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第一世界群

陰陽師の娘

作者: 空静


4日間連続短編投稿企画…なのですが、設定ミスって本日同時に3/4、4/4を投稿します


「あの子が例の」

「ご当主様もお嘆きでしょう」


耳に、刺さる。


「お前を孫とは認めぬ。疾く去るがいい」


視線が、痛い。


「申し訳ありません。こちらは『陰陽師』の方のみ通行を許可させていただいております。陽様は…その、一般人ですので」


心が、壊れる。




そうだ、私は無能なんだ。


陰陽師の家に生まれたのに、呪力を持たずに生まれた無能。


それが、私だ。





***




京都の一角に大きな屋敷を持つ、ここ安倍(あべの)家はあの安倍晴明を先祖に持つ陰陽師の名門。

才能がものを言う陰陽師は家柄至上主義。その中でも最高位の安倍宗家の後継として生まれた子供はそれはそれは大事にされる。生まれた時から沢山の従者に囲まれ蝶よ花よと育てられるものなのだ。


しかし、今代に至っては事情は複雑。

宗家当主の嫡孫として生まれた安倍(あべの)(はる)。彼女に呪力がなかったのだ。


呪力とは陰陽師が術を使う際に使用するエネルギー源、ゲームで言うMPのようなもの。

わかりやすくいえば陽はMP0の魔法使いであった。


そんな彼女に名門、安倍家の当主は果たして務まるのだろうか。

不可能である、と親族たちが決断を下すのも無理はないだろう。


かくして、安倍陽は18歳で家から追い出されることが決まっている哀れな少女となった。




***




安倍陽の1日はけたたましい目覚し時計の音と共にはじまる。

銀色の髪を無造作にかき分け、寝起きのためにその紫の瞳は焦点が合わぬままのそのそと起き上がり、もぞもぞと着替え、のろのろと食堂へ向かうといつも通り料理番たちがお弁当と残り物感あふれる朝食を用意してくれていた。


「おう、陽ちゃんおはよう。今日もそこに置いてあっから」

「いつもありがとう、おっちゃん」

「何言ってんだ。子供に飯食わせるのが俺の仕事だ。…まあ毎日毎日安倍家上層部(おえらいさん)の飯作った時に出た余りってのも申し訳ないんだけどな」

「食べさせてもらってるだけで満足だから。それにおじいさま達のご飯って基本的に絶品が出されるからむしろ最高」

「まあそうなんだけどよぅ…俺としちゃあ陽ちゃんみたいな子が除け者にされなきゃいけないのも腹が立つけどな。こんなにいい子なのに」

「そう言ってくれる人がいるだけで満足だよ、ありがと」


本家本流の娘であるはずの陽は冷遇されている。宗家の家族が住む母家にも安倍家本部棟にも入れてもらえていない。許されるのは陽の住む離れと使用人棟の往復のみ。

上層部からしたらなぜ無能を家に置いておかなければならないのかと、そもそも家にいることすら疎まれている。さらには、日本人とは到底思えない銀の髪に紫の瞳というその色彩が事情をさらにややこしくしている。数年前DNA判定で両親の実の子と証明され陽の母親の疑惑を黙らせたものの、偏見の目というのは残っている。


そんな陽でも大切な娘である両親は必死に引き留めたと聞くが、次期当主である父は出自不明の母と反対を押し切って結婚したり、無能(はる)を産んだりしたせいで影響力があまりない。だから陽は18歳で追い出されるのだ。

いや、18歳まで伸ばした両親の健闘を称えるべきであろうか。

何はともあれ、追い出されることには変わりがない。猶予はあと2年と短く、その僅かな時間を謳歌していた。


不満があるか、と聞かれれば正直そんなにない。両親とは月に一度程度ではあるが会えているし、妹に至っては毎日会えている。友人だっているし、あとご飯美味しい。昔は傷ついたこともあったけれどもう16年も生きればそこまで気にしなくなるのだ。

