質の悪い四枚の黄ばんだ紙に書かれた綺麗な字
久しぶりにヒトの血を見た。女性の裸を見たのはもっと久しぶりだった。出血の量からして、もう死んでいると思った。内の血も、樹の血も、葉の血も、肌の血も、髪の血も、既に乾いていた。綺綺麗な肌だった。一切日焼けのない色で、血の色が際立つ白さだった。美しい髪だった。夏国の海のような色で、血が水に溶けたように広がっていた。自然は血の経過時間以外僕に何も教えてくれなかった。
彼女はとても痩せている。空に身体を向けている。あばらの骨が浮き出ていた。まるで、身体の中には何も入っていないようだ。表情はなかった。容姿端麗だ。睫毛と眉毛、あと髪だけしかない。つくりもののようなだ。
いや、本当につくりものなのかもしれない。
彼女の身体は、糸で繋がれていた。首も、腕も、肩も、手も、指も、胴も、腹も、脚も、脛も、足首も、糸で繋がれていた。バラバラのパーツを無理やり繋げ合わせたように。薄いが、刀傷のようなものもある。目を凝らしてみないと、わからないけれど。
不謹慎だけれど、全てが芸術的だった。芸術品のようだった。彼女を家に持って帰ろうかと思った。ただ、それは諦めた。彼女を絵にしようかと考えた。けれど、僕には絵の技術がなかった。生まれて始めての後悔の味がした。
墓をつくってやろうと思った。彼女の宗教観はわからないから、僕はこのあたりでもっと普及している埋葬方を思い出そうとした。彼女を食べることだった。けれど、僕は肉は食べれない。非常にもったいないけれど、鳥に食わせるしかない。
どうして彼女は死んでしまったのか考えた。とても若かった。若すぎて、年齢がわからない。美しすぎて年齢がわからない。赤子のように艶やかな肌だが、あまりのも色気がありすぎた。今さら気が付いた。彼女には出血の原因となるような怪我がなかった。けれど、周りに動物も死体もない。魔法によって殺されたのかもしれない。僕は彼女の口に、手を当てた。けれど、森の風でかき消され、彼女に呼吸があるのかわからなかった。彼女の手から脈を測ろうした。けれど、僕は正しい脈の測り方を知らなかった。僕は周囲を確認した。何度も何度も、確認した。心臓の鼓動が速くなった。身体が熱くなった。僕はゆっくりと膝をつき、地面に手をついた。小石が膝に刺さっていたい。それより、心臓の鼓動がうるさい。僕は彼女の胸の横に手を置いた。彼女の身体は僕の影で覆われた。彼女の唇に視線を奪われた。誰にも吸われたことがない。そんな唇だった。僕は、ゆっくり僕の耳を彼女の胸に近づけた。彼女胸と、僕の距離が縮まるほど、僕の心臓の鼓動は速くなった。
耳が胸についた。乳首の感触がした。想像よりかたかった。胸は融けた。彼女の胸は僕の胸を包み込んだ。柔らかすぎた。心臓がうるさい。僕は深呼吸をした。繰り返した。心臓の音が聴こえた。僕は、しばらくの間、彼女の心臓を聴いた。小鳥のさえずりが邪魔だった。
僕は、彼女を家まで運び、自分のベッドに寝かせた。ありえない光景だった。
僕は、濡れた布で彼女の身体を拭いた。なんだか、悪いことをしている気分になった。
僕は、これからのことを考えた。でも、彼女に奪われた。
僕は、考えるの諦めて珈琲を淹れた。味がしなかった。
僕は、彼女が目覚めるのを望んだ。
僕にとっては、長い時間が流れた。時間が止まったと錯覚するほど長い時間が流れた。
僕は、彼女の顔を見た。
「おはよう」と僕は言った。
彼女は何も言わなかった。けれど、瞬きをした。
この瞬間から、僕と彼女の短い生活が始まった。
人生で最も短い一年である。