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1.招集

「東翼にこの形を作ったのは、魔力の保存と増強のための『術式』だと思われます。きっと、セリカを呼び出したときの召喚陣を原型としてるんだ。召喚陣は異世界に繋がっていますから、セリカはそこから力を引き出して自分と結合させていたんじゃないかと」


 ロアンが背筋をぴんと伸ばして、東翼の大広間に集合した男たちを見回す。

 王宮中に散らばっていたルーファスの部下たち、そしてミネルバの3人の兄に次の指示を与えるため、ルーファスが招集をかけたのだ。


「神経質すぎるほど緻密に配置されてましたけど、僕がすべて浄化しました。封じ込めてあった魔力が失われて、東翼の術式は破られた。おおもとの召喚陣は、降臨の地であるレノックス男爵領にありますが、そっちにもひずみが生じているはずです」


 東翼の見取り図が置かれたテーブルを取り囲んでいるルーファスの部下たち、そしてミネルバの3人の兄から次々に質問が飛び出した。


「──そうですね、召喚陣を維持するのは簡単だけど、新しく作るには時間がかかります。ええ、僕たちはかなり時間が稼げたってことです。セリカの状態? 術式が施術者に返されたわけですから、無傷ではないと思います。ああ、無理やりやらされてるってことはないと思いますよ、それは魔力の質から推測できるので──」


 流れるように滑らかな口調で答えていくロアンは堂々としていて、とても15歳とは思えなかった。

 男たちはセリカの置き土産を手に取ってじっくり眺めたり、見取り図の書き込みに目を落としたりしている。

 セリカがいくつもしかけていったのは、書きなぐった紙をくしゃくしゃに丸めたものだった。ただのゴミのように見えたそれは、ロアンいわく『実にうまくできている』ものだったらしい。

 ロアンの横に立っているルーファスが、指先でこめかみを揉み解した。


「皆からの報告によればフィルバートはこの一年、レノックス男爵を何度も大役に抜擢している。男爵への不透明な金の流れも確認された。国王夫妻の真の病状を伏せて、貴族たちの間で権力闘争が起こっていないうちに、お気に入りを出世街道に乗せたわけだ」


 ルーファスの目が怒りを湛えている。端っこから見つめているミネルバも身震いしてしまうほどだ。


「セリカ召喚に関して、フィルバートが清廉潔白であるはずがない。野心的なレノックス男爵にそそのかされたのか、フィルバート自身の思惑だったのかはわからないが、愚かなことをしたものだ。やつの計略が不首尾に終わったことは、私の口から知らせてやる」


 ルーファスの目がさらなる怒りに燃えた。

 ミネルバの位置から、長兄ジャスティンの顔がこわばるのが見えた。爪が手のひらにくいこむほどに、きつく手を握りしめている。


「異世界人召喚は、軽い気持ちで手を出していいものではない。召喚陣を完成させるためには『捧げ物』が必要だ。誰かの血、小動物の命、人間を生贄とすることもあった。そうまでしても、呼び出した異世界人を思うがままに動かせる保証はない。多くの問題が引き起こされ、いくつもの人生が狂わされたがゆえに、禁術となったのだ」


 声音からして、ルーファスの怒りは相当なものだ。彼はひとつ息を吐き、きびきびと命令を下していった。


「ジェムの報告によれば、国王夫妻は会話ができるまで快復したそうだ。私とミネルバ、そして三兄弟が彼らと話している間に、ロアンを含む数名に森のはずれの古民家に向かってもらう。残りは大使館からの応援と合流し、レノックス男爵の城を包囲してくれ。フィルバートに関しては、すでに大使公邸にハルムを飛ばした。胸元にセリカの護符を抱えているようだが、ニコラスならば対処できる。私たちは終わり次第、すぐに大使公邸に戻るつもりだ」


 ルーファスの部下は、よく訓練された腕の立つ騎士だ。線の細いロアンですら屈強な雰囲気を漂わせている。配置が決まった彼らは、あっという間に大広間から消えていった。

 一気に人の少なくなった室内に、ジャスティンの「ちくしょう」という呟きが響いた。それから、壁に拳を打ちつける鈍い音。


「私がちゃんと気づいていれば……セリカが現れる少し前から、レノックス男爵はおべっかを使ってフィルバートに取り入ろうとしていた。話が面白くて、大人の遊びを知っていて……フィルバートが私を遠ざけるようになった時点で、おかしいと思うべきだったんだ」


 ジャスティンの声は失望と後悔に満ちていた。責任感の強い彼は、フィルバートの側近として強い自負を持っていた。周囲からも、いずれは宰相になるだろうと言われていたほどだ。彼らは固い絆で結ばれているはずだった。そんな日々はもう戻ってこないけれど。

 異世界人が『堕ちてくる』現象は世界各地で見られる。フィルバートがセリカに出会った経緯も、まったくの偶然だと思われていた。

 まさか危険な召喚陣に手を出して、セリカを自ら呼び出していただなんて、ミネルバだって考えもしなかった。


「どうしてそんな馬鹿なことを……」


 ジャスティンが低いうなり声をあげる。

 立ち尽くすジャスティンの肩をマーカスが抱きしめ、コリンは唇を噛んでうつむいた。

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