家族も友人もいて、不満があるだなんて言った方がバチが当たる。

ただ、妹たちが任務を終えた後傷だらけで帰ってくる時だけは心が痛む。何もできない己と、それをどう頑張っても挽回できるわけのない才能のなさに。






ささっと朝ごはんを食べ終え、料理番作のお弁当を携え部屋に戻り、5分で学校に行くための準備をし、裏門からそっと出ていく。陽に正門は使えないのと、シンプルにそちらの方が早いからだ。


京都でも一等地に属するここは、元を正すと中・下級貴族であった人たちが多く住む場所であり、立派な日本家屋が立ち並ぶ。観光客も来ないこの辺は交通の便は最悪で最寄りのバス停である京都駅前までは歩いて30分以上はかかる。

自転車で行けばもう少し早いのだが、駐輪代で1ヶ月のお小遣いが半分吹き飛ぶので諦めて歩いている。


まだ朝も早い時間、家と家の間隔が広いこともあってあたりはしんと静まりかえっていた。




が、嵐というのは突然やってくるものだ。後ろからの突進音に気づいた時にはすでに遅し。諦めてドンっとくる衝撃に備えた。


「お姉様っ!こちらにおられたのかしら、一緒に学校に行くのよ!」

「葉子!朝から危ないでしょ」


後ろからぎゅーっと陽を抱きしめている猪の正体は安倍(あべの)葉子(ようこ)。陽の実の妹だ。

重度のお姉様信者(シスコン)であり、陽があの家でもグレず健やかに育った原因でもある。

そして、あまり陰陽師として優秀ではないと聞いている可哀想な妹だ。


「お姉様と一緒に学校に行けるのが嬉しくて……つい」

「ついって。私は高校、あなたは中学校でしょう。それに2人みたいに付属校なわけでもないし」


葉子は京都でも超名門の私立の学校に幼稚園の頃から通い、対して陽は公立の普通の高校だ。

ここにも格差を感じるが、葉子達の学校は少々豪華すぎて離れ暮らしの陽にはちょっと眩しすぎる。

それを言うとこの妹はむくれるが、まあ事実は事実。


一緒に行こうと誘ったが遠回しに断られた葉子は明らかに肩を落とし


「そう、かしらね。わたくし一人で参るのよ」


としょぼくれていると、閑静な街に響く大きな笑い声が聞こえてきた。全くもって近所迷惑である。


「そーだ、お子様は一人寂しく行くんだなァ」

蘆屋(あしや)滿(みつる)っ!邪魔しないかしら!朝の大事なお姉様との時間を邪魔されたくないのよ。それにお前だってお姉様と学年は同じでも学校は違うかしら!」


端正な顔を意地悪そうに歪め騒音の主、蘆屋滿は笑う。

彼は蘆屋道満を先祖にもつ安倍家と並ぶ名門、蘆屋の若き当主だ。陽とは同い年の幼なじみで、陽の数少ない友人の一人。


そんな友人の滿と葉子は仲良くしてほしいと心から思うのだが、残念ながら彼らは会うたび(要は毎朝)喧嘩している。

しかしこの喧嘩の最大の被害者は陽では無い。


「お2人とも、朝から喧嘩しないでください…」

「晴明、てめェはだまってろォ」

「なんでですか?!」


朝から今日も胃が痛い…と胃のあたりを抑えている彼こそが最大の被害者、安倍晴明。

あの安倍晴明(あべのせいめい)の生まれ変わりとされ、彼の元式神である玄武が付き従っている大天才。次期当主の娘である陽と葉子を差し置き子世代で当主に最も近いと言われる男。しかしその偉大な才能とは反比例して肝が小さく、年中胃を痛めている。異形の怪物を滅する陰陽師に求められる苛烈な性格からは最も遠く、理想の力に最も近い。ちなみに陽と葉子の従兄弟だ。


ところで、この2人は本来安倍家から送迎車が出ているはずだが何故か今いるのは車のない裏門。滿は「オレはそういうタイプじゃねェ」となぜか陽と一緒にバスで通っているが、2人はそうではない。


