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6.新しい主従関係

 部屋に戻ったミネルバは入念に身支度をすませて、鏡に映った自分の姿が申し分ないかどうかをたしかめた。


「ルーファス様と一緒に朝食を召し上がるんですよね。楽しんできてくださいね、ミネルバ様」


 若い侍女がはにかんだような笑顔を浮かべる。ミネルバは「ありがとう」と答え、ルーファスがいる離宮へと向かった。

 西翼でも離宮でも、使用人たちが慌ただしく立ち働いている。海路を使ってひと足先にグレイリングに戻る皇帝一家と、海路と陸路を組み合わせて旅をするルーファス一行、それぞれの出発準備で忙しいのだ。

 車寄せにはすでにたくさんの馬車が停まっている。荷馬車には衣装や生活必需品などが積み込まれ、特別仕様の旅行用馬車は点検作業中だ。

 ルーファスのために用意された部屋の扉をノックする。すっかり顔なじみになった彼の部下が笑顔を見せて、ミネルバを室内に通してくれた。


「おはようミネルバ、あと少しで終わるから待っていてくれるか」


 執務机に座っているルーファスが顔を上げた。


「おはようルーファス、朝からお仕事大変そうね。私のことは気にしないで」


 忙しい彼の元には、朝早くから返信を要する手紙や書類が運ばれてくる。ミネルバは椅子に腰を下ろして、ペンを走らせるルーファスの端整で知的な顔を見つめた。


「エヴァン、経由地のリストをミネルバに見せてやってくれ」


「はい」


 すっかり顔見知りになったルーファスの部下のひとりが、ミネルバのところへ書類を運んでくる。


「ありがとうエヴァンさん」


 ミネルバがお礼を言うと、エヴァンは小さな笑顔を見せてくれた。

 美しい若草色の目、腰まで伸ばした白に近い金色の髪。肌は青白くて、頬が少しこけている。落ちくぼんだ目の下には隈があり、とてもハンサムなのに不健康そうに見える人だ。

 ルーファスから信頼されているだけあって相当腕が立つらしく、ただ者ではない雰囲気がある。よく絵本に出てくる、お鍋をかきまわしている魔女に似ていると思ったら、本当に古代の魔女の血を引いているらしい。


(途中で休憩する場所、経由地で予約してある宿、訪問する予定の貴族の領地と、近くにある名所……この湖はミネルバも気に入ると思う、とても綺麗なところだよ……)


 ミネルバは書類に目を通した。どころどころにルーファスからのコメントが入っている。読みながら笑顔を浮かべずにはいられない。


「よし終わった。ジェム、こっちは急ぎだからハルムを飛ばしてくれ。エヴァン、これを兄上のところまで持っていくように。お待たせミネルバ、朝食にするとしよう」


 ルーファスの側近であり侍医でもあるジェム・キャンベルが、ミネルバにも一礼してから出て行った。エヴァンも静かに後に続く。

 ルーファスと一緒に続き部屋に移動すると、王宮付きの使用人たちが朝食の準備を整えていた。

 フルーツジュースで喉を潤し、トーストやマーマレード、スクランブルエッグとスモークサーモンと言った軽めの食事を楽しむ。二人とも旅立ちを前にして気分が高揚し、会話が弾む楽しいひとときとなった。

 食後のお茶を飲み終えるころ、ノックの音がした。「入れ」とルーファスが返事をすると扉が開き、五人の男たちが入ってきた。全員ルーファスの部下だ。


「ミネルバ、私の誠実な仲間たちを改めて紹介しておこう。ジェム・キャンベルはよく知っているな。それからエヴァン・ハイド、セス・レイン、ぺリル・フォード……最後に、言わずと知れたロアン・アストリー」


 彼らはルーファスに呼ばれた順に、ミネルバに歩み寄って頭を下げた。ロアンは照れ笑いのおまけつきだ。


「彼らは全員、私の腹心の部下だ。ジェムは侍医でもあり、今後はミネルバの健康にも気を配る。セスとぺリルは私の護衛官だ。ロアンはまあ、自由にやっているな。そしてエヴァンに、私にとって何より重要な『新しい任務』を任せることにした」


 エヴァンがもう一度前に出てきた。そして礼儀正しい笑顔を見せる。


「エヴァン・ハイド。君を我が婚約者ミネルバ・バートネット嬢の護衛官に任命する。未来の皇弟妃を警護する重要な役目だ。常に影のように付き従い、不適切な振る舞いをする者があれば容赦なく取り押さえろ」


「はい、お任せください。ミネルバ様に誠心誠意お仕えすることを誓います」


 エヴァンは深々と頭を下げた。

 皇族に仲間入りすることで、グレイリングの勢力圏を自由に移動できる。多くの特権を持つだけに、身辺警護のスペシャリストに守られながらの移動になるのだ。


「よろしくお願いするわね、エヴァン」


 ミネルバは立ち上がり、努めて威厳のある声を出した。むやみに威張ることを肯定するわけではないが、自分はエヴァンの主人になったのだ。

 彼はこれから、ミネルバに対する義務感や責任に縛られる。だからこそ立派な主人にならなければと、ミネルバは気を引き締めた。

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