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6.新たな疑惑

 アントンに紙とペンを用意させ、ルーファスは椅子に腰を下ろした。そして自らの指示を正しく伝えるためにペンを走らせる。

 紙に記されていく概要を見つめるキーナン王の顔は穏やかで、毅然としていた。オリヴィア王妃の顔も同じだ。

 国王夫妻がいま置かれている状況を考えれば、心の中で悲しみを懸命にこらえているに違いない。しかし彼らの目には、意を決した人が持つ強い光があった。

 ミネルバは兄たちの様子をそっとうかがった。ジャスティンが固く歯を食いしばっている。いつも冷静な長兄は、内心の思いを顔に出すことが少ない。しかしいまの彼が、激しく自分を責めていることは疑いようがなかった。

 マーカスとコリンもそれに気づいたらしく、困り顔で視線を交わしている。


(ジャスティン兄様……)


 ジャスティンは長年にわたり、フィルバートの最側近という役割を担ってきた。

 主人を諫めきれなかった責任を感じているのに、自分がその後釜に座る可能性が浮上したら、いたたまれない心地になって当然だ。


(アシュランが存続するとして、背負う未来は重荷と同じ。この国を立て直すのは容易なことではないわ。試練に直面する人材という意味ならば、ジャスティン兄様は申し分ないどころか、うってつけかもしれないけれど……)


 そこまで考えて、ミネルバは小さく首を振った。アシュラン王国の未来について、ミネルバたち兄妹が口を出す筋合いはない。

 ルーファスが書き上げた紙をキーナン王に手渡した。


「謹んでお受けいたします。ルーファス殿下を決して失望させません」


 キーナン王の声には忠誠心が溢れている。恐らくは最後になるだろう大仕事に、命がけで立ち向かおうとする気概が感じられた。

 ミネルバは目の前で繰り広げられる光景を静かに見守っていた。

 嵐の前の静けさという言葉が思い浮かぶ。もうすぐフィルバートと再会するが、決して穏やかなものにはならないだろう。


(フィルバート以外に直系の男子はいない。彼は自分の立場の強さに、絶対の自信を持っている。傍系からの継承者探しが始まっていると聞いたら、どんな顔をするかしら)


 ミネルバはキーナン王の顔を眺めた。高齢とはいえ端正で気品がある彼の顔に、記憶の中にある誰かの顔が重なった。ミネルバの心臓がどきりと跳ねた。


(王宮の東、湖の近くの森のはずれの古民家。揺り椅子に座っている老紳士……)


 トパーズが見せてくれた光景が瞬時に頭に浮かぶ。老紳士とその家族は欲がなさそうで、世間を避けてひっそり暮らしているという雰囲気だった。

 ミネルバはできるだけ客観的に、記憶の中の老紳士と目の前のキーナン王とを見比べた。やはり、どこか似ているところがある。

 ずっと心にひっかかっている疑問がとけるかもしれない。ミネルバはタイミングを見計らって口を開いた。


「あの、キーナン様。ぶしつけな質問ですが、キーナン様に近い血筋の王族の中に、人知れず野に下った方がおられますか? あるいは誰にも知られていない婚外子が、森のはずれの古民家で暮らしていらっしゃいませんか?」


 キーナン王が目を丸くした。すぐにミネルバを探るような表情になり、困惑したような声を出す。


「どうしてそれを……。たしかに先代が──つまり私の父が、平民の女性との間に男児をもうけている。私の腹違いの兄ということになるな。彼との間に、特にわだかまりがあるわけではないが……」


 キーナン王がぎこちなく答える。


「恋をして結婚する……身分の高い者にとっては簡単ではない。当時の王太子と平民の少女という身分の壁は、とうてい越えられなかった。いまよりも古い時代のことだから、悲しみつつも掟に従ったと聞いている」


 なるほど、とミネルバはうなずいた。王太子の子を身ごもった平民の女性が、引き裂かれた末に与えられたのが、森のはずれにある屋敷ということだ。

 わだかまりがないというのは本当だろう。あの家族はとても幸せそうだったし、王に近い血筋であることなど、まったく意識していないように見えた。

 王家の側が隠していても、人の口に戸は立てられない。これまでまったく噂になっていなかったということは、本人たちが自らの出自を決して語らなかったのだろう。


「一般人である腹違いのお兄様のご家族のことは、把握していらっしゃいますか?」


「もちろんだ。兄は結婚していない男女の間に生まれた非嫡出子……つまり庶子なので、彼の血筋が跡目を継ぐことができないが、私にとっては親族であるのだし。兄は遅い結婚をして、娘がひとりと息子がひとりいる。妻は昨年、流行り病で亡くなったそうだ。娘のほうは婿を取って、男の子を2人産んでいる」


 キーナン王の言葉を、ミネルバは自分の記憶と照らし合わせた。


『王宮の東、湖の近くの森のはずれの古民家。つる状に伸びる薔薇で囲まれている。家の前には、地面より一段高くなった木造のテラスがある。そこに立って赤ん坊をあやしている若い女性。老紳士が揺り椅子に座っています。彼らの目線の先には……土遊びをしている5歳くらいの男の子。あ、鹿毛の馬にまたがった凛々しい男性が来ました。馬から降りて、力強い手で男の子を抱き上げています』


「ひとり足りない……」


 ミネルバは眉根を寄せた。なぜか嫌な予感がして、脈が早まるのを感じた。

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― 新着の感想 ―
[一言]  え、クズ王子、まさか…。
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