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6.新しい日々

 一連の事件の首謀者であるマーシャル、そしてフィルバートとセリカが捕縛され、長かった一日が終わった。

 そして、誰にとっても新しい日々が始まった。


 それは輝かしい新しさでもあり、痛みを伴う新しさでもある。いずれにしても、これまでとはまったく違う日々──アシュランの中で一番それを実感しているのは、もしかしたらミネルバかもしれない。


 父母が待つバートネット公爵家の屋敷に戻れたのは、日付が変わってからのこと。疲れ切ったミネルバたちの目に飛び込んできたのは、国中の貴族がこぞって寄越した使者の姿だった。


 ルーファスが王宮の東翼で放った「私たちの結婚式には、アシュランの貴族をひとりでも多く招待したいと思っている」という言葉が、絶大な効果をもたらしたらしい。貴族たちはみな、グレイリング帝国へ招かれる栄誉に浴したいのだ。

 押し寄せる人の波、山ほどのお祝いの品、お茶会や午餐会や夜会への招待状──両親はあくまでもにこやかに対処していたが、娘や息子を不当な扱いで苦しめてきた貴族たちの変わり身の早さに呆れているようでもあった。


 婚約破棄という屈辱を受けて社交界から追放されたミネルバは、アシュラン王国の宝となった。どこへ行っても最大級の敬意をもって対応されるようになった。


 国王夫妻にかけられていた呪い、隠されていた非嫡出子の血筋であるマーシャルの存在、王太子フィルバートの廃嫡、異世界人セリカにまつわるあれこれ……衝撃的な出来事の数々が、キーナン王の口から貴族たちに伝えられた。

 アシュラン王国はもちろん混乱した。国が崩壊する寸前だったのだから当然だろう。ルーファスもキーナン王も、すべての問題を片付けるべく毅然とした態度で挑んだ。


 フィルバートとマーシャルは国外へ移送された。グレイリングの勢力圏で重い罪を犯した者が収容される島がいくつかあるのだ。セリカは異世界人であり微量ながら魔力を持つため、やはり国外にある専門施設に移されたらしい。


 高い塀の中に入れられたフィルバートは、立派な態度で日々を過ごしているそうだ。

 ずっと特権を与えられて生きてきた彼にとっては、つらい毎日であることだろう。きっと、ありったけの意志をかき集めているに違いない。


 あの日捕縛されたフィルバートは、短時間ではあるがセリカと過ごす時間を与えられた。もちろん二人きりではなかったが、ルーファスの慈悲によるものだ。

 彼らが何を話したのか、ミネルバは知らない。知る必要はないと思った。二人が覚悟を決め、どんな扱いも素直に受け入れているということは──たしかにその時間が、彼らの救いとなったのだろう。


 フィルバートは自分にとって不利になることも、恥ずかしい事実も、何ひとつ隠さずに話しているという。口にしてしまえばよけいに罪が重くなりそうなことも、すべて。

 「変わりたい」という言葉通りに、彼が最大限の努力をしていることがミネルバには嬉しかった。


 残された時間が長いか短いかの違いはあれど、人生は続いていく。

 もしも自分がああしていたら、もしも誰かがこうしてくれていたらと、残りの日々を『もしも』で埋め尽くすより、少しでも前向きに生きることが大切だ。


 特にアシュラン王国の状況は厳しい。宗主国であるグレイリングを怒らせるような真似をしたという事実が変えられない以上、状況をさらに悪化するような愚かな真似は避けなければならない。

 王権を維持するためには、国中が一致団結してグレイリングに対する忠誠心を示す必要があった。 


 いろんな意味で、次の国王となる者に要求される責任は重い。どんなときでも私より公を優先させ、汚点のない完璧なかじ取りをしなければならない。

 ルーファスが要求した条件に合致する者は何人かいたが、そのほとんどが王位に就くこと──アシュラン王国の命運を背負うことに二の足を踏んだ。


 マーシャルの姉には幼い息子が二人いるが、法的に彼らに継承権がない事実に変わりはないし、そんなつらい立場を息子に押しつけたいとは思えないらしい。

 第二のマーシャルを生み出さないために、庶子の権利に関しての法を整備していく必要があり、それもまた次の国王の役目となる。


『この国を守り抜くこと……それこそが、フィルバート様への忠誠心ではないかと思う』


 バートネット公爵家からはジャスティンが候補に挙がっており、彼は悩みに悩んだ末にそう結論を出した。

 ジャスティンもまた、捕縛されたフィルバートととの時間を与えられたひとりだ。そのときに「アシュランを頼む」と言われたらしいことを、少し後になってからルーファスが教えてくれた。


 元主君がいずれ頭に頂くはずだった王冠、受け継ぐはずだった称号や領土。それらを手にすることには複雑な思いがあるに決まっているが──ジャスティンならば、立派にアシュラン王国を守っていけるに違いない。


 フィルバートと一緒に帝王学を学んできただけあって、ジャスティンにとって公式な仕事をこなすのは難しいことではない。

 しかし一番の問題は、即位の条件である妻帯をしていないことで──アシュランの国王が不在という状況を作り出すわけにもいかず、暫定措置としてジャスティンは新しい王太子となった。実質的には国王の務めを果たし、多忙極まりない日々を送っている。


 荒れていた国民感情は急速に落ち着いた。グレイリングの皇弟妃となるミネルバの兄が王位を継承するのだから、この国は安泰だという意見が大勢を占めている。

 歴代国王の肖像画が並んでいる場所に、いずれ自分の兄が加わるというのは不思議な感覚だ。

 ミネルバ自身も、この国を守るためにできる限りのことをする覚悟だった。


 あれから二か月近くがすぎ、もうすぐ重大な行事が執り行われる。

 グレイリング帝国皇帝トリスタン・アルバート・グレイリングの公式訪問──自分にとって重要な意味を持つその日を前に、ミネルバもまた忙しい日々を送っていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 結局ジャスティン貧乏くじか・・・ 苦労人気質だなぁ
[一言] …ジャスティン…頑張れ!
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