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第十五話 おとーさんとずっといっしょ

ドラゴンと人が共に暮らせる街があるのでは、という情報を聞いたシムス。

ベルースにその街を目指す事を相談するのですが、果たしてベルースの反応は……。


最終話、どうぞお楽しみください。

 町を出て人目につきにくい森の中に入ったシムスは、手を繋ぐベルースに話しかけます。


「ベルース、先程聞いた話だが、北の方に新しい街ができたそうだ」

「あたらしいまち?」

「そうだ。そしてそこの領主は、ドラゴンの姫を妻に迎えているそうだ」

「つま……?」

「お嫁さん、と言えばわかるか?」

「うーん、……なんとなく」


 幼くして両親を亡くし、それからおよそ一年シムスと暮らしているベルースは、人間社会の常識に若干疎いところがありました。

 そこでシムスは、まずその説明から始めます。


「結婚という制度がある。これを行った男が夫、女が妻となる」

「けっこん……、は、なんかきいたことある」

「……そうだな、結婚とは……。愛し合う大人の男女が、一生一緒にいる事を誓う儀式、と言うのが適当だと思う」


 するとベルースの目が、ぱっと輝きました。


「いっしょうって、おじーちゃんおばーちゃんになるまでってことだよね?」

「……まぁ、間違ってはいないと思う」

「じゃあずっと、ずーっと、ずうううぅぅぅっと、いっしょってこと!?」

「そうだな」

「おおー……」


 何やら感心しているベルースに、シムスは説明を続けます。


「その街なら私がドラゴンという事を明かしても、騒ぎにならずに暮らせる可能性がある。これからはそこを目指そうと思うのだが、どうだろうか」

「おとーさんがドラゴンってことをかくさなくていい……。ってことは、まちのなかでもあったかあわあわできるってこと?」

「む……。まぁ、そうなるな」

「ふかふかのパンはたべれる?」

「確約はできないが、おそらくパン屋はあるだろう」

「……やさいのごちそうはある?」

「店があるかはわからないが、なければ私が作ろう。野菜と調理器具が揃えば、今までよりは美味しく食べられるようにできるはずだ」

「むー……。おっきいままのおとーさんといっしょにねれる?」

「それは……、どうだろうか。住む場所の大きさにも寄るが、難しいとは思う。だがベッドで一緒に寝る事はできる」

「ベッドはわるいまほうがあるから、べつになくてもいい」

「そ、そうか」

「……そこについたら、ずっとそこでくらすの?」

「可能ならばそうした方が良いと思っている」

「ふむー……」


 質問を終えたベルースは、何やら考え始めました。

 シムスはその様子を見ながらじっと待ちます。


「……きめた!」


 しばらくしてベルースは顔を上げました。


「そのまちにいこう!」

「そうか」


 ベルースの言葉に、シムスはほっと胸を撫で下ろします。

 見知らぬ街にベルースがどう反応するか、シムスは若干の不安を抱えていたのでした。


(杞憂だったか。ベルースは未知のものへの好奇心が強いから、おそらく大丈夫だとは思ってはいたが……)


