表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

180/187

4.心の繋がり、もうひとつ

 翌日も忙しかった。最後の戦いに、万全の準備を整えずに漕ぎ出すのは得策ではない。メイザー公爵と医療スタッフたちの安全を確保するために、できる限りのことをしなければならない。

 ディアラム領での調査も、とても上手く進んでいた。ジミーの配下の者たちが領民から集めた情報を組み合わせて、召喚聖女の遺物が眠っていた場所を予想外に早く発見したのだ。

 あくまでも目立たないようにやる必要があったが、発見現場は元から人が近寄らない地下洞窟だった。そこは自然エネルギーの圧力が強すぎて、特殊能力のない人間はどんなに頑張っても入り口を突破できない。

 何十年かに一度、変わり者の老人や勘の鋭い子ども──少なくとも何らかの特殊能力の持ち主──が洞窟に迷い込むことがあったが、ほとんどがそのまま戻ってこなかったし、運よく戻ってこれてもすぐに死んでしまったそうだ。そのため地元民は、洞窟からは有害な物質が漏れ出していると信じている。

 ミーアの一件でロバートが謹慎していた時期にも、やはりそういうことがあったらしい。そのとき迷い込んだ老人が持ち出した何かが、ロバートの手に渡ったという。

 あまりにも得体が知れなかったし、そういったものを発見して領主一族に報告しないのは罪に当たるからだ。

 ルーファスが集めた捜査員たちには相当高い特殊能力がある。彼らは地下洞窟の内部に潜入し、自然エネルギーによって生み出された特殊な鉛に埋もれた『古代の祭壇』を確認した。そして無傷で戻ってきた。


「ルーファス様の推測が正しかったことが裏付けられたんです。聖女召喚に関係するものを発見して、皇帝陛下に報告しないことは明確な罪ですから。これだけでもロバートを牢獄に繋いでおけますわ」


 ミネルバはメイザー公爵のベッドの脇の椅子に腰かけ、彼の気持ちを浮き立たせるための報告をした。ルーファスのところにマーカスが尋ねてきて、執務についての指示をあれこれと仰いでいるから、自分は手が空いている。


「調査員たちが持ち出した鉛は、すぐに本格的な調査をしました。やはり特殊な力を遮断する能力を持つとのことです。ルーファス様は、その鉛を利用することをお決めになりました。この部屋の壁や扉に安全装置として設定する準備を進めています」


「お世話になっている皆様の安心と安全が得られることは、とても嬉しく、ありがたいことです」


 ベッドから起き上ったメイザー公爵が微笑む。体力が回復してきた彼は、超大国グレイリングの公爵としてのプライドと威厳に満ちていた。


「メイザー公爵邸に使用人として潜入しているカサンドラさんと、私の兄のジャスティンも、すでにいくつもの情報を掴んでいますわ。ロバートとニューマンにはやはり繋がりがあったのです。様々な国の宝石や鉱物の博覧会にニューマンはほとんど、ロバートは何度か足を運んでいました。複数の女性と楽しみにふけったり賭け事をしたりという、悪い趣味が似ていることで顔見知りになったようですね。ニューマンが偽名を使って、ディアラム領に愛人を囲っていることもわかりました」


 カサンドラとジャスティンは、電光石火の早業でメイザー公爵邸に潜り込んでいた。

 素顔に瓶底眼鏡をかけたカサンドラは、見習い侍女として侍女頭と行動を共にしているらしい。

 一方、庭師の助手になったジャスティンは素顔のままだ。

 ミネルバの持参金を運ぶパレードのとき、ニューマン一家はまだグレイリングにいなかったから、彼らはジャスティンの存在は知っていても顔を知らないのだ。一応それらしく見えるよう、顔を泥で汚したりしているようだが。

 ハンサムすぎる若い男を前にして、リリベスとサリーアンが庭に出ては愚かしいふるまいをするので、邸内の調査がはかどる──カサンドラからの手紙にはそう書いてあった。ちなみにその部分だけ、彼女らしからぬ乱れた筆致だった。


