第十一話 おとーさんとふあんなきもち
苦手な野菜を克服したベルース。
その胸に去来する不安とは……。
どうぞお楽しみください。
「……おとーさん、おなかいっぱい……」
「うん、よく食べたな」
満足そうなベルースに、シムスも満足げに頷きます。
「ナカアキの実だけじゃなく、三角根や熟裂果もちゃんと食べて偉かったぞ」
「あのオレンジでかったいのはあまくてやわらかかったし、あかくてまるくてかむとぶしゅってなるやつは、おにくでまいたらおいしかった!」
「それは良かった」
微笑むシムスをベルースはじとーっと睨みました。
「……おとーさん、やさいをなまでたべさせすぎ。おいしくしてくれたら、わたしもちゃんとたべられる」
「す、すまなかった。今後は善処しよう」
シムスの謝罪に、ベルースはきょとんとした顔で首を傾げます。
「……ぜんしょ?」
「ベルースに美味しいものを食べさせられるように頑張る、という意味だ」
「おー! おとーさん、いっぱいぜんしょして!」
「わかった」
ベルースの満面の笑みに、顔を綻ばせるシムス。
そんな様子を見て、女店員が笑顔で二人の卓へとやってきました。
「お嬢ちゃん、うちの料理はどうだった?」
「おいしかった! にがにがもかったいのも、ぶちゅってなるやつもぜんぶたべれた!」
「そりゃあ良かった! じゃあこいつは頑張ったご褒美だ!」
女店員はそう言うと、二人の前に白くてぷるんとしたものを置きます。
ベルースの目が更にきらきらと輝きました。
「おねーさん! なにこれ!」
「豆乳に砂糖と蜂蜜を混ぜて固めたものさ! ご飯の後の甘い菓子ははまた格別だからな!」
「あまいの!?」
「あぁ! それにぷるぷるしていてつるんと食べれて、お腹いっぱいでも食べれちゃうんだ!」
「わぁ……!」
わくわくした表情でシムスを見るベルース。
「おとーさん! たべていい!?」
「あぁ、有り難くいただこう」
「わーい!」
シムスの許可を得て、ベルースはスプーンを菓子へと突き刺します。
頬張ったベルースの顔が驚きに包まれ、次いでとろりと溶けました。
「味はどうだベルース」
「……あまーい……。おいしーい……」
うっとりするベルースに、女店員は得意げな表情を浮かべます。
「そうだろそうだろ! あたしはいずれこの豆乳菓子でこの店を菓子屋に変えてやるんだ!」
すると厨房から五十そこそこの男が顔を出しました。
「何おっそろしい事言ってんだ! この店は俺の親父の代から酒と料理の店なんだよ! おめぇなんかとっとと嫁に行っちまえ!」
「はっ! そんな事言って後悔するよ! おふくろと晩酌しながら、『あいつが嫁に行っちまったら、店畳もうかな』なんて言ってたくせによ!」
「俺がそんな事言うわけがねぇだろ! 父親ってのはな! 娘を持った日から別れる覚悟はしてるもんだよ! 寝ぼけるなら店閉めてからにしやがれってんだ!」
「あー、はいはい! そう言う事にしておいてやるよ!」
「しょうもない事言ってねぇで空いてる席片付けろ!」
「あいよ!」
親子のやり取りを、常連達は微笑ましい気持ちで見つめます。
同じように眺めていたシムスは、ふとベルースの表情が固い事に気が付きました。
「ベルース、どうした」
「……おとーさん、わたしもおーきくなったら、おとーさんとおわかれするの……?」
「……ベルース」
「……あのときみたいに、おいてこうとするの……?」
「……」
ベルースの心細げな表情に、シムスは言葉を失います。
シムスはかつてベルースの幸せを思い、人間の元に帰して立ち去ろうとした事がありました。
(夜一緒に寝たがるのも、眠っている間にいなくなる恐怖を感じているのかもしれない。不安にさせまいと振る舞っていたつもりだったが、なかなか難しいものだ)
シムスは目が潤み始めているベルースの頭を優しく撫でます。
「おとーさん……?」
「ベルース。私はベルースを大切に思っている。ベルースが望む限り、私は側にいる」
「ほんと……?」
「本当だ」
「ずっといっしょ?」
「あぁ、ずっと一緒だ」
「……うん!」
ベルースに輝くような笑顔が戻りました。
二人は知るよしもありません。
この様子を見て子どもが小さかった頃を思い出した店主や客達が家族に若干優しくなり、町に小さな幸せの灯がいくつも灯った事を……。
読了ありがとうございます。
おまけ。
店主親子のその後。
「親父! 皿の片付け終わったよ!」
「お、おう。……そしたら賄い食っちまいな」
「あいよ! ……って親父! これ客用の……!」
「……おめぇ、これ好きだろ? ま、たまにはな……」
「……親父、熱でもあるのか?」
「う、うるっせぇ! とっとと食え!」
「……ありがとな親父」
「……ふん」
素直なようで素直じゃない、少し素直な親子。
次話もよろしくお願いいたします。




