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4.意外な展開

「お待ちください殿下、いまのミネルバのヘアスタイル、メイク、ファッション、どれをとっても人前に出られるものではありませんわ!」


 ソフィーが悲鳴のような声を上げる。

 ルーファスが動きを止めた。ミネルバは抱き上げられたまま自分の姿を見下ろし、顔が真っ赤になるのを感じた。

 トレーニング用のズボンとシャツは、大変だった一日を象徴するようによれよれだ。後ろで束ねた髪も乱れているだろうし、顔に大量の汗が流れたせいでほとんど素顔に近いはず。令嬢として許されるラインを、とっくの昔に超えていた。

 ルーファスはミネルバを床に立たせると、「私としたことが」とうめいて両手で顔を覆った。


「喜びが爆発して我を忘れてしまった。すまない、ミネルバ」


 首筋から顔まで真っ赤になっているルーファスの可愛さは、尋常ではなかった。強烈な愛おしさに衝き動かされて、ミネルバは身悶えした。


「誰もが満足のいく結果になったし、嬉しさが爆発するのはごく自然で当たり前の反応ですってっ!」


 ロアンが満面の笑みでフォローを入れる。そして「僕は嬉しすぎてお腹が空いたなあ」と言い添えた。

 マーカスが白い歯を見せて笑う。


「そう言うだろうと思って、とびきりのご馳走を用意してるぞ。俺たちは扉の向こうであれこれと動き回ることで、何とか自分を保っていたんだ。中のことがわからなくて緊張が続く中、ソフィーもカサンドラさんも精神状態が限界に近くてな」


「そうよ、どんなに心配したことか!」


 ソフィーがハンカチを顔に当て、涙をぬぐう。ミネルバは愛情をこめて彼女を抱きしめた。


「落ち着かない気分にさせて、ごめんねソフィー」


「役に立たない自分が悔しかったわ。今後に備え、私も竜手を始めようかしら。もしかしたら特殊能力が開花するかもしれないし」


 ミネルバはソフィーと見つめ合い、そして笑い合った。彼女が握りしめていた強壮剤のグラスを受け取り、一気に飲み干す。


「ルーファス殿下。ロバートをしばらくの間、やきもきさせておくのも悪くないのではありませんか?」


 ジャスティンが穏やかな口調で言った。ルーファスが「そうだな」とうなずく。


「メイザー公爵の体内から召喚聖女の遺物の力が消滅したことは、術者であるロバートも感知しているだろう。気が動転しているに違いないが、牢獄の中から状況を把握する術はない。うんざりするほど長く、不安と絶望に容赦なく襲われる夜を過ごしてもらおう。私たちはゆっくり休んで、奴が弱ってから牢獄に向かえばいい。セスとぺリルが戻ってくるのも待つべきだしな」


 ルーファスはにやりと笑った。


「ロバートは最悪の精神状態で、僕らがパーティーしている間ずっと苦しむわけですね。そりゃあいいや」


 ロアンもにんまり笑う。


「あの、私もそのパーティーに参加してもよろしいでしょうか。どうやら身も心も回復したようで……」


 メイザー公爵がおずおずと声をかけてきた。カサンドラが目を丸くする。


「お父様、ちゃんとした食事ができるほどに回復なさったの?」


「ああ。ミネルバ様と不思議な猫のおかげでね」


 そう言ってうなずく公爵の健康状態は、たしかによさそうだった。精神だけでなく、肉体の機能まで低下していたのに。以前のような体力を取り戻せたのは、ひとえにベレーナのおかげだ。


「よかったですね、カサンドラさん」


 ジャスティンが優しく微笑むと、カサンドラが「はい」と笑みを返した。ジャスティンを心から信頼している笑顔だ。

 公爵は娘の様子を感慨深そうに眺め、それからジャスティンに視線を移した。頭の先からつま先まで、熱心に見つめている。


「ジャスティン様。あなたにひとつ、頼みがあるのですが」


「は、はい。なんなりと」


 ジャスティンの全身がたちまち緊張した。公爵が苦笑を浮かべて首を横に振る。


「いえ、大したことではないのです。嫌なら断っていただいて構わないのですが、パーティーでは私の横に座って貰えないかと」


「光栄です……っ!」


「よかった。操られている間、意識に霞がかかってぼんやりとしていたんですが。それでも皆さんの声はちゃんと聞こえていたんですよ。ジャスティン様が娘の身の安全を気にかけてくださって、本当にありがたかった。せっかく意思の疎通ができる状態になったので、あれこれお聞きしたいなと思いましてね」


