6.下劣な男
「こりゃまた、自信たっぷりじゃのう」
ひげのおじいさんが目を丸くする
ロバートが慌てて居住まいを正した。
「牢獄で正気を保つためには、根拠のない自信であっても必要でしょう?」
さりげない口調だったが、彼の薄い唇には獲物を追い詰めてとどめを刺そうとする狼のような笑みが浮かんでいた。
腰の曲がったおじいさんが首をかしげて尋ねる。
「たとえメイザー公爵が自白したとしても、精神状態が普通でない場合は、それは信憑性がないものとされるんじゃあないか?」
「そうだとしても、私は牢獄の隅で小さくなっているつもりはありません」
ロバートがにやりと笑う。
「首謀者が自白する。あるいは罪の意識に耐えかねて、完全に気が触れる。その陰で、無実を訴える私が牢に繋がれているとわかったら──グレイリングの善良な国民がどう思うでしょうね?」
歯のないおじいさんが、テーブルの上で両手を組み合わせた。
「ほう。どうやら、大衆伝達に望みを託すつもりらしいな」
「現実的な話だと思いますが。人の口に戸は立てられませんから、こういう話はあっという間に広まります」
ロバートが長い指で前髪を掻き上げ、さらに言葉を続けた。
「捜査の陣頭指揮を取るルーファス殿下は大衆の人気者だ。それと同じくらい、悲劇のヒーローのストーリーも大衆に人気がある。無実の私が牢屋でどう扱われているか、一族総出で大々的に宣伝してもらう予定です。大衆の心の中にある正義の天秤は、私と殿下のどちらのほうへ傾くでしょうねえ」
ロバートが悦に入ったような表情を浮かべ、わざとらしくため息をついた。
「ルーファス殿下にお伝えください。このまま私を牢に入れておくのは、賢明な判断ではないと。自ら災いを招くようなものだと。大衆から非難のまなざしを向けられ、間抜けなさらし者になってしまいますよ、と」
ロバートが何と言おうが、ルーファスは己の評判が危険に晒された程度で、追及の手を緩めるような甘い人間ではない。
しかしおじいさんたちは、すっかり圧倒されたような表情になっている。
他の人がそうしたのなら、ロバートに言いくるめられてしまったのだと思うところだ。
五感ではわからないことを感じ取ろうと、おじいさんたちとアイアスが特殊能力を働かせていることは、ミネルバたちしか知らないのだから。
「とにかく、メイザー公爵が牢に入れられるよう最善を尽くしてください。本来なら、いまここに彼がいるべきなんですからね」
自分が優位に立っていると信じて疑わないロバートが椅子にふんぞり返り、余裕たっぷりに言う。
げじげじ眉のおじいさんが、考えをまとめるように額をさすった。
「なるほど、よくわかった。何が正しいのかという観点に立ち、ベストを尽くすと約束しよう」
「よろしくお願いしますよ」
己の奥深くを覗き込まれていることなど知る由もないロバートは、勝ち誇った顔をしている。
「それにしてもお前さんは男前じゃのう。外見も素晴らしいし、ええ声をしとる。女の目と耳を喜ばせそうじゃ」
「ありがとうございます。うれしいことを言ってくれますね」
歯のないおじいさんが「ふぉっふぉ」と笑う。ロバートも声を立てて笑った。
「好奇心から尋ねるんじゃが、お前さんが関係を持った女の数が百人近いというのは本当かい? 本当だとしたら、ガールハントの天才じゃ」
「いやまあ、本当ですけどね。でも、僕はガールハントなんかしていません。むしろその逆です。女たちのほうから言い寄ってくるから、うんざりしているんですよ」
雑談が始まったと思ったのだろう、ロバートはすっかりくつろいだ顔つきだ。さっきまで礼儀正しく『私』と言っていたのが、プライベートで使う『僕』に変わってしまっている。
「うらやましいのう。女をその気にさせるのに、苦労したことがないらしい」
「まあね。いつだって、僕の魅力が女を夢中にさせるんですよ。僕の言うことなら何でも耳を傾ける。勝手に愛のとりこになって、言い方は悪いが奴隷のようになってしまうんです」
ロバートがほくそ笑む。あまりにも自信たっぷりで、あまりにもいやらしい印象を与える笑顔だ。
「しかし元婚約者のお嬢さんは、お前さんの魅力にうっとりする女たちとは違ったようじゃなあ。彼女から情報を聞き出すのが至難の業じゃったから、妹と『いけない関係』を結んだんじゃろう?」
「たしかにソフィーは、ミーアに比べて守りが固かった。両親が何よりの良縁だと言ったし、妻としては申し分のない女だと思ったが……」
ロバートの顔に、はっきりとした嫌悪が滲んだ。
「いつもきちんとしていて、隙がなくて、人形みたいな女でしたよ。あれは多分、ろくな結婚はできないな。必要以上に禁欲的ですし、まともな男なら逃げていきますよ」
「そうかい? お前さんが投獄されたあとに、ミネルバ様の二番目の兄と婚約したんじゃなかったかのう」
「マーカスとかいう、脳みそまで筋肉みたいな男でしょう」
ロバートがふんと鼻を鳴らした。自分より劣っている者──属国の人間を見下すのは当然だと思っているようだ。
マーカスもソフィーも身じろぎすらしない。厳しい自制をマントのように身にまとい、じっとロバートを見ている。
「あいつには、女性に自分を特別な存在だと思わせるテクニックなんかないでしょう。いくらミネルバ様の兄でも、あらゆる点で僕に劣っている。家同士も親しく、つり合いが取れていた僕を失って、ソフィーはきっとやけになってしまったんでしょうね。頭は悪いが成り上がり精神の強い男と婚約するなんて、馬鹿な女ですよ」
苦痛と屈辱がミネルバの胸を満たす。大切なマーカスとソフィーのことを、そんなふうに言わないでほしかった。実際の二人の仲のよさは誰もがうらやむほどで、その愛は日ごとに深まるばかりに見えるのに。
「わしにはそうは見えんかったがなあ。ソフィーさんは教養豊かで貞淑で、マーカス殿は心が広く、温かくて優しい人柄じゃ」
「そうじゃそうじゃ。自分の魅力を見せつけてもソフィーさんが落ちなかったからといって、負け惜しみは言わんことじゃ」
「必要なことはもうすべてわかった。すっかり少なくなったわしらの忍耐力が、完全になくなる前でよかったのう」
ついさっきまで友好的な会話をしていたおじいさんたちから鋭い視線を向けられ、ロバートが「失礼なっ!」と顔を赤くする。彼は拳で威嚇するように、両手を固く握りしめた。
「失礼なのはどっちじゃ」
げじげじ眉のおじいさんが、冷たい声で言った。
「名誉毀損罪や侮辱罪という言葉を知っとるかい。知らんのじゃろうな、お前さんの頭にあるのは女の尻を追いかけることだけじゃ。大声で無実を訴えるのは結構だが、勉強もしておいたほうがええぞ。出てきた途端、訴えられたくなけりゃあな」
おじいさんたちが勢いよく立ち上がる。ロバートは口をぽかんと開いて彼らを見上げた。
「これで尋問は終わりです。お疲れさまでした」
ずっと感情を露わにしなかったアイアスが、冷たい声で言った。
おじいさんたちが機敏な動作で向きを変え、扉へと歩いていく。彼らが出て行ったあとには、訳がわからないといった表情のロバートだけが残された。




