3.由緒正しき触媒
「ミネルバには……黄玉がいいだろう。出会いをもたらしたり、探し物に巡り合えると言われている石だ。きっと必要としているものが見えてくる」
ルーファスが遠い目をしながら言った。
トパーズというのは、橙色が混ざった黄金色の宝石だ。中には赤や青、桃色と違う色合いのものもあるが、一般的には黄色系の宝石の代表格と言っていいだろう。
「わあ、すごい偶然。私の誕生石ってトパーズなんです」
ミネルバは思わず目をしばたたいた。
アシュランでは基本的に、装いも化粧もオーソドックスで控えめでなければならない。特に未婚のうちは小さめでシンプルな宝石類しか身に着けないという暗黙のルールがある。
アシュランの貴族令嬢が初めて許される華やかな宝石、それは誕生石を使った婚約指輪だ。
ミネルバも幼いころからずっと憧れていたが、フィルバートやジェフリーからは、正式に贈られる前に破綻に至ってしまった。
「ああ、そうだな。偶然ってすごいな……」
そうつぶやいたルーファスの表情には様々な感情が入り混じっているように見えた。驚きや困惑、羞恥もしくは悔しさ。
ミネルバが首をひねると、ロアンが焦れたような声を出した。
「さっさとトパーズを借りてきましょう! アントンさんだって嫌とは言いませんよ。ミネルバ様がセリカの悪意に触れて体調不良に陥るのは、殿下だって嫌でしょう? 僕みたいに真っ向勝負しなけりゃ、宝石に傷がつくこともないんだし」
「ああ、うん。ロアン、すまないが少し静かに……」
「もしかして、ミネルバ様に借りものを使わせるのが嫌なんですか? でもいまからグレイリングに取りに行けるわけじゃないんだし──」
「だからちょっと黙っててくれ!」
珍しく声を荒げたルーファスに、ロアンがびっくりしたような顔になる。
ルーファスが意を決したような表情になり、腰につけている小さな鞄に手を伸ばした。ベルトに通すタイプのもので、ロアンも同じものをつけている。国王夫妻を包む結界を作ったとき、ルーファスはそこから翡翠を取り出していた。
「なんというか、その……これは落ち着いてから渡そうと思っていたんだが……」
ルーファスが引っ張り出したのは小さな四角い箱だった。
ミネルバは息をのんだ。
ロアンも事情を察したのか、そわそわと体を左右に揺らし始める。
「ルーファス殿下ってば素敵です、ミネルバ様きっと大感激! グレイリングからわざわざ持ってきてたんですね、2度目の求婚断られる可能性もあったのに。そんでもって大切に持ち歩いてたんですね。いやあバレなくてよかった、ミネルバ様が呼びかけて探すタイプの人でよかったですねっ!」
「ロアンお前はあっち向いてろ、ついでに耳も塞げ」
「そんな殺生なっ!!」
ロアンは盛大に顔をしかめたが、それでも素直に後ろを向いた。
ルーファスが箱をミネルバに差し出し、ゆっくりと蓋を開く。ミネルバの心臓は喉から飛び出しそうなほど高鳴った。
「渡すときは、雰囲気とか演出にこだわりたかったんだが……でも、いまここで渡す運命だったんだと思う。この指輪がミネルバの内なる力を呼び覚まし、悪しき者から守ってくれるはずだ」
ルーファスの唇が微笑みの形を作る。
幻かと思うほど美しく、きらきらと輝く宝石を目にして、ミネルバは畏敬の念に打たれたようにつぶやいた。
「綺麗……」
プラチナに手の込んだ彫刻がほどこされ、台座には橙色よりも赤みの強いトパーズがはまっている。周囲を取り囲んでいるのはダイヤモンドだ。
うっとりするほど美しいこのトパーズは、きっと驚くほどの価値のある宝石だ。トパーズは色の種類が豊富だが、赤みの強いものは産出量が非常に少ない。つまり希少価値が高いのだ。
「我が一族に代々伝わる宝石だ。デザインが多少古めかしいが……」
ルーファスが台座から指輪を引き抜き、箱を鞄に戻した。
「グレイリング家の家宝……」
ミネルバはおののきが全身を駆け抜けていくのを感じた。皇族の女性に伝わってきた家宝ならば、とてつもない価値があるに違いない。
ルーファスが愛情のこもったまなざしになり、ミネルバの左手を取る。そして薬指に指輪をはめた。
不思議なことにサイズはぴったり合っていた。ミネルバはじっと自分の手を見つめた。これはいろいろな意味で重みのある指輪だ。
「その……私の人生にぬくもりを与えてくれたミネルバに永遠の愛を誓うには、母や祖母が大切にしていた家宝がふさわしいと思ったんだ。君を守るという約束の証だと思ってほしい」
「ルーファス様……」
熱い感情が胸にこみ上げてきて、喉がつかえてしまった。指先が震え、顔や体も熱くなる。
涙が頬を伝いそうになったとき、ロアンが盛大に鼻をすする音が聞こえた。
「い、いいもの見た、めちゃくちゃ感動したあああっ!!」
しっかりこちらを見ていたロアンが興奮して飛び跳ねている。
ルーファスが振り向いてロアンをにらみつけ、またミネルバを見て気の抜けたような笑みを浮かべた。ミネルバも困ったように微笑みを返した。
気持ちいいくらい喜怒哀楽をはっきり表すロアンのおかげで、涙がひっこんでしまっていた。最初のうちは猫を被っていたようだが、いまでは手の焼ける弟のように思える。
「事が済んだら必ず仕切り直しをしよう。まずは、これから先喜びも悲しみも一緒に乗り越えていく手始めとして、セリカが隠している物を探そうか」
「はい!」
ミネルバは元気よく答えた。自分を愛して求めてくれる人のために、きっと役に立とうと心に誓いながら。




