3.全員で掴み取れ
ベレーナが光を放ち瞬いている。それは神秘的な光だった。部屋中のすべてがその輝きの中に溶け込んでしまう。光の模様や色が何度も変化して、何かが姿を見せ始めた。
「ベレーナ……?」
二つの青い宝石がきらきら光っている。いや、あれはきらめく猫の瞳だ。真っ白な毛並みの、見たこともないほど美しい猫。その猫が動くと、まばゆい光があちこちに跳ね返る。きらきら光る虹色のドレスを着ているみたい。
「私たちを助けてくださるのですか……?」
ミネルバはベレーナの横にひざまずいた。身をかがめ、右手をベレーナの顔の前に差し出す。
ベレーナは首をかしげてミネルバを見た。そして、口を開いた。不思議な鳴き声がする。普通の猫の出すものとは全然違って、とても神秘的な声だ。
撫でる許可をもらったのだと、直感でわかる。ミネルバはベレーナの体に触れ、首回りから顎をなぞった。額や頬を撫でると、ミネルバの中に何かが流れ込んできた。心と体が元気で満ち溢れ、膨れ上がるエネルギーを抑えておくのが難しいほどだ。
「すごいな、ミネルバは」
ルーファスが言った。顔を上げたミネルバは、彼の興奮した顔を見た。
「召喚聖女との戦いの後、純聖女の遺物をちゃんと機能させた人間はいない。それが、ミネルバの手によってついに為された」
「そうじゃないの。たしかに私は、やみくもに力を注いだけれど。ベレーナの心に火をつけたのは、どうしてもメイザー公爵を救いたいという私たちの熱い思い。ベレーナがもう一度人間を信じてくれたのは、私たちの間にある絆や信頼、そこから生まれる愛の力のおかげなの」
その事実は揺るぎないたしかなものだ。ベレーナが同意するようにミネルバの手に鼻先をこすりつける。
ミネルバはベレーナを腕に抱いて立ち上がった。自分の全身がみなぎる力で光り輝いていることに気づく。ベレーナと共鳴しているのだ。『彼女』と一体になる不思議な感覚をミネルバは味わっていた。まるで自分自身が触媒になったみたい。
「ルーファス、ロアン、私に触れて。ベレーナが『癒してあげる』って言ってるわ」
いまやミネルバは、ベレーナの感情をやすやすと『見る』ことができた。
「あ、そんな感じなんですね。ベレーナがあれを倒してくれちゃうんじゃないかって期待したけど、勝利は自力で勝ち取れってことか。あくまでも人間に全力を尽くさせる姿勢、嫌いじゃないです」
ロアンがいたずらっぽく笑う。彼はちらりとルーファスを見た。ルーファスが「特別に許可する」とうなずく。
ミネルバに触れるためにロアンが近づいてくる。ベレーナが肩に移動してくれた。
「絶好調のロアンなら、あいつをやっつけられるって言っているわ」
ミネルバはロアンの手をぎゅっと握って言った。ロアンはミネルバの手を握り返すと「すごいや」と笑う。
「体が驚くほど癒えてる。元気がみなぎって震えちゃうくらいですよ!」
ミネルバから手を放し、ロアンはその場で飛び跳ねた。たしかに元気そうだ。
次にルーファスが、激しい情熱をこめてミネルバの手を握ってきた。
「あなたが結界で守れるように、メイザー公爵の魂の場所を示してくれるって」
「ありがとうございます、ベレーナ」
ベレーナが生み出しミネルバが仲介する、とてつもない癒しの力がルーファスに注ぎ込まれる。
「やるぞロアン、ここが正念場だ」
「はい!」
ルーファスとロアンの体が輝いている。まるで再び勢いを得た炎のようだ。
ロアンが手のひらに浄化の力を集中させた。彼の中でみなぎる興奮が乗り移ったかのように、それは火の玉のように熱く輝き、ぱちぱちと爆ぜている。
ベレーナがまた不思議な声で鳴く。黒い霧の中に小さく輝く球体が浮かび上がった。メイザー公爵の魂だ。
ルーファスが翡翠を握った手を振り上げる。これまでで最も強力な防御壁が、公爵の魂をぐるりと取り囲んだ。
「思いっきりやれ、ロアン! 今の私の結界なら持ちこたえられるっ!」
「うおおおおおっ!!」
ロアンが黒い霧めがけて浄化の光を放つ。いくつもの光の筋が深く突き刺さり、渦を巻いていた霧の動きが止まった。
「お前はいま、打ち負かされるっ!」
巨大でまぶしい光が炸裂する。ロアンが再び浄化を叩き込んだのだ。自らの力の最後の一滴まで、ありったけを総動員して、まるで彗星みたいに。
ルーファスの結界は公爵の魂のために耐え抜き、どろりと溶けて流れ落ちる黒い霧からミネルバたちを守り抜いた。
公爵の魂の周りで、最後に残った黒い霧が細い蛇のようにずるずると動いている。ロアンが小さな光の玉を投げつけると、次第に色が薄まり、そして消えた。
次の瞬間、ロアンが叫んだ。
「メイザー公爵が目を覚ました!」
体中に熱いものが押し寄せてくる。肩の上のベレーナが、ミネルバの頬に頭をこすりつけながら不思議な声で鳴く。
撫でてあげようと手を伸ばしたときにはもう遅く、ベレーナは姿を消してしまった。猫特有の気まぐれに、思わず笑みがこぼれる。
ルーファスがベッドの脇の紐をぐいと引っ張った。振動が伝わると繋がっているベルが鳴る仕組みだ。すぐに扉が開き、医療スタッフたちが飛び込んできた。アイアスとおじいさんたちもだ。
そして目に一杯涙を溜めたカサンドラ、強壮剤のグラスを掴んだソフィー、穏やかに笑うジャスティン、喜びに顔を輝かせたマーカスが続く。ミネルバたちが戦っている間に集まっていたらしい。そして最後に、エヴァンが静かに入ってくる。
「お父様、よかった……! ありがとうミネルバ、ありがとうございますルーファス殿下、ロアンさん……っ!」
カサンドラがベッドのわきにくずおれ、安堵のあまり泣き出した。公爵は泣きじゃくる彼女を抱き寄せ、優しくその背中を撫でている。
ルーファスがミネルバの腰に手を回した。
「今夜のヒロインはミネルバだ。君の助けがなければ、ここまでやってこれなかった!」
ルーファスはミネルバの体を抱き上げ、くるくると回った。感情を爆発させて大喜びする彼は珍しいし、とても可愛い。
「ルーファスもロアンもヒーローよ。ベレーナを呼び出せたのは、全員の力があったから。ロアンがいなければあの黒い霧を撃退することはできなかったし、ルーファス以外に私たちを守ってくれる人はいなかったのだから」
ブローチに戻ったベレーナがきらきら輝いている。ミネルバはルーファスに抱えあげられたまま、両手でブローチを包み込んだ。
「ベレーナ、ありがとうございます。心から感謝します」
ルーファスも「感謝します」とつぶやく。
「いつもなら性根尽き果てるところだが、ベレーナのおかげでダメージがほとんどない」
ルーファスが明るい声で言った。
「残っている大仕事は、もはやひとつだけだ。みんなでロバートの顔をぶん殴りに行くぞ!」
再び空中でくるくる回され、ミネルバは弾けるような笑い声を上げた。




