第十三話 おとーさんとふくえらび
町を気に入った様子のベルースに、旅を続ける事への迷いを感じるシムス。
しかし、一緒に居られればそれで良いと告げるベルースに、シムスは何とも言えない暖かさを感じるのでした。
さて一夜明け、町を発つ前に服を買い揃えようとしますが……?
どうぞお楽しみください。
窓から朝の日差しと鳥の鳴き声が、部屋へと入ってきました。
「……んむ?」
「おはようベルース」
「……おとーさん、おはよー……」
寝ぼけ眼をこするベルースに、シムスは優しく声をかけます。
「顔を洗ったら朝食を食べに行こう。何が良い?」
「……きのうの、ふかふかパン……」
「わかった。では顔を洗いに行こう」
「……おみずだして……」
「いや、洗面所で洗おう」
「……うん……」
まだ動きの鈍いベルースは、それでもシムスの言葉に従ってベッドを降りました。
「……このベッド、やっぱりだめ……」
「何か問題があったか?」
「……なんかおきたくなくなる……。おとーさんによっかかってねるときは、ぱっとおきられるのに……」
「それはベッドの方が寝心地が良いという事ではないのか?」
「! ちがう! このベッドは……、そうだ! きっとわるいまほうがかかってる!」
何としてもベッドの良さを認めたくない様子のベルースに、シムスは苦笑を噛み殺します。
ベッドをぽふぽふと叩くベルースの頭を撫で、シムスは扉を開けました。
「では悪い魔法を解くために、顔を洗って美味しいご飯を食べに行こう」
「うん!」
元気になったベルースは、洗面所に向かって走り出します。
その様子を微笑んで眺めながら、シムスも後を追いかけました。
市場の噴水の側のベンチに腰掛けたベルースは、パンの最後の一口を飲み込みます。
「おいしかった!」
「それは良かった」
「きのうたべられなくて、おとーさんがたべちゃったパンもたべれた!」
「甘辛い挽肉の入ったパンだったな」
すると、ベルースの目に恨みがましい色が浮かびました。
「……そういえばあんなおいしいの、きのうはおとーさんひとりでたべた……」
「いや、それはベルースが満腹だったから、やむなく……」
「……」
弁明をするも、ベルースの表情は変わりません。
そこでシムスは、これまでの経験から状況打開のための声かけを導き出します。
「しかし今日ベルースと分けて食べた時の方が美味しかった」
「!」
途端にベルースの機嫌が劇的に回復しました。
「そっかー! いっしょにたべたときのほうがおいしかったかー! ならいいや!」
ベルースに笑顔が戻ったのを見て、シムスは胸を撫で下ろします。
「さて、後はベルースの着替えを何着か買ったら出発だ」
「わかった!」
「何か服に希望はあるか?」
「はしりやすいのがいい!」
「わかった」
二人はベンチを立ち、お店を探しに歩き始めました。
市場から少し離れた落ち着いた商店街。
その真ん中辺りで、子ども服を取り扱っている店が見つかりました。
「いらっしゃい。あら、可愛らしいお客さん」
服を並べていた年の頃三十前後の女性が、ベルースに目を向けてにっこりと微笑みます。
「済まない、この子に合う動きやすい服を数着見繕ってもらえるか」
「動きやすい服?」
女性は目を丸くしました。
そして首を横に振ると、シムスに詰め寄ります。
「お父さん? もったいないですよ! こんな可愛い子、お洒落させてあげないと!」
「え、いや、しかし娘が動きやすいものを着たいと……」
「何を言っているんですか! 女の子の可愛さは年を重ねるごとにどんどん変化するんですから! 今の時期ならふんわりしたワンピースとか良いですよ!」
「あ、その、私は服に対して造詣があまりなくて……」
「ではお任せください! 素敵に変身させて見せます! この店の名にかけて!」
「お、お願いします」
女性の圧に、シムスは否応なしに頷きました。
次に女性は表情を緩めてベルースへと向かいます。
「お嬢ちゃん、名前は?」
「ベルース!」
「ベルースちゃんね。じゃあこれから、お父さんがびっくりするくらい可愛い服を着てみましょうね」
「おとーさんがびっくりする!? みてみたい!」
「お姉さんに任せて!」
そう言うと、女性はベルースを連れて奥へと入っていきました。
待つ事数分。
「お待たせしました!」
「おお、ベルース。似合ってるぞ」
「そうでしょう! ベルースちゃんなら、こんな明るい色の服が似合うと思ったんですよ!」
「……」
女性に連れられて、オレンジ色のワンピースを着て、頭には若草色のカチューシャを付けたベルースが戻ってきました。
しかしその顔は、何かしら不満を抱えているようです。
「どうしたベルース」
「……ひらひらしてるのやだ。うごきにくい……」
ワンピースの裾をぎゅっと握るベルースに、女性が慌てた声をかけました。
「あ、あの、でも、すごく似合ってますよ! 可愛いですし! ねぇお父さん?」
「あぁ、よく似合っているし、可愛いと思う」
「ね、だから」
「おとーさんはわたしがなにきても、にあってるっていうし、かわいいっていう」
「……」
「ベルース……」
言葉を失う二人に、ベルースは更に言い募ります。
「だからわたしは、わたしのきたいのをきる! おとーさんがなんでもほめてくれるから!」
「ベルースちゃん……!」
「そうか……」
「おとーさんがびっくりしたら、このふくでもがまんしたけど!」
「それは済まなかった」
シムスは嬉しそうな顔のまま、女性に申し訳なさそうに頭を下げました。
「済まないが、やはり娘の望む服を用意してもらえないだろうか。この服も似合うと思うのだが、私は」
「みなまで仰らずともわかりました! ズボンを中心に、軽くて柔らかい生地のもので組み合わせさせてもらいます!」
「済まない。感謝する」
「私の方こそありがとうございます! 服屋だという自負で、押し付けがましくなっていました! お客様の望むものをお出しするという原点に立ち戻れました!」
にっこり笑った女性は、手近な棚からいくつか服を取り出し、ベルースに見せます。
「これは汗をかいたり、水に濡れたりしても、お日様に当てたらすぐ乾いちゃう服!」
「おおー! それいいな!」
「こっちは柔らかい生地のズボンだから、足の曲げ伸ばしが楽なの! ちょっと手を入れてみて!」
「おー! かるくまがる! すごい!」
「それとこっちはね……」
「うんうん!」
楽しそうにはしゃぐベルースに、優しく微笑むシムス。
予定より時間はかかりましたが、ベルースが気に入った服を買え、満足な気持ちで宿へと戻るのでした。
読了ありがとうございます。
ベルースは、服はデザインより機能派。
シムスは本来服を着ないので、全く頓着しない派です。
旅向きではあります。
次話もよろしくお願いいたします。




