第十話 おとーさんとすききらい
シムスはベルースと共に晩御飯に向かいます。
野菜を食べさせたいシムスと、何とか食べないですませたいベルースの攻防戦の行方は……?
どうぞお楽しみください。
ベルースを肩に乗せたシムスは、夕食の店を探して歩きます。
「おとーさん! なにたべる!?」
「そうだな、肉と野菜を両方食べられるところが良いな」
途端にべルースの言葉の勢いが弱まりました。
「……にくだけでよくない……?」
「そうもいかない。野菜を食べないと身体の調子が悪くなるからな」
「……でもにがいのはいらないとおもう……」
「苦味の中に身体の調子を整える成分が含まれているからな。必要だ」
「……でも……」
「大丈夫だ。ベルースならナカアキの実も食べられるようになる」
「……ほんと?」
「私はそう信じているぞ」
「……!」
ベルースはシムスの頭をぎゅーっと抱きしめます。
そして元気よく言い放ちました。
「がんばる! にがにがもやっつける!」
「その意気だ」
「おとーさんがしんじてくれるなら、そのきたいにこたえないと!」
「そうか」
ぶんぶんと腕を振り回して張り切るベルース。
その様子を微笑ましく思っていたシムスの目に、肉と野菜の絵が描かれた看板が映りました。
感知魔法を展開して、お店の中に子ども連れがいるのを確認すると、シムスはベルースに声をかけます。
「ベルース。右手の店が良さそうだ。入ってみよう」
「お、おぉ。ど、どんとこいだ」
そう言いつつもべルースの手は、シムスの頭にぎゅっとつかまっていました。
シムスはその背中をぽんぽんと叩きます。
「大丈夫だ。一口か二口食べたら、後は私が食べよう」
「ち、ちがうぞおとーさん! こわがってるんじゃなくて、あのにがさをおもいだして、たたかうきもちをたかめてるだけだ!」
「そうか」
「……もうだいじょうぶだから、おとーさんおろして……」
「わかった」
肩車から降りたベルースは、シムスの手をぎゅっと握って、二人でお店の入口をくぐりました。
二十半ば程の女店員が、二人を見つけて声をかけます。
「いらっしゃい! 二人かい?」
「あぁ」
「それじゃそっちの卓に座ってくんな!」
「わかった。行こうベルース」
「う、うん」
緊張した面持ちのベルースに気付き、女店員が話しかけてきました。
「どうしたんだいお嬢ちゃん! にがーいお薬飲む前みたいな顔しちゃって!」
「……せいかい」
「はっはっは! ここはお医者さんじゃなくて飯屋だよ? 美味しいものでいっぱいさ!」
「……でも、にがにがのとたたかわなきゃいけない……」
全く表情が明るくならないベルースに、女店員はシムスへと水を向けます。
「この子、どうしたんだい? 随分と思い詰めた顔してるけど」
「あぁ、ベルースは野菜が苦手なのだ。だが健康のためには食べる必要があるので、頑張って少しでも食べるように話したところだ」
「ほうほう、成程ねぇ。なら任しときな! うちはこれまで何人もの野菜嫌いを治してきたからね!」
「!」
胸を叩く女店員に、ベルースの目が輝きました。
「かっこいい……! おねーさん! にがにがで、なかみからっぽで、みどりのやつも、おいしくたべれる!?」
「ナカアキの実かい? ならうちのおすすめがあるよ! 肉は好きかい?」
「だいすき!」
「なら大丈夫だ! 座って待ってな! その間に他の注文があれば決めておいておくれ!」
「わかった」
元気を取り戻したベルースとシムスは、示された卓へとつきます。
「おとーさん! どんなのがでてくるのかな!」
「うん、楽しみだ」
「……でもにがかったら、おとーさんたべてね……」
「わかった。頑張ってベルースが少しでも食べた後は、私が処理しよう」
それを聞いて、ベルースは安心したように微笑みました。
卓に置いてある献立を取ると、逆さまに開きます。
「ほかにはなにたべる?」
「最初の料理が来てから考えよう。どれくらいの量のものが来るか分からないからな」
「わかった!」
そうこうしているうちに、女店員が料理を運んできました。
「はいお待ち!」
そこにはベルースの掌くらいの大きさの肉が、緑色の器の中で湯気を立てています。
ナカアキの実を警戒していたベルースは、大好物の匂いにはしゃぎだしました。
「おお! おにくだー! おいしそー!」
「ほう、細かく挽いた肉を、ナカアキの実の中に詰めて焼くとは……。初めて見る料理だ」
シムスの言葉に、ベルースはぎょっとして振り向きます。
「え、おとーさん、このみどりのはうつわじゃないの……?」
「ナカアキの実だ」
「……え……」
「そーだよ! 丸ごとぱくっと食べておくれ!」
「……」
信じられないものを見るような目で、料理を見つめるベルース。
「……おとーさん、いっこたべてみて……」
「わかった」
声が震えているベルースの言葉に、シムスは事もなげに口に入れました。
噛んで飲み下したシムスは、ベルースに微笑みかけます。
「なかなか美味しいぞ」
「……おとーさん、なんでもおいしいっていうから、しんようならない……」
味見の意義を全否定したベルースは、再び料理を見つめました。
そして意を決してフォークを握ります。
「……あむ。……むぐむぐ。……!?」
苦味に耐えようと眉間にしわを寄せていたべルースの顔が、ぱあっと輝きました。
「……んっく。……なんだこれー! にがにがじゃない! かわがぱりっとして、おにくがじゅわっとしておいしい! おとーさん! これしあわせのあじだ!」
「それは良かった」
「な? ナカアキの実も、料理の仕方で美味くなるのさ!」
「おねーさんすごい!」
「そうだろうそうだろう。まぁ作ってるのはうちの親父だけどな。ははは」
「勉強になった。これまでは生でしか食べた事がなかったからな」
「!?」
シムスの言葉に、女店員が目を見開きます。
「え、それお嬢ちゃんも生で食べてたのかい!?」
「そうだ」
「……お父さん、そりゃあ苦手にもなるよ。ナカアキの実は一応生でも食べられるけど、大人でも慣れない人は飲み込めないって言われるくらい苦いんだよ?」
「……そうなのか」
「……おとーさん」
ベルースにじっとりと睨まれ、シムスは頭を下げました。
「すまないベルース。焼いて食べるという発想がなかった」
「むー! そのせいでずっとにがにががこわかったんだぞー!」
「本当に悪かった。償いなら何でもしよう」
シムスの心からの謝罪に、ベルースは腕を組んで鼻息を強く吐き出します。
「……むー。でもにがにががおいしいおみせをみつけたから、それでゆるす!」
「ありがとう」
「あとがんばったから、あたまなでて」
「勿論だ」
頭を撫でられたベルースの機嫌は絶好調に戻り、ナカアキの実の肉詰めの二個目を満面の笑みで頬張るのでした。
読了ありがとうございます。
ナカアキの実はピーマンによく似た野菜ですが、本文中の通り苦さは桁違いの代物です。
そりゃあベルースのトラウマにもなります。
ちなみに焼くと苦味が揮発して、ピーマン程度の苦さになります。
おねーさんありがとう。
次話もよろしくお願いいたします。




