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7.同調

 集中しすぎていたせいか、ぼんやりと視界が霞んでいる。ルーファスに「大丈夫か」と問われて、ミネルバは安堵のため息をついた。


「大丈夫、心配しないで。いまから私が目の当たりにした光景、耳にした言葉を伝えるから……」


 ミネルバは小さく身震いをした。千里眼で見た光景が、あまりにもひどかったからだ。すべてを正確に伝えなければならないが、正直なところ思い出すのもぞっとする。

 石の床にチョークで描かれた幾何学模様、その周辺には動物の死骸がごろごろ転がっていた。ミイラのように乾いたものもあれば、肉が腐ってハエがたかっているものもあった。水差しに注がれていたのは、どす黒く変色した血液に違いない。

 古代の文字が記された羊皮紙、血のこびりついたナイフ、何に使うかもわからない道具類、いくつも積み上げられた木の檻と、その中で衰弱している小動物……。

 千里眼を使っている間は冷静でいられたのに、いまさら恐怖がどっと押し寄せてきた。ミネルバは動揺しつつも、順を追って説明しようとした。


「ミネルバ、君が目の当たりにした恐怖を言葉にする必要はない。私にも同じものが……吐き気をもよおすような光景が見えていたから」


「え?」


 ルーファスの言葉がすぐには理解できず、ミネルバは彼の腕の中で小首をかしげた。ルーファスの唇がほころんで温かい笑みが広がる。


「トパーズから広がった光の球体の中に、ミネルバが感じ取ったものがすべて映し出されていたんだ。とても鮮明だったよ。従叔父とセリカの姿を見て、声を聴いているのは君のはずなのに、自分もその場にいるとしか思えなかった」


 まぎれもない賞賛の色がルーファスの目に浮かぶ。


「私に口頭で伝えるのをやめて、遠隔透視に没入したのがよかったのかもしれないな。それとも、私とミネルバが密接に結びついているおかげか……とにかく、君の集中力には感心させられた。あんなものを見せられては尊敬することしかできない、ミネルバは私にとって天からの恵みだ」


 手放しの賛辞に、ミネルバは頬が赤くなるのを感じた。


「すばらしい能力を備えているのは、グレイリング家の家宝であるトパーズのほうよ。この指輪が発する力はあまりにも強烈で……私はただ身をまかせているだけ、力を借りているだけ。同じものがルーファスにも見えていたなら本当に有難いわ……あの生々しく恐ろしい光景や会話を、もう一度口にするのはつらかったから」


 ルーファスの腕の中にいると、呼吸や鼓動がひとつに溶けあっているような気がする。彼が千里眼に同調することができたのは、相性のよさも関係しているのだろうか。


「セリカ……殺されると言っていたわ」


「ああ。あの従叔父、映像や会話から判断する限りでは、愚かで救い難い男だな」


 ルーファスは難しい顔をして、腿の上に置いているノートに視線を走らせた。そこには従叔父とセリカの会話の内容、ミネルバが見た祭壇の様子などが事細かに記されていた。


「あの男……こちらの世界の人間に異世界人の魔力と闘う術がないと言っていたな。だが、奴の思惑通りになどさせない。私たちがあっさり引き下がると思ったら大間違いだ」


 そう言って、ルーファスは何かに挑むような表情になった。


「私たちの神は、いち個人にとてつもない力を与えてはくださらない。しかしそれぞれに小さな力と、触媒という対抗手段を用意してくださった。私たちだって、この世界を守るために必要な力は持っているんだ」


 ミネルバは力強くうなずいた。


「フィルバートもセリカも、ある意味では被害者だわ。従叔父に利用されているんだもの。リリィに至っては巻き込まれただけだし──彼らが酷い目にあわされるのを、黙って見ていることはできない。見殺しになんてできない」


「もちろんだ。ミネルバのおかげで、私たちは何手も先を行けるし、柔軟な計画を立てることができるからな。ロアンにこのノートを見せて、ふさわしい対抗手段を考えよう」


「新たに発動される召喚陣はきっと、人を傷つけたり、命を奪ったりできる……。セリカは嫌がっていたけれど、従叔父に協力するしかなさそうだった。私、彼女が苦しんでいることをフィルバートに伝えようと思う。誰かが彼女を止めなければならないのなら……その誰かは、フィルバートであってほしい」


 ミネルバは千里眼で見たセリカの顔を思い出していた。異世界からやってきた理由は、たしかに打算まみれだったかもしれない。けれど彼女はフィルバートを「フィル」と呼んで、心から彼の身を案じていた。

 ルーファスと心が通じたいまならわかる。セリカはちゃんとフィルバートを愛している。

 自分の望むものを追いかけて、その過程で間違ったり罪を犯したりしてしまったけれど。


「一番悪いのは、己の歪んだ正義を振りかざす従叔父……たとえ苦痛と自己憐憫を抱えていたにしても、許されることではないわ」


 ミネルバは本物のレノックス男爵の肖像画に手を置いた。そして目を閉じて、恐らくはもうこの世にいないだろう男爵の魂に向かって呼びかけた。

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― 新着の感想 ―
[一言] いつも正しく読ませていただいてます。 セリカもある意味被害者という展開になっていくのなら、ちょっと読んでいて心情がついていけてないかもしれない。 続き楽しみにしてます。
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