「あれこれ、ですか……」


 ジャスティンが息を呑む。公爵はにこにこと温かい笑みを浮かべていた。


「じゃあ移動しましょうよ、腹ぺこすぎて倒れそうです!」


 ロアンが興奮気味に言う。ミネルバたちは笑い合いながら別室に移動した。

 席に着くと、食べ物が次から次へと給仕された。翡翠殿の料理長が作ったものを、マーカスが運んできてくれたらしい。何もかも最高に美味しかった。

 医療スタッフは安堵の表情だ。アイアスやおじいさんたちは、喜びに浮き立っていた。ミネルバがベレーナを機能させたので、熱狂ぶりが凄まじい。


「ああ、信じられない! 凄い才能ですよミネルバ様っ!」


 アイアスが異常に興奮している。


「まさかベレーナと気持ちを通じ合えるとはのう」


「これまでやってのけた人間はひとりもおらんしな」


「まさに善なる力の化身じゃなあ」


「こりゃあ純聖女の生まれ変わりかもしれんぞ」


 あまりの褒められっぷりに、ミネルバは苦笑を浮かべた。

 ベレーナを呼び出せたことは誇りに思っているが、それは全員の努力があってのこと。気まぐれで知られる猫のことだし、使いこなそうとしてもそう簡単にはいかないだろう。


「純聖女の生まれ変わりは困るな。ミネルバが遠くに行ってしまう気がする」


 ルーファスが顔をしかめる。


「ベレーナを機能させただけでも、ガイアル帝国がちょっかい出してくるのは必至ですもんね。僕も護衛として、気合を入れてミネルバ様をお守りしないと!」


 それほどの大事件なのか、とミネルバは急に空恐ろしくなった。ルーファスが大丈夫だと言わんばかりに手を握ってくる。


「たしかに特殊能力を持つ人間なら、誰でも大興奮は間違いなしだが。君を守るために私ほどの適任者はいないから、何も心配はいらない」


「ありがとう。私が純聖女の生まれ変わりなんて、そんなことはありえないし。ベレーナの気まぐれと、私の火事場の馬鹿力が、たまたま奇跡を起こしただけだもの。あんまり熱狂されると恥ずかしいな……」


 ミネルバは顔が赤くなるのを感じた。ルーファスが優しく頭を撫でてくれる。


「さあ、食べよう。朝から目が回るような一日になるぞ」


 うん、とうなずいて、ミネルバは気分を切り替えた。

 公爵たちの方を見ると、ジャスティンとカサンドラが神妙な顔をしている。


「誇りに思うわ、お父様」


 カサンドラが父親の頬にキスをして言った。

 ベレーナの出現前、公爵が命を投げ出そうとしたことを知ったらしい。ショックに違いないのに、カサンドラはとても落ち着いて見えた。さすがはグレイリングの公爵令嬢だ。


「お前に悪いと思ったのだがね。我々公爵家の人間は、何をおいても皇族方をお守りしなければならない。それに私がいなくなっても、ジャスティン様がお前を大事にしてくれると信じていたし」


「え、あの、お父様……」


「カサンドラ、お前はジャスティン様に恋しているのだろう? 心から幸せそうな顔をしているからわかるよ。少し話しただけでも、彼の誠実さと驚くほど忍耐強い性格が伝わってくる。これほど素晴らしい男性は、たしかに愛さずにはいられないだろう」


 カサンドラとジャスティンの顔が、同時に真っ赤になった。


「ルーファス殿下とミネルバ様を見ていて、思ったんだよ。結婚相手を選ぶ際にもっとも重要な要素は、財産でも身分でもなく、その人と一緒にいて幸せになれるかどうかだって。お前もまた殿下のように、思いもしなかった幸せを見つけたんだね。ジャスティン様ならこれから先、お前を傷つけたり悲しませたりするようなことから必ず守ってくれるはずだ」


「お父様、あの……私まだ、よくわからなくて……」


「私のようなものは、その、カサンドラさんには値しないというか……」


 カサンドラとジャスティンが消え入りそうな声で言う。公爵が優美な眉を片方上げた。


「そうなのかい? 言葉とは裏腹に、お互いに深い愛情を抱いているのが伝わってくるのだが。世間一般の父親より、遥かに厳しくカサンドラを教育した私の責任だな。家柄至上主義だったことは認めざるを得ないし」


 アイアスもおじいさんたちも、マーカスもソフィーも会話をやめて、固唾を吞んで公爵たちを見ている。


「私はね、ミネルバ様のおかげで生まれ変わったんだ。だから二人がどんな決断をしても受け入れられる。私のことを心配するあまり、自分たちのことはすべて後回しにしていたんだろうが。後でお互いの気持ちを、包み隠さず伝えてごらん」


「気持ちを……」


「包み隠さず……」


 ジャスティンとカサンドラの顔が急接近した。しっかりと見つめ合う二人を見て、マーカスがガッツポーズをしている。


「まさかこんな展開になるとは。これもまた、ミネルバのおかげだな」


 ルーファスがしみじみと言う。

 ミネルバの胸は、この上ない喜びで溢れていた。

 最悪の時期を経験したカサンドラをジャスティンが支え、苦しみと喜びを分かち合う姿をこの目で見てきた。メイザー公爵が認めてくれたことで、嬉しさのあまり放心しそうだ。


「私たちはそろそろ失礼する。ジャスティンとカサンドラ嬢の邪魔をしたくないしな」


 ルーファスはミネルバの手を取って立ち上がった。目をいたずらっぽくきらめかせて、ロアンも腰を上げた。医療スタッフもアイアスもおじいさんたちも、喜んで二人のために席を立ってくれた。最後に公爵がゆっくり立ち上がる。

 未だ見つめ合ったままのジャスティンとカサンドラを残して、ミネルバたちは部屋を出た。


「皆様、これをどうぞ。興奮を静めて、眠りやすくする薬です」


 エヴァンが煎じ薬の包みを配って回る。

 ミネルバは笑顔で受け取った。与えられたベッドに戻って服用すると、効果はてきめんだった。魔法にかけられたように体の緊張が解けて、否が応でも眠気を誘う。

 ミネルバはすぐに眠りに落ちた。少しだけ眠ったら、しっかりと身支度をしよう。ロバートとの最後の対決は、もうすぐそこまで迫っている。

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― 新着の感想 ―
[一言] これをずっと待ちつつ読み続けておりました! これからロバートやらいう中途半端にコ狡いスットコドッコイにとどめの鉄槌をズビシと喰らわしてやってくださいませ。 楽しみです。
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