかった髪、そしてとても慎ましい胸……。


「ウィロット、俺は別にいじけてなんてない」

「それがいじけじゃなかったらなんだって言うんですか?」

「事実を言ってるだけだろ?」

「ユケイ様がいじけてるのも事実です」


 暗闇の中から声が飛ぶ。


「不敬だぞ!ウィロット!」

「はーい……」


 嗜められた彼女は、ブスッと頬を膨らます。

 暗闇の中彼女の表情を確認できないが、今まで何度も繰り返したやり取りだ。見なくてもわかる。


 季節は雪解けの候、旧世界でいうところの春だ。

 空には満天の星が煌めき、それは手を伸ばせば届くのではないかと思えるほど近い。

 この世界ディストランデに転生して18年、新しく覚えた見慣れない星座が、ここが異世界だということ教えてくる。


 最後に見た旧世界の星空、それは街のネオンにかき消されていた。

 もう18年も昔のことだが、昨日のことの様に思い出せる。


 転生前、俺は地球という星の日本という国で生まれ、そこでは村上拓也と呼ばれていた。

 彼女いない歴=年齢で、ゲームグラフィック制作会社の下請け会社の下請け、上から下まで真っ黒企業で働く底辺社畜。

 残業が月間100時間を超えたのと同時に社内で倒れ、次に目が覚めたのは病院のベッドではなく美しい声と金髪を持つ、お母様の腕の中だった。


 ここが異世界だと完全に確信したのは生まれて1年ほど経った頃だ。

 その頃になればしゃべれなくても大体の言葉の意味は理解できる。日常の中に出てくる「ゴブリン」、「ドラゴン」、「魔法」という心ときめく異世界ワード。

 俺もついに異世界に転生したのか!どうやら俺の父親は小国の王らしい。つまり俺は王子であり異世界転生者!

 兄がいるようなので、王位なんて面倒くさいものはさっさと放棄して悠々自適にスローライフを!……と考えていた頃、俺には魔法の素質である「魔力の目」が全くないということが分かった。


 どおりで魔法という「単語」は頻繁に出て来るのに、その「現象」が目につかないわけだ。

 暗い部屋の中、誰かが「明かり」の魔法を使ったとしても、俺にとっては真っ暗のまま。「暗闇の中みんな器用に歩くなぁ」なんて間抜けなことを考えていた当時の自分を張り飛ばしたい。


「魔法だけが全てではありますまい」


 筆頭守護騎士であるアゼルが、半ば呆れた様子で俺に語りかける。


 アゼルとの付き合いももう長い。


 風の国アルナーグの第三王子として産まれた俺を、彼は幼少の頃から見守ってくれている。

 魔力も持たない王位継承者から早々に外された俺の守護騎士など、ハズレくじ以外の何物でもない。

 それなのに一切の不満を口にせず、常に無表情で俺に付き従ってくれているのだ。

 アゼルは騎士でもあるが、領地は持たない城付きの貴族だ。俺の護衛なんかしなくても、他の道もたくさんあっただろう。

 手柄に程遠い俺の幽閉生活の護衛をこなし、その上今回、盟主国ヴィンストラルドへの人質として差し出される俺の巻き添えを喰らって、国を追い出されることになってしまった。


「アゼルは国に残ってもよかったのに......」

「乗り掛かった船です」


 眉ひとつ動かさず、彼らしく言葉短く答える。 

 星あかりだけではその表情を見ることはできないが、おそらくいつも通り眉間に皺を寄せているのだろう。

 冬の気配を如実にはらむ風が、アゼルの赤く硬い髪を微かに撫でた。


 そもそも、なんで俺はこんなところにいるのだろう。

 人質に出されたことにも文句を多少言いたいが、それ以前に異世界転生だ。


 俺もアニオタの端くれだ、異世界転生がどの様なものなのかは知っている。

 異世界転生と言われれば、正直言って心ときめかないこともない。

 問題はその後だ。異世界へ連れて行く過程で出てくるはずの、やたらフランクな神様もいなければ、超越者や宇宙人、女神様も天使も出てこない。

 異世界転生を手解きしてくれるキャラがいないのだから、当然チートスキルも授けられていないし、魔剣もスコップも、アイテムが無限に持てるアイテムバックも万能ポーションも、居酒屋も持たされていない。ステータス!と叫んでみても、得られるのは奇異な視線だけだ。

 それどころか俺は、この世界の誰もが持っている魔力の源、「魔力の目」が与えられていないときている。


「魔力の目」


 それはこの世界に産まれた生き物、人間も動物も、妖魔すら持つという、魔力を知覚する為のスキルだ。

 そしてそれは、自分の中の魔力を見極める為のスキルでもある。

 このスキルがあることによって、才能や努力の結果、到達する場所は違えど誰もが魔法を使うことができる。


 魔力の目を持たない俺は、つまりバッドステータス「魔力感知不能」、「魔力適正ゼロ」ということだ。


 そもそも俺がイメージする異世界転生と、だいぶ違う。

 チート要素がないこともそうだが、今世と前世の区切りが曖昧なのだ。

 そう、一番しっくりくる表現は、「前世の記憶がしっかりある」という感じだろうか。

 思い返すと、旧世界の出来事がまるで昨日の出来事の様に思い出せる。

 まるで前世の出来事は産まれる一日前に全て体験し、それが全て記憶に残っているかのようだ。

 ある意味それが、チートスキルだと言えなくもない。

 実際俺が離宮に幽閉されている間、それを使って得をしたことが多々あった。まあ、トラブルに巻き込まれたことも相当あったのだが……


「だいぶ遅くなってしまいましたな......」


 アゼルの声に微かな焦りを感じる。

 母国を出ての旅は今日で8日目。現時点で予定より1日遅れており、修正した予定でも日が沈む前に国境の町リセッシュへ着くはずだった。

 しかし、街道の途中で引っ越しの荷物を満載にした荷車の車軸が折れ、交換に1刻、前世の時間にすると2時間ほど立ち往生することになったのである。


 俺が異世界へ来て思い知ったこと、それは「馬車使えねー!」ってことだ。

 そもそも舗装がしっかりしている街中ですら地獄の乗り心地、さらに少しでもスピードを出すとあっという間に車軸が折れる。

 それもそうだ、サスペンションなんてものはなく、車軸のわずか1ミリの誤差でも馬車はガタガタと容赦なく暴れる。

 舗装が行き届いていない街道なんて、場所によっては馬車が侵入することもできず、雨で道が泥濘めば進むことすらままならない。

 それでも、旅行には大量の荷物を運ばないといけないのだ。


「前世の日本では籠や牛車を使ってたけど、それは理に叶ったことだったんだな……」

「何か仰いましたか?」

「あ、ああ、何でもないよ」


 車も電車も飛行機もない、もちろん転移魔法なんて使えるわけもない。

 そもそも転移魔法なんで伝説に出てくる程度の話、伝説は伝説でほいほいそこらへんに使い手はいないのである。

 そこで出てくるのが、馬車より断然軽く取り回しがいい荷馬車である。

 それでも長距離移動の際には、予備の車軸や車輪を、一緒に運ばないといといけない。

 そして皮肉にも、今回車軸が折れたのはその車軸を積んだ荷車だった。

よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] ここで車軸にベアリングとかはしなかったのか。
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