5.喜びの挨拶
室内に入ったミネルバとルーファスに注がれる視線は熱かった。
ニコラスとシーリア、マーカス、いったん屋敷に戻っていたジャスティンとコリン。2人は昨日の夜のうちに、両親を連れて大使公邸に入っていた。
家族はみんな嬉しくてたまらないといった様子で、これほど明るく生き生きとした彼らの顔を見るのは1年以上ぶりだ。
3人の兄たちは顔を輝かせ、うれし涙まで浮かべている。きっと内心では拍手喝采しているのだろう。
ルーファスが愛情に満ちた目でミネルバを見て、次に室内にいる人々をぐるりと見回した。
「私たちの婚約は成立しました。私は彼女を愛しているし、彼女も……私を愛してくれています」
ルーファスがミネルバの手を引いて、両親の元へと歩き出す。
「バートネット公爵、そして公爵夫人、このような乱れた姿で申し訳ありません。ご息女に会いたい一心で、夜を徹して移動したのです」
礼儀正しくそう言うと、ルーファスは腰を折って深く頭を下げた。
「ご息女は、生涯をともにする相手として私を選んでくださいました。力の限り幸せにすると約束いたします」
いまや娘の婚約者となり、いずれは義理の息子となるルーファスからの挨拶を受けて、父サイラスが重々しくうなずく。そして、ルーファスに負けないくらい深々とお辞儀をした。
「ルーファス殿下……ありがとうございます。あなた様は娘の窮地を救ってくださいました。いまのミネルバは、考えられる限り最高の庇護の元にある。人々から注がれる白い目から守ってもらえる……しかしそれ以上に嬉しいのは、若い娘らしいミネルバの顔が見られたことです。親として、娘の喜ぶ顔を見ること以上に幸せなことがあるでしょうか」
父が温かな笑みを浮かべる。そんなにわかりやすく顔に出ていたのだろうかと、ミネルバは気恥ずかしさを感じた。
母が目頭にハンカチを押し当て、うんうんと何度もうなずいている。
「親のひいき目かもしれませんけれど、ミネルバは本当に素晴らしい娘なのです。頑張り屋で努力家で……この子が身につけている知識は、必死に努力して勝ち取ってきたものです。きっとよき結婚相手として殿下を支え、すばらしい人生を築くための助けになれます。ですからどうか、どうか、ミネルバの笑顔を守ってくださいませ……」
「公爵夫人……いえ、少し気が早いですが、義母上と呼ばせてください。そして義父上も……お二方のように尊敬できる方の義理の息子となれることを、心から嬉しく思います。必ずや、ミネルバの笑顔を守り抜きます」
ルーファスはもう一度頭を下げ、それから3人の兄たちに視線を移した。兄たちは見るからに楽しそうな顔をしている。
「ジャスティン、マーカス、コリン。私と義理の兄弟となるからには、馬車馬のように働かされることを覚悟しておいてくれ」
ルーファスの唇が、にっと笑みを形作る。
ジャスティンのすみれ色の目がきらめいた。
「諸手を挙げて歓迎します。この一年というもの、体がなまって仕方ありませんでしたから。我ら三人、殿下のお心に沿うよう誠心誠意お仕えすると誓いましょう」
広間の中に、年齢の近い4人の青年の笑い声が広がった。
両親が肩を寄せ合って喜んでいる。優秀な息子たちが活躍の場を失ったことも、彼らの嘆きの種だったのだ。
兄たちの人生までめちゃくちゃになったことに、ミネルバは言葉にできないほど深く傷ついていた。自分のこと以上に悔しかった。
兄たちが誰からも同情されたくないと思っているのを知っていたから、それを口に出したことはなかったけれど。
(よかった……元から有能で勇敢な兄さまたちだもの、ルーファス様によって能力を生かす場を与えられたら、見事な働きをするに違いないわ)
感動に目を潤ませるミネルバに、シーリアがにっこり笑いかけた。
「私は『お幸せに』とは言わないわよ。だって幸せになるのは間違いないし。未来の皇弟妃殿下、本当におめでとう! これから私のことは、シーリアって呼び捨てにしなくちゃ駄目よ? あなたはもう皇族に準ずる存在なの、だから私は『ミネルバ様』って呼ぶわね」
シーリアの目が悪戯っぽく光ったのを見て、ミネルバは小さく吹き出してしまった。
「様付けはやめて、シーリア。せっかくお友達になれたのに寂しいわ。これから先も、私の力になってくれたら嬉しい」
「当り前じゃないの! もちろん喜んで力になるわ、ミネルバ」
シーリアの隣にいるニコラスが柔和な表情を浮かべた。
「私からもおめでとうと言わせてください、ミネルバ様。ルーファス殿下がめったに見せない笑顔を炸裂させて、全身で喜びを表現していらっしゃる。殿下がいま一番したいことは、二人きりになることだと拝察いたしますが、私は立場上邪魔をせざるを得ませんね」
ニコラスから視線を向けられたルーファスが、珍しくばつの悪い表情になる。
「からかうなニコラス。いやまあ、たしかに当たっているが……だがその前に、ミネルバが誇り高く顔を上げて、アシュランを歩き回れるようにしなくてはならない。ニコラス、お前の働きに期待しているぞ」
「お任せください。それでは早速、今後のことについて話し合いましょう」
ニコラスはそう言って表情を引き締め、眼鏡をぐいと押し上げた。