「うちの娘が、ジャスティン様にご迷惑をおかけしていなければいいのですが。あれはプライドが高い上に、頑固なところがあるでしょう。小さなころは猪突猛進というか、相当なおてんば娘だったんですよ」


「長兄は私のせいで、そういうタイプの女性に慣れていますから大丈夫かと。私とカサンドラさんは共通点が多いと、いろんな人に言われるのです」


 そう口にしてから、ミネルバははっとした。いくらカサンドラと友人同士になったとはいえ、そもそもの出自が違う。


「あの、私たちを同列に語るのはご不快ですよね……」


「とんでもありません。素敵な友達に恵まれて、カサンドラは幸せ者です」


 公爵が首を横に振った。


「ミネルバ様は過去を水に流して、カサンドラを救ってくださった。寛大で高潔で勇敢で、ルーファス殿下の妃となるにふさわしい女性です。聡明で気骨があり、特別な才能にも恵まれていらっしゃる。あなた様には、誰も及びません」


「メイザー公爵……」


「ミネルバ様のおかげで私自身、こうして正気を取り戻すことができたんです。召喚聖女の遺物の力を取り除こうと尽力してくださるお姿を、ぼんやりしつつもずっと見ていました。殿下とあなた様は、生涯の伴侶となるべく運命づけられた最高の組み合わせ。魂の友というのは、まさにお二人のことだと思いました」


 公爵が「私は愚かでした」とため息をつく。


「皇弟たるルーファス殿下の結婚は、情熱だけで成り立つものではない……ミネルバ様との出会いは悲劇に違いないと勝手に思い込み、あなた様のことをきちんと知る前から拒絶してしまった」


「それは、ある意味では当たり前のことです。私は二度も男性に裏切られ、ひどい噂もいろいろと飛び交っていましたから。皇族に次ぐ地位にあるのが公爵ですもの、国の未来のためにならないとお考えになったのでしょう」


「そんな格好のいいものではありません。私はただひたすら愚かな父親だったんです。自分で言うのもなんですが、カサンドラは出来が良かった。ただひとり残った家族、私のまばゆい光……あの子に華々しい未来を与えたかった。あの子自身は皇弟妃になることなど望んでいなかったのに、ロバートが集めてくる噂を利用しようとした」


 公爵の唇が歪んで、苦い笑いが浮かんだ。


「ガイアル陣営のクレンツ王国と通じていたロバートは、召喚聖女の遺物を手に入れて、すべての罪を私になすりつけることにした。カサンドラが有利になるものはなんだって利用するつもりが、逆に利用されたわけです。これほど愚かな人間が他にいるでしょうか」


「私の立場で、どうお答えするのが正解なのかはわかりませんが……メイザー公爵の父親としての愛は純粋なものだったと思います。だからどうか、ご自分を責めすぎないでください。せっかく取り戻した体力を落としてしまいます」


「……ありがとうございます。ミネルバ様は本当に心が広くてお優しいですね。もし……もしすべてが上手くいって、私がまた公爵として社会に復帰できても……人々から白い目を向けられることは明らかだから、挽回するためには時間が必要でしょう。最初のうちはお役に立てることは少ないに違いないが、それでも誠心誠意、ミネルバ様に忠誠を尽くすことをお約束します」


 公爵は深々と頭を下げた。


「改めて、心から謝罪します。本当に申し訳ありませんでした」


「それでは私も改めて、あなたの謝罪を受け入れます。どうか顔を上げてください。私たちは、グレイリングの未来のために尽力する同志になりましょう」


 もう気にしないで、という気持ちを込めてミネルバは微笑んだ。

 顔を上げたメイザー公爵が、ほっとしたように明るい表情になる。壁際に立っているエヴァンが、どこか誇らしそうな表情でミネルバのことを見ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] メイザー公爵、謀反の意思があったの自白してるのにスルーなの?
[一言] 公爵も元気になったし、あとは浄化ですね〜
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