3.それぞれの罪
「グレイリング帝国は属国に対し、異世界人を召喚する術を記した書物の閲覧と所持を禁止している。しかしフィルバートは王太子として、そういった術を知りやすい立場にあった。なぜならばアシュランの歴代国王が禁止令を破って、書庫の奥深くに禁書を隠し持っていたからです」
国王夫妻に向けたルーファスの目には、強烈な非難がこめられていた。アシュラン王国が禁書令を破っていたことは、兄たちの調査によって発覚した。
キーナン王の顔がみるみる青くなった。突き付けられた事実に、強い衝撃を受けたことは間違いがなさそうだ。
「ま、待ってください! 禁書が書庫に……? 私はそのようなこと、本当に──」
「知らなかったとしても、何の言い訳にもならない」
ルーファスがぴしゃりと言った。
「たしかに、フィルバート以前に禁書を持ち出した形跡はなかった。彼が愚かな行為をするまでなら、知らなかったという説明で納得できたかもしれないが」
オリヴィア王妃の肩が震えている。彼女の目の奥からは絶望が見て取れた。
「あなた方はこれまで、フィルバートの愚行を『若さゆえの無知』のせいにして庇ってきた。しかしグレイリングは、属国が定めた規則をきちんと守ることを条件に、ある程度の内政自治を認めているにすぎない。先祖が禁書令を破ったことだけなら情状酌量の余地もあっただろうが、実際に異世界人召喚を行うことは重罪だ。グレイリング勢力圏の平穏を破る行為を許すわけにはいかない」
「あの子はなぜ、そんな馬鹿なことを……」
王妃の顔には、いまや絶望がはっきりと浮かんでいた。彼女がどんなに孫を庇いたくても、自分も命を狙われた事実を避けて通ることはできない。フィルバートの裏切りは、彼女の胸をずたずたに引き裂いたに違いない。
「あなた方がどれだけ忠誠を尽くしてきたかを、我が父グレンヴィルは十分に承知している。だが、それに自信を持ちすぎましたね。正式な処分は現皇帝である兄トリスタンが下すが──少なく見積もっても、フィルバートは廃嫡を免れないでしょう」
ルーファスが硬い口調で告げる。
「キーナン王。賢明な君主だったあなたの、ただひとつの非合理な行動。それはフィルバートを甘やかし続けたことだ」
「……返す言葉もございません……」
キーナン王はがっくりとうなだれた。孫の不届きなふるまいを許し、宗主国に対して弁解までしてきたことが、結果として大きな災いをもたらしたのだ。
壮年期の国王夫妻の非の打ちどころのなさは有名だった。能力も器量も申し分なく、あらゆる責務を完璧に果たしてきた。国民にとって最善と思える道を選べる人たちだった。
しかし息子夫婦を喪って、彼らの世界はフィルバートを中心に回り始めてしまった。
すべてのことは、国王夫妻が親を亡くした孫息子を育てるのに相応しい人物ではなかったせいなのだろうか。あるいはフィルバートが生まれつき愚かだったせいか。召喚陣から現れたのがセリカだったせいか。
キーナン王が顔を上げた。もはや全身の力を振り絞らなければ姿勢を保っていられないようだ。
「私は……何があろうとフィルバートを守ろうと強く心に誓って……しかしあの子は人の上に立つ器ではなく……欲張りで怠け者で、後継者としての能力などまったく持ち合わせていなかった……」
キーナン王が両手を握り締めた。体の震えを必死で止めようとしているのだろう。
「小さなころは人の輪に入ることも苦手で……友情を知らずに育ってほしくなかった。だからあの子の周囲を、末永く支えてくれる優秀な人材で固めようと思った……」
「それでバートネット家の三兄弟を側近に選んだと? 同年代の子どもが王太子の未来を託されて、どれほどの負担を感じたことか。多少なりとも考える力があればわかりそうなものなのに」
ルーファスは呆れたような口ぶりだった。
だがキーナン王は衝撃と落胆があまりに大きすぎて、ルーファスの言葉もほとんど聞こえていないようだ。
「息子が生き返ってくれれば……何度そう願ったか知れません。しかしそれは叶わぬ望み……だからミネルバを婚約者に選んだ……。頭がよくて気骨がある娘だから、フィルバートに正しい決断をさせてくれるだろうと期待して……。あの子ひとりでは、たやすくペテン師の餌食になってしまうと思ったが、予想通りだった。やはりミネルバを王太子妃にするべきだったのだ……」
キーナン王の目から光が消え失せている。オリヴィア王妃が手で顔を覆って泣き始めた。
ルーファスが指先でこめかみを揉み解す。
「キーナン王、オリヴィア王妃。会話を続けようにも、あなた方は理性が不足しているようだ」
ルーファスはひどく怒っているようだ。声を荒げずとも、相当な恐ろしさを感じる。国王夫妻ははっと我に返り、石のように強張った顔でルーファスを見た。
「あなた方がフィルバートを育てるにあたって、理性ではなく感情で行動してきたことがよくわかった。フィルバートが自己中心的で無責任なのは、あなた方に似たのだ」
ルーファスが静かに立ち上がった。国王夫妻が息をのむ。ミネルバも脈拍が速くなるのを感じた。
「たった7歳のミネルバに一縷の望みを託しただと? 十年も辛酸を舐めさせられた彼女が、あなた方にどれだけ幻滅し、傷つけられたか理解していますか? セリカの呪いはすでに消えた。ひとかけらでも良心の呵責があるなら、まずは彼女に謝罪するのが筋ではないか。あなた方の罪深さは、残りの人生のすべてをミネルバへの贖罪に費やしても間に合わないほどだ!」
室内にルーファスの声が響き渡った。冷たいまなざしが、ルーファスの顔をいっそう険しく見せていた。