1.ロバートの能力
「ロバートには人を魅了する能力がありますね。人の心を操るという点では催眠術と同じです。能力の強さをランク分けすると、一番弱い部類に入りますが」
ロバートを隅々まで探索したアイアスが、瓶底眼鏡を外しながら言う。
「やはりか。最も可能性が高いのはそれだと思っていた」
ルーファスが指先で眉間を揉む。
ミネルバたちは刑務官用の会議室に集まっていた。アイアスとおじいさんたちが、ロバートから感知できたことを報告してもらうためだ。
「力の強さをわかりやすく10段階に分けるとして、私の見るところロバートは1程度です。そんなに力はありません。魅了もガードの弱い、ごく限られた人間にしか効かないでしょう。参考までに言いますと、アシュラン王国に降臨した『劣等生の異世界人セリカ』でも8はありました」
「弱くても魅了は魅了だ。軽い女なら誘惑できて、自分に夢中にさせることができたわけか。ちなみにその基準だと、ミネルバやルーファス殿下、そして天才ロアンはどれくらいになるんです?」
マーカスが質問する。
「殿下とミネルバ様は極めて高いレベルですね。9はあるでしょう。ロアンは10……いや、彼は規格外なので10を超えているかも」
「ロバートの力が1で、アイアスさん以外には感じ取れないほど微弱なのに、牢獄から拘置所に向かって催眠暗示をかけられるものですか? 恐ろしく強いロアンをあざむいて?」
マーカスが首をひねる。
「それを可能にするのが『触媒』ということになるんですが……考えれば考えるほど疑問だらけです」
アイアスが大きく息を吐いた。
「私の疑問は一旦横に置いて、触媒についておさらいしましょう。触媒は特殊能力者の力を強めます。盾にもなってくれます。それから、力を集中させる助けにもなってくれます。高度な力を使うには、高い集中力がどうしても必要になりますから。忘れてはならないのは、何らかの神の加護を持ってる異世界人と違って、私たちが特殊能力を使うには多大なエネルギーを消耗するということ。場合によっては命まで削ることになる。それでは困るから、強い力を使う場合は触媒を利用するわけですね」
アイアスがハンカチで瓶底眼鏡を拭き始めた。そして言葉を続ける。
「いくら触媒があっても、1レベルの力を9や10にまで引き上げるのは難しい。そんな桁外れの力を持つ触媒が存在する可能性は、限りなくゼロに近いんです」
アイアスはため息をつき、綺麗になった眼鏡をかけた。
「爺様たちに探ってもらった結果、ロバートが触媒を隠し持っているという線は消えました。ここ一か月以内に、大きな力を使った痕跡もない」
「じゃあ、倫理観のない特殊能力者がロバートの他にもうひとりいるかも? 僕が姿を見たり力を感知したりできないように、隠れ身の術を使えるようなやつが」
ロアンがパチンと指を鳴らす。アイアスが首を横に振った。
「この世界で最強の能力者である君を上回るとなると、それはもう異世界人しかいません。セリカのような劣等生とは違う、本物の力の持ち主ということになる。しかし異世界の人間は、こちらの世界にとっては異分子。特にこのグレイリングで、異世界人が自分の存在を隠すというのは容易ではない」
「うーん、つまりどういうことです?」
「奇妙な性質を備えた触媒が、メイザー公爵の近くに隠されていると思います。先ほどは限りなくゼロに近いと言いましたが、世界中の触媒を調査しきれているわけではないので」
「こっちの目をごまかせて、ロバートの力を飛躍的に高めて、エネルギーも消耗しなくて、一か月以上も更新なしで力を保持できる触媒って、どんなのが考えられます?」
「自分で言っておいてなんですが、見当もつきませんね。いや、私の頭の中のデータベースに、可能性として考えられるものがあるといえばあるんですが、まさかそんなはずがないだろうって代物で。とにかくメイザー公爵を調べるまでは、海の物とも山の物とも……」
アイアスが深々とため息をついた。
「なあロアン、魅了って定期的に更新しないとまずいのか?」
マーカスがロアンの肩を抱く。
「どんな力でもそうです。一発勝負じゃなくて、長期間触媒を作用させるならね。異世界人のセリカだって月に二、三回は、自分の力を込めたブツを交換してたくらいですし」
「更新しなかったら、普通はどうなる?」
「催眠暗示が長く続きません。相手を思い通りに動かすのって、めちゃくちゃ力がいるはずなんです。新しく力を注ぎこまなかったら、かなりの速さで効果がなくなると思います」
マーカスが「そうなのか」と唸る。歯のないおじいさんが「ふぉっふぉ」と笑った。
「わしには嘘をついている人間が放つ、独特の熱を感知する能力があるんじゃが。ロバートはそりゃあ熱かったぞい。特大級の嘘をついているのは間違いない。まあ、それを証明するのが難しいんじゃが」
残りのおじいさんたちが「頑張るしかないのう」と一斉に笑う。ルーファスがこほんと咳払いをした。
「とにかく、ロバートに微弱ながらも特殊能力があることはわかった。急いでメイザー公爵のいる拘置所に移動しよう。グレイリングの威信にかけて、この状況を徹底的に解明しなければならない」
ルーファスがその場にいる全員を見まわす。その目は圧倒されそうなほど真剣だった。