表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
名前のないもの  作者: この作品に作者名はない。僕の名前を書くわけにはいかなし、彼女が書いているとも限らない。そもそも、僕にも彼女にも名前がない。
1/1

質の悪い四枚の黄ばんだ紙に書かれた綺麗な字

 久しぶりにヒトの血を見た。女性の裸を見たのはもっと久しぶりだった。出血の量からして、もう死んでいると思った。内の血も、樹の血も、葉の血も、肌の血も、髪の血も、既に乾いていた。綺綺麗な肌だった。一切日焼けのない色で、血の色が際立つ白さだった。美しい髪だった。夏国の海のような色で、血が水に溶けたように広がっていた。自然は血の経過時間以外僕に何も教えてくれなかった。

 彼女はとても痩せている。空に身体を向けている。あばらの骨が浮き出ていた。まるで、身体の中には何も入っていないようだ。表情はなかった。容姿端麗だ。睫毛と眉毛、あと髪だけしかない。つくりもののようなだ。

 いや、本当につくりものなのかもしれない。

 彼女の身体は、糸で繋がれていた。首も、腕も、肩も、手も、指も、胴も、腹も、脚も、脛も、足首も、糸で繋がれていた。バラバラのパーツを無理やり繋げ合わせたように。薄いが、刀傷のようなものもある。目を凝らしてみないと、わからないけれど。

 不謹慎だけれど、全てが芸術的だった。芸術品のようだった。彼女を家に持って帰ろうかと思った。ただ、それは諦めた。彼女を絵にしようかと考えた。けれど、僕には絵の技術がなかった。生まれて始めての後悔の味がした。

 墓をつくってやろうと思った。彼女の宗教観はわからないから、僕はこのあたりでもっと普及している埋葬方を思い出そうとした。彼女を食べることだった。けれど、僕は肉は食べれない。非常にもったいないけれど、鳥に食わせるしかない。

 どうして彼女は死んでしまったのか考えた。とても若かった。若すぎて、年齢がわからない。美しすぎて年齢がわからない。赤子のように艶やかな肌だが、あまりのも色気がありすぎた。今さら気が付いた。彼女には出血の原因となるような怪我がなかった。けれど、周りに動物も死体もない。魔法によって殺されたのかもしれない。僕は彼女の口に、手を当てた。けれど、森の風でかき消され、彼女に呼吸があるのかわからなかった。彼女の手から脈を測ろうした。けれど、僕は正しい脈の測り方を知らなかった。僕は周囲を確認した。何度も何度も、確認した。心臓の鼓動が速くなった。身体が熱くなった。僕はゆっくりと膝をつき、地面に手をついた。小石が膝に刺さっていたい。それより、心臓の鼓動がうるさい。僕は彼女の胸の横に手を置いた。彼女の身体は僕の影で覆われた。彼女の唇に視線を奪われた。誰にも吸われたことがない。そんな唇だった。僕は、ゆっくり僕の耳を彼女の胸に近づけた。彼女胸と、僕の距離が縮まるほど、僕の心臓の鼓動は速くなった。

 耳が胸についた。乳首の感触がした。想像よりかたかった。胸は融けた。彼女の胸は僕の胸を包み込んだ。柔らかすぎた。心臓がうるさい。僕は深呼吸をした。繰り返した。心臓の音が聴こえた。僕は、しばらくの間、彼女の心臓を聴いた。小鳥のさえずりが邪魔だった。

 僕は、彼女を家まで運び、自分のベッドに寝かせた。ありえない光景だった。

 僕は、濡れた布で彼女の身体を拭いた。なんだか、悪いことをしている気分になった。

 僕は、これからのことを考えた。でも、彼女に奪われた。

 僕は、考えるの諦めて珈琲を淹れた。味がしなかった。

 僕は、彼女が目覚めるのを望んだ。

 僕にとっては、長い時間が流れた。時間が止まったと錯覚するほど長い時間が流れた。

 僕は、彼女の顔を見た。

「おはよう」と僕は言った。

 彼女は何も言わなかった。けれど、瞬きをした。

 この瞬間から、僕と彼女の短い生活が始まった。

 人生で最も短い一年である。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