 そんなシムスの手を、ベルースはぎゅっと握ります。


「ベルース?」

「そこならおとーさん、のんびりできるんだよね? ドラゴンってないしょにしないでいいから、たのしくすごせるんだよね?」

「!」


 シムスは息を呑みました。

 無邪気で、何もかもを楽しんでいるように見えたベルースの不安が、震える手から伝わってきたからです。

 それでもシムスの安らぎを思って決意を固めたベルースを、シムスは思わず抱きしめました。


「お、おとーさん?」

「……ありがとうベルース。私は幸せだ。ベルースに出会えて良かった……」

「!」


 震える声と肩に落ちるしずく

 ベルースはシムスが自分の前で初めて泣いている事に気が付きました。


「おとーさん……。おとーさん……! おとーさん! わあああぁぁぁ……!」


 初めて見る父の涙への驚きと不安。

 初めて見せてくれた姿への感動と喜び。

 幼いベルースには抱えきれない感情が、涙と叫びになってあふれ出します。

 太陽が真上を過ぎるまで、二人の慟哭は続きました。




「あぁ、その、済まなかった、ベルース」

「……べつにいい」


 落ち着いた二人は、何となく気まずい雰囲気に包まれていました。

 その空気を打開するべく、シムスは努めて明るく声を出します。


「今から出発するとそう行かないうちに夜になるし、今から町に戻るのも手間だから、今日はここで野営しよう。それでどうだろうか?」

「……うん……」

「で、では用意する……」


 シムスを見ようとしないベルースに、意気を挫かれるシムス。

 溜息をつきながら野営の支度を始めます。

 するとその背中に、


「……」

「ベルース?」

「……」


 ベルースが無言で張り付きました。


「どうしたベルース?」

「……」

「何か希望があるのか?」

「……」


 ベルースは何も答えません。

 仕方なくシムスはそのまま野営の準備を進めます。


「ベルース。肉が焼けたぞ」

「……」


 ベルースは肩越しに串を受け取ると、そのままかぶり付きました。


「ベルース。歯を磨こうか」

「……」


 シムスが魔法で作った水球を、ベルースは無言で口に入れます。


「ぐじゅぱぶらびじゅぶばじゃぶらびじゃ。……ぺっ」

「……よくできた」

「……」


 微細な振動で汚れを落とす水球に口の中をかき回されるも、無表情のまま耐え、吐き捨てるベルース。

 この歯磨きがあまり好きではないベルースは、終わるといつも褒める事を要求するのですが、今日は何も言いません。


「……元の姿に戻るぞ?」

「……」


 相変わらず返事はしませんが、ベルースはその肩にぎゅっと掴まります。

 シムスは落とさないように慎重に身体をドラゴンの姿に戻しました。


「……では眠るかベルース」

「……」


 ベルースは無言のまま、シムスの腕の中へと移動します。

 とりあえずいつもの形になって、シムスがほっとしたのも束の間。


「……おとーさん」

「な、何だ?」


 突然声をかけられて、シムスはびくりと震えます。


「おとーさんがなくと、わたしはびっくりする」

「あ、あぁ、済まない。さっきはベルースの気持ちが嬉しくて、つい気持ちが昂ってしまった」

「だからおとーさんがなかないでいいように、わたしがんばる」

「え、あ、うん、私も頑張る」

「おーきくなったら、わたしがおとーさんのおよめさんになる。ずーっとずーっといっしょにいる」

「え?」

「……そうしたら、おとーさん、さびしく、ない……」

「ベルース?」

「……だから、おとー、さん……、なか、ないで、ね……」

「……」


 かくりとベルースの身体から力が抜け、じきに寝息を立て始めました。


「ベルース……」


 空いている手でベルースの頭を撫でるシムス。


(こんな小さな身体で私を孤独から守ろうとしていたとは……。守っているつもりだったが守られてもいたのだな……)


「……おとーさん、けっこん……」


 身じろぎをしたベルースの寝言に、シムスは苦笑を漏らします。


(幼さ故の言葉、いずれ忘れる言葉だとしても、父として嬉しく思うぞ、ベルース……)


 シムスは微笑みながら、ベルースのあどけない寝顔を眺めるのでした。




 森の木々の間から、朝日の光が差し込んできました。

 暖かな光がベルースの顔を照らします。


「……んむ」

「起きたかベルース」

「……おはよ、おとーさん……」


 目をこすったベルースが、大きく伸びをしました。


「顔を洗ったら朝食にしよう。保存用のパンと干し肉だから、少し固いが……」

「がんばる!」

「そうか」


 いつも通りのベルースに、シムスはこっそり安堵の息をつきます。


(昨日のような思い詰めた様子は、対応に困る。やはりベルースはこの元気な姿が一番良い)


 魔法で作った水球で顔を洗い、干し肉を挟んだパンにかぶりつくベルースを、シムスは穏やかな気持ちで見つめるのでした。




「では出発だ」

「おー!」


 ベルースを背に乗せてシムスが飛び立ちます。

 あっという間に高度を増したシムスは、北へと進路を取りました。


「どんなところかなー! たのしみだなー!」

「そうだな」


 二人は希望を胸に、新たな街を目指します。

 その未来に何の不安もない事を象徴するかのように、朝日が照らす空は雲一つなく、どこまでも抜けるような青空なのでした。

最後までお読みくださり、ありがとうございます。


仙道アリマサ様の曲に『草原の夜明け』のイメージをいただいて書き始め、そのうち『活気ある市場』の絵も浮かび、気がつけば全十五話……。

ラストは色々迷いましたが、やはり当初の『朝』のイメージで締めてみました。

音楽の力ってすごい。僕は改めてそう思った。


仙道アリマサ様、素晴らしい曲と企画をありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 二人の絆の深さ、強さに感動しました。 小さいながらもおとーさんを大事に思っていて、色々と考えているんですね。 青い空に背中にベルースちゃんを乗せたシムスさんが飛んでいるシーンが、とても…
[良い点] 完結お疲れ様&おめでとうございます。 かわいい二人が、幸せに暮らせる町へ行けそうですね♪ 良かった良かった。 [一言] おとーさんは十数年後、おっとになっているのだろうか? それとも『女…
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