「葉子、車はどうしたの?」

「安心なさってほしいかしら!誰かが駆動系に爆の札を貼ったので再起不能なのよ」

「…物は大切に扱おうね」


陽は送迎車破壊の犯人に少々呆れ顔で諭した。葉子は「わたくしじゃないかしら!」と主張してはいるものの、愛する姉の言葉で反省はしているようだった。


「途中まで一緒に行こう。滿は葉子と晴明に噛み付かないの」

「べ、別に噛み付いてるわけじゃねぇ!」


と滿は吠えるもめっきりおとなしくなる。

陽には従順な今代の蘆屋家当主の姿である。




***




「お姉様!そこでわたくしがバーンと倒してやったのよ!」

「小さな子を守るなんてさすが葉子、えらいしすごい」

「けどあんな小さな子が夜に一人でうろついているのは危ないと思って早く家に帰れって言ったら『ぼくはとらだから』って返してきたのよ」

「最近の戦隊モノは虎モチーフなのかな」

「いや、最近は龍らしいですよ。ドラゴン戦隊って調べたら出てきました」

「……じゃあ何で虎?」

「シンプルに虎が好きだったんじゃねェの?」

「よくわからないけど(あたる)叔父様が『虎でも夜は寝るのよ!まったくもう。ほら、お家はどこ、送ってあげるから』って仰って。その直後に保護者の方が迎えにきてくれたから特に問題はなかったかしら」

「叔父上らしいね」


陰陽師は夜、ローテーションを組んで街を巡回している。そこでちょっとしたトラブルに遭うのも珍しくはなく、陽があまり強くないという葉子が怪我をしないか日々案じている理由でもある。

ただ、基本的に葉子が組むのは親世代では最も強い叔父の中であることが多く、それは安心できている。子供が残せるのならば三男である彼が当主になっていたとも言われているほどの人物だからだ。





『次はぁ雲母坂学園前ぇ雲母坂学園前ぇ』

「ではお姉様、ごきげんよう。放課後大急ぎで帰宅するかしら」

「無理しないでね…」


バスは気付けば三人の通う雲母坂学園に到着した。ここは安倍家や蘆屋家がある場所以上の高級地で、ここに住むのは上級の大貴族や皇族を祖に持つ人間が多い。


話し相手がいなくなったのも束の間。雲母坂学園前では唯一の友人、鷹司紫が乗車してくる。


「おはよう、陽。今日は楽しそうやったみたいでなによりや。いつもは幼馴染の滿くんと二人っきりやのにね」

「おはよう、紫。その言い方あんまり嬉しくない」

「事実やろ?」

「そうだけど」


上品に笑う紫に育ちの良さが垣間見える。雲母坂学園前から乗車してくることといい、相当いい家の気配はするが、聞いてもはぐらかされてしまう。「そもそもええ家の子はバスに乗らんやろ?」と言われると何とも返し難いのだ。


「ねえ、陽」

「なに?」

「今幸せ?」

「……はい?」

「世間話なんやから深く考えんといてや」

「そりゃ普通じゃない?あ、でも5月の中間試験が終わるまでは幸せじゃないかも」

「あははは!陽は中学の頃から英語と生物がえらい苦手やもんなぁ。数学と天文学の時の地学、古文と漢文、それと日本史はほぼ満点なのに。理系ってわけでも文系ってわけでもないこの偏りなんなん?」


数学と天文学は陰陽道の基礎。

古文漢文は資料を読み解くのに必要。

日本史と陰陽師は密接に関わっている。


つまりは陰陽道に関わることだけは大得意ということだが、当然一般人の紫に言えるわけがなく曖昧に笑って誤魔化す。

陽は陰陽術が使えない。ならばせめて知識だけでもと勉強し続け、それは学校のテスト以外の形で役に立ったことは未だない。


「その点紫はすごいよね、何でもできるもん。もっといい高校行けただろうになんで第一高校に進学してるの?」

「ん?陽がここって言うから。うち以外に友達おらんやろ?」

「だまらっしゃい!」


などと談笑している間に何の変哲もない普通の公立高校が見えてくる。

ここが陽と紫の通う学校、京都市立第一高校である。


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