2.心の傷
ミネルバは兄たちの顔を見回した。悔しい思いは皆同じのようだ。
王太子の側近に選ばれたとき、ジャスティンは8歳、マーカスはそのひとつ下の7歳だった。コリンに至っては5歳だ。
当時6歳だったフィルバートは両親をいっぺんに喪ったばかりで、そのせいか始終問題ばかり起こしていた。
祖父母である国王夫妻は、友人作りが苦手な孫に遊び相手を与えたかったのかもしれない。しかし小さな兄たちからは、大切な任務を果たそうという意気込みが感じられた。
特に最年長だったジャスティンは、自分のすべてを惜しみなくフィルバートに与えた。側近として、命に代えても主を守るという鉄のように固い意思を持っていた。
(でもフィルバートは兄様たちを捨てた。レノックス男爵に……異世界人を召喚することに、兄様たち以上の価値があると見なした……)
兄たちの──特にジャスティンの心の痛みが消えるはずがない。ミネルバはそのことに、いまさらながらに気づいた。うわべは明るく振る舞っていても、心の中ではいつも葛藤を抱えていたのだ。
捨てられたのは婚約者だったミネルバも同じで、兄たち同様やりきれない思いを感じてはいる。でもルーファスが心にぽっかりとあいた穴を埋めてくれた。
心の奥の最も深い部分が愛で満たされ、新たな人生をスタートさせることができた。フィルバート自らがセリカを召喚したことがわかっても、心の痛みなどまったく感じない。
(でもフィルバートが兄様たちにした酷い仕打ちだけは……生きている限り忘れられそうにない……)
ジャスティンがうめくような声を出し、小さくかぶりを振った。
「皆が殿下の指示に従って動き出しているというのに、情けないところを見せてしまった。悪に正義の鉄槌を下すために、自分のやるべきことをしなければ」
そう言ってジャスティンはミネルバを見た。瞳に浮かんでいたもろさが消え、優しさと愛情が満ちている。
「ミネルバは昔から探し物が得意だったが……ロアンの報告には驚かされたよ。本当にすばらしい能力に恵まれていたんだな、喜ばしいことだ」
ジャスティンの声は穏やかで、妹への気遣いに溢れていた。ミネルバは胸がいっぱいになって、どう答えたらいいかわからなくなった。
ルーファスがそっとミネルバの手を取り、指と指とを絡ませるようにしてしっかり握り締める。指先から言葉以上のものが伝わってきて、ミネルバに力を与えてくれた。
「……うん、初めてで遠くまで見えたの。自分でも驚いたわ。ルーファス様から贈られたトパーズと共鳴できたおかげよ」
「そうか、ミネルバの才能が開花して嬉しいよ。殿下とミネルバの出会いこそ『運命』と呼んでいいのかもしれないな。出会うべくして出会ったに違いない」
ジャスティンが微笑む。
彼が無理やり気分を切り替えたことが、ルーファスにもわかるのだろう。ルーファスは「そうだな」とうなずいて、空いている手でジャスティンの肩をぽんと叩いた。
「では、国王夫妻が待つ部屋へ向かおうか」
ルーファスの言葉に、兄たちが一斉に「はい」と答える。
国王夫妻は、正式なもてなしに使う応接室で待っているらしい。ミネルバはルーファスと手を繋いでそこへ向かった。
案内役の使用人が扉をそっと叩いて、静かに扉を開ける。
椅子にもたれて目を閉じていた国王夫妻の、たるんだまぶたが開いた。目の焦点ははっきりしている。
「ルーファス殿下……私どもを救っていただいて本当にありがとうございます。座ったままでの挨拶など非礼この上ないことですが、どうかお許しください」
キーナン王が頭を下げる。誰が聞いても病み上がりだとわかる弱々しい声だった。国王らしい身なりをしてはいるが、すっかり威厳を失っている。
同時に頭を下げたオリヴィア王妃は痛々しいほどにやせ細り、見覚えのあるドレスはぶかぶかだ。髪は結い上げられているが、白いおくれ毛が垂れていた。
ルーファスが「構いません」と鷹揚にうなずいた。
セリカの呪いで死ぬ寸前だったところを、ロアンとルーファスの尽力で引き戻して貰ったことは、治療に当たったジェムと執事アントンの口から伝わっている。
あとはフィルバートについて、冷静かつ客観的に告げるのみだ。国王夫妻の肩が小刻みに震えているのは恐怖のせいだろうか。
全員が席に着くと、ルーファスが「さて」と切り出した。
「アシュラン王国王太子フィルバートの犯した、許しがたい罪について話しましょう。あなた方お二人には国の最高責任者として、そして彼の身内として、覚悟を持って向き合って貰わねばなりません」
ルーファスが冷ややかに告げると、老人たちは恥じ入ったように顔を赤らめた。