3.予想外
「いまこのとき、メイザー公爵の頭の中で何かが起きている。爺様たち、探査の用意はいいですか?」
アイアスがてきぱきと言う。
「大丈夫じゃ。メイザー公爵よ、じかに触れるのを許してくれよ」
ひげのおじいさんが全員を代表するように、公爵に向って宥めるような声を出した。
おじいさんたちには『嘘を見抜く能力』『年代測定能力』『残留特殊能力を感知する能力』『痕跡を見る能力』があるらしい。
じかに触ることで、公爵に影響を及ぼしている隠れた力を捕まえ、分析しようとしているのだろう。
「ああ、頭が痛い。痛くてたまらない。私がすべて悪いんだ。私は、私はすべての責任を負わなければならない!」
「声がそう言っとるんじゃろう。お前さんの心を弱らせて、間違った記憶を植え付けようとしとるんじゃ。負けちゃいかんぞ」
「無理だ……ひどく気分が悪いんだ……」
謎の声に襲いかかられて、公爵は朦朧としている。
ミネルバは邪魔にならずに観察のできる場所で、青ざめるカサンドラをしっかりと抱きしめていた。ジャスティンがこちらに気づかわしげな目を向けてくる。
反対方向の壁際にいる医療スタッフたちが、慣れた手つきで何かを調合している。すぐに不思議な香りが漂ってきた。恐らく、公爵の苦痛を和らげるためのものだろう。
「メイザー公爵、あなたに何かを命じる声は、ロバートのものですか?」
「わからない……。もう、ロバートの声すら思い出せない。私は駄目な人間なんだ……」
「自分を責めちゃだめですよ。あなたは弱くない、むしろ強い。医療チームのサポートがあったとはいえ、特殊能力に一か月も抗える人間なんて滅多にいないんですから。さすがは建国にも携わった名家の当主だ」
公爵の気持ちを紛らわすためだろう、アイアスが明るい口調で言った。
公爵のために調合された香りは、眠りを引き起こす力があるらしい。公爵が目を閉じ、眠りに落ちたのがわかった。それでも謎の力が、彼の頭の中でささやきを発しているのは間違いない。
「メイザー公爵自身に特殊な力はないですね。精神力はかなり強いですが」
「嘘もないようじゃ」
「ごくわずかじゃが、ロバートの力の影響が感じられる。存在を消すことが随分上手いのう。こりゃあ触媒の力じゃろうな」
「触媒が働いた痕跡があるぞい。大きな痕跡じゃ。ううむ、こんな種類の痕跡とは、これまで接したことがない。この世界の物質が残したものと、明確に区別がつく」
「新旧二つの力を感じる。新しいほうはロバートのじゃろう。もうひとつはとんでもなく古い。こりゃ、半端な古さではないぞ」
アイアスとおじいさんたちが、ほとんど同時に息を呑んだ。
「こりゃあ大変じゃ。とんでもないことになった」
混乱したように目を見張る彼らを見て、ロアンが口を開いた。
「ロバートの力の影響はあるけど弱くて、触媒のほうは大きな痕跡を残すくらい強くて、それはこの世界のものじゃなさそうで、遥か昔のものっぽい?」
ロアンがかなり緊張しているのをミネルバは感じ取った。恐ろしいほどの緊張感は、ルーファスの周囲にも漂っている。
「つまり、ロバートが使っている触媒は『召喚聖女の遺物』だということか?」
ルーファスが激しく動揺しているのがわかる。これはかなり珍しいことだった。いつもの彼は誰よりも自己抑制が強いのだ。
(『召喚聖女』というのは、セリカと同じように儀式によって召喚された異世界人? そういえば初対面のとき、おじいさんたちから『純聖女』という言葉を聞いたような……)
緊迫感がびりびり伝わってきて、疑問を口に出すのは憚られた。
「でもそんなこと、本当にあり得るんですか? 召喚聖女の遺物がかなり古いってことは、本人はもうこっちの世界にはいないですよね。仮に何かが残っていたって、動力源を失えば役に立たなくなるはずでしょ? 異世界人が残したものは、本人がいなくなれば数か月で朽ちるってのが定説じゃないですか!」
激しい口調でロアンが言う。息を詰めているミネルバの様子に気づき、ルーファスが片手で髪をかき上げた。
「アイアス、メイザー公爵の探査はもういいか?」
「ええ、もう充分です」
「それなら、あとは医療スタッフに任せて私たちは別室に移動しよう。純聖女と召喚聖女の違いと、両者の尋常ならざる能力について、ミネルバたちに説明する必要がある」
いつも通りの、落ち着き払った声。しかし未だにルーファスの心が動揺しているのが、ミネルバには手に取るように分かった。




