3.ファーストダンス
周囲に集まってきた貴族たちの間を、ルーファスにエスコートされて歩く。冤罪が綺麗に晴れたことは嬉しいが、特別な意味を持つファーストダンスを邪魔されるのは困ってしまう。
「お目にかかれて光栄です、皇弟殿下」
「アシュラン視察の際は、ぜひ我が領地にお立ち寄りくださいませ」
「いえ私の領地こそ、興味深いものがたくさんございますよ」
「いえいえ私の領地こそ!」
ルーファスはさすがの貫禄で、押し寄せてきた貴族たちに冷静に対応している。
「ありがとう、視察の際にはあなた方の顔を思い出そう。申し訳ないが、まずは我が婚約者をダンスフロアまでエスコートさせてもらいたい。なにしろ今日は、彼女が再び社交の場に戻った記念すべき日。まずは一曲踊りたいのだ」
これには貴族たちも、さすがにきまり悪そうな表情になった。いくら人間が忘れっぽい生き物とはいえ、ミネルバを社交の場から追い出したことは覚えているだろう。
ルーファスに巧みに誘導され、人混みの間を進んでいく。
「いやー、お貴族様の『合理的判断』ってすごいですねえ。ゴマすりのためなら抜け駆けも辞さず、不健全な思惑がにじみまくり。あ、貴族にとって健全な思惑になるのか」
ようやく人垣の狭間を抜けると、やんちゃな小犬みたいな顔をしたロアンが待っていた。
ルーファスの部下たちが後ろに弧を描くように立ってくれたので、アシュランの貴族たちは近づいてこれない。
ロアンの隣に立っているマーカスの口元に笑みが浮かんだ。両手に料理の皿を持っているが、どちらもロアンのためのものだろう。
「ミネルバとルーファス様の結婚式の招待状が、手元に届かないことを嘆く側に回りたくないんだろ。いくらなんでも、アシュランのすべての貴族を招くことはできないんだから。おいおい、ジャスティン兄さんの周囲もすごいことになってるぞ」
ミネルバは慌ててジャスティンのほうに視線を向けた。
正式に王太子になったばかりの長兄が、グレイリングからの随行員たちに取り囲まれている。一体何を言われているのかと、ミネルバの心臓が飛び跳ねた。
「ジャスティン様は素晴らしい剣の才能がおありとか。政治的手腕は未知数とはいえ、このほど提出された施政方針は理にかなっていましたな」
「極めて多忙とはいえ、ルーファス殿下とミネルバ様の婚約披露の際には、グレイリングにお越しになるのでしょう?」
「妻を娶らなければ王位を継承することができないとなると、最優先にすべきはお相手探しですな。ちなみに当家には立派に育った娘が三人おりまして」
「アシュランを正しく導くためにも、王妃らしく毅然と振る舞える娘をお迎えになりませんと。私の末の娘は美しい上に心が強く、条件をすべて満たしております」
グレイリングの随行員たちはみな高位貴族だが、ジャスティンの周囲で不気味に顔を輝かせている。長兄は当然注目を集めるだろうと思っていたが、まさかここまでとは。
「まあ驚くにはあたりませんよねえ。父親が娘婿に求めるものをすべて持ってるルーファス様が売約済みになっちゃったし。心にぽっかり穴が空いたところに、颯爽と現れた美形の王太子! アシュランは属国とはいえ歴史は長いし、財政状況も悪くない。何といってもミネルバ様の兄だから、皇族とも親戚筋になれるわけで。次女や三女あたりを嫁がせるには悪くない相手ってことでしょ」
「え、ということは俺もグレイリングの淑女からモテるようになる? 俺だってミネルバの兄貴だし、繰り上がりでバートネット公爵家を継ぐし」
マーカスがぱっと顔を明るくする。そんな彼を上から下まで眺め回し、ロアンは首をかしげた。
「マーカスさんはどうかなあ、いかんせん筋肉がつきすぎてるしなあ。ジャスティンさんやコリンさんと顔立ちは似てるのに、ひとりだけ粗野だし。五女や六女あたりならチャンスがあるようなないような」
「ロアンお前、俺が怒らないと思ったら大間違いだからな!」
半泣きのマーカスの声に、ミネルバとルーファスは顔を見合わせて苦笑した。武闘派の次兄はなんだかんだ言って、ロアンをことのほか気に入っている。
特殊能力を持つロアンの相棒になれば楽しい毎日がすごせると、グレイリングに長期滞在を希望してくるくらいなのだ。人前では猫を被りがちなロアンも、マーカスに対しては安心して甘えている節がある。
「行こうかミネルバ、そろそろ君と踊る喜びを感じたい」
ミネルバはうなずいた。ルーファスに手を引かれて、ダンスフロアの中央に立つ。会場中の人々から見られていることを意識して、淑やかに最初のお辞儀をした。ルーファスが片方の手をミネルバの腰に当て、自分のほうへと引き寄せる。
軽快なワルツの調べが、魔法のようにミネルバたちを包み込んだ。音楽以外の大広間の騒音がすべて消え去ったように感じられる。
ミネルバは音楽にひたり、優雅にステップを踏んだ。ルーファスが腕を伸ばし、ミネルバをくるりと回転させる。彼のリードはとても巧みだった。
アシュランの貴族の子どもでさえ、歩けるようになったらダンスを教え込まれるのだから、グレイリングの皇族であるルーファスも厳しく教育されたことだろう。
(でもこの踊りやすさは、互いにダンスが得意なだけではないような気がする……)
曲に合わせて軽やかに踊り続けながら、互いから決して目を離さない。
これほど息の合うパートナーが存在することを神に感謝するほど、それは素晴らしいひとときだった